プレスリリース

2003年10月07日

子どもたちの未来とサッカーの未来を応援します。 川淵三郎 ~「考える人」2003年秋号〜

~「考える人」2003年秋号(新潮社)より転載~

川淵三郎(Kawabuchi Saburo)

日本サッカー協会キャプテン

子どもの足の指を見ていますか?

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今、子どもたちの足に異変が起きているのをご存知ですか?「浮き指趾(あし)」というんですけどね。靴下を脱がせて地面に立たせると、指先が全部地面につかないんです。親指から三本ぐらいは大丈夫でも、外側の二本は地面から浮いてしまう。今の子どもたちは昔に較べると外に出て駆けずり回って遊んだりしないでしょう。そうすると筋肉が発達しないから、立った時の重心が前の方にかけられなくなってしまうんです。この「浮き指趾」の状態のままでいるとどうなるかというと、きちんと立つ、歩く、走るという足の基本的な機能が十全に果たせなくなってしまう。そんな状態の幼稚園児が全体の六割ぐらいいると言われています。

今はいろんな遊び道具があるから家にいても退屈しないし、親の側にも「外は危険がいっぱい」という意識がある。だから外へ出て遊ばなくなってしまった。三十年前の幼稚園児は一日に一万五千歩以上は歩いていたのに、今はせいぜい一万歩を超えるかどうかだそうです。

昭和十一年生まれの私は、子どもの頃は、相撲、駆けっこ、隠れんぼ、鬼ごっこ、木登り、三角ベース、と外で遊ぶことばかりでした。足の指は浮くどころか地面をギュッとつかむぐらいの力がありましたよ。ふだんから下駄を履いていたし、筋肉はもちろん足の裏だってどんどん鍛えられていたわけです。誰でもそうでした。経済的には貧しい時代だったかもしれないけど、子どもたちの遊びの世界は今思えばずいぶん豊かなものでした。
外で遊ぶというのは、体を鍛えることばかりではありません。五、六歳までには脳の神経系が顕著に発達することがわかっていますが、子どもたちがスポーツをすることよって脳の活動もさらに活発になります。この時期は心身ともにめきめきと育っていく大切な時期なんですね。このことを私たち大人や日本の社会はちゃんと認識しているでしょうか。子どもたちを家のなかに閉じこめておいていいのか、そんな社会のままでいいのか、というシグナルが、子どもたちの足の指に現れているんです。

人間関係を学び、自分で考える力も養うことができるサッカー

私たちが目指しているのは、もちろん日本のサッカーのさらなる発展です。日本のサッカーを世界の桧舞台で活躍させるためには、いい選手をどんどん養成しなければいけない。それじゃあ具体的にはどうすればいいのか。フランスやイングランド、ドイツ、オランダといった国はすでに五、六歳の段階からサッカーのエリート教育を始めています。

この前、ドイツの幼稚園児のサッカーの練習や試合風景を見る機会があったんですが、それぞれの子どもが各自のポジションを意識して、その上でのゲーム展開がきちんと成立していたんですね。六歳以下の子どもだと普通は敵も味方も全員ボールに集まってしまってダンゴ状態になるものなんです。試合らしい試合にはならない。ドイツの幼稚園児のサッカーは、明らかにエリート教育の成果ですね。このようなサッカー先進国に追いつき追い越すためには、同じように早期から優秀な子どもを選び抜いて、もっと積極的にエリート教育をすべきだ、という考え方も当然出てきます。

しかし、私たちはエリートだけを集めた早期教育が何よりも優先するとは考えていません。まずはサッカーを楽しむ人々の裾野を広げたい。それこそが大事だと考えています。そのためにはサッカーと最初に出会う子ども時代に、どうやってサッカーの楽しみを体験し、知ってもらうか。その場を用意して、できるだけ多くの子どもたちに楽しい機会を提供したい。このことを最優先にして取り組んでいこうと、そう計画しているんですね。
その結果、子どもたちの心身の発達をサポートし、スポーツを通じて自己責任や社会性、フェアプレーを学んでもらえれば、社会への貢献にもなるだろうと思っています。
サッカーは共同でやるゲームです。人間関係を学ぶ場でもある。ルールを守りながらゴールを取るという目的に向かって集団行動をとらなければならない。かといって命令にしたがって動けばいいというのではなくて、ゴールを取るためにはどう動けばいいのか、自分で状況を瞬時に判断して、次にとるべき行動を自分の頭で考えなければなりません。身体はもちろんのこと、サッカーは頭も使わなければならないゲームです。今の子どもたちが部屋の中に閉じこもっていたら決して学ぶことができない大切なことが、サッカーというスポーツにはたくさん含まれています。

千人に一人の栄光と九百九十九人の成長と

例えばサッカーを始めた子どもが千人いたとして、プロの選手になるのはその内のたった一人、出るか出ないかです。だからと言ってそれ以外の九百九十九人を切り捨てたのでは、本当の意味でのサッカーの発展にはなりません。サッカーのエリートにはならなかった九百九十九人が、健康な体を作り、協調性や思考力を身につけて、立派な人間に育っていく。このことがとても重要なんです。

子どもたちにとってのサッカーがそのような役割を果たせなければ、地域のコミュニティや父母、学校の先生方から私たちのサッカーの普及活動への支持や期待を得られないでしょう。応援してくださる人々の支持がなければ、日本のサッカーの未来はありません。そして、結果的に千人の子どもたちの中からたった一人でも一流選手が育ってくれれば、それは素晴らしいことだと思いますし、私たちが強く望むところでもあります。九百九十九人の子どもたちとたった一人の選ばれた子どもが車の両輪となることで、日本のサッカーのさらなる前進が実現する。私たちはそう考えています。

人、財政、施設……国のサポートが大幅に遅れている日本

20031007_2.jpgイングランドでは子どもたちのサッカー教育のために政府が年間で五億円以上の予算を計上するようになっています。そこには、サッカーを通じて子どもたちの心身の教育を図ろうという、国家の長期的な展望と指針があります。じゃあ日本はどうか。残念ながら今のところ我が国はまったくと言っていいほど無関心ですね。それじゃあ僕らの力で国を変えてやろうじゃないか、日本の教育を変えてやろうじゃないか、それぐらいの意気込みで今年から旗揚げしたのが、日本サッカー協会の「JFAキッズプログラム」というミッションです。

六歳以下の子どもたちにサッカーの楽しさを知ってもらうにはどうしたらいいか。具体的に検討を重ねていくと、やはり詰まるところ人の問題、財政の問題、施設の問題になってきます。もう足りないものばっかりだ(笑)。それじゃあお金さえあれば一気呵成に可能になるかといえば、そんなこともない。人にしても施設にしても、一朝一夕には集まりませんし、できあがるものじゃない。一歩一歩やっていくしかないということが見えてくる。
しかしやがて「キッズプログラム」は全国的に定着し、十年後ぐらいには四十七都道府県のすべてに普及すると想定しながら、ユニクロという心強いパートナーの共感と大きなサポートを得て、具体的なプロジェクトをスタートさせることができたというわけです。
今年はもうひとつ、サッカー日本代表に多大な実績と功績を残した北澤選手、福田選手、井原選手、という三人の選手が現役を引退した年でもありました。彼らは将来、指導者として日本のサッカーを牽引してもらわねばならない人たちですが、今年から、彼らに日本サッカー協会の「JFAアンバサダー」という新しい役割を担ってもらうことにしたんです。「アンバサダー」とは大使、使節という意味ですね。彼らにはサッカーのさらなる普及活動のために、「キッズプログラム」や「レディースサッカー」、「ファミリーフットサル」といった日本サッカー協会の新しいプロジェクトの大使役として、これまでの経験と蓄積をぞんぶんに発揮してもらいながら、皆さんがサッカーに親しんでもらうためのサポート活動に取り組んでもらうことになりました。

日本のサッカーのピラミッドの頂点に立っていた選手が、裾野のほうへと降りてきて、同じ目の高さで指導してくれる。これもまた計り知れない大きな力になってくれるだろうと思っています。「キッズプログラム」の様々な場面で彼らが子どもたちと一緒にサッカーを楽しめば、子どもたちもお母さんたちもやっぱりうれしいことじゃないですか。子どもたちの喜ぶ顔を見たら、彼らもうれしいだろうし、彼ら自身にとってもかならず大きな発見があるはずだと思います。
イングランドでは週に三時間ボランティア活動をしなさいという選手契約があります。Jリーグも時間までは指定していませんが選手契約のなかにボランティア活動のことを盛り込んでいます。やはりコミュニティのなかで自分たちが生きている、地域のサポートがあるからこそ自分たちがある、と体感することが選手にとって大事なことなんです。
子どもたちのために何ができるか。それは「やらされる」のではなくて、自分にとっても楽しみであり、子どもたちと会うことを心待ちにするような、そういう活動になればいいと思っています。北澤選手は現役時代から子どもたちのサッカーをサポートするボランティア活動を国内外で取り組んできた理想的な「アンバサダー」です。彼らの活動が日本のサッカーの裾野をさらに大きく広げてくれることを確信しています。
日本のサッカーはこれからますます豊かに、面白く、強くなっていきますよ。期待していてください。いや、ぜひ皆さんにも一緒に加わっていただきたい、とお願いしたいですね。

福岡ドームの人工芝に弾んだ子どもたちの無限の可能性

そして今年の初夏。「JFAキッズプログラム」の最初の大きなイベントである「ユニクロサッカーキッズ! in福岡ドーム」が開催された。土日の二日間にわたって合計二百四十九チーム、三千四百十六人の子どもたちが、朝から夕刻まで、福岡ドームの人工芝のピッチで、サッカーの試合をぞんぶんに楽しんだ。

子どもたちのエネルギー、サッカーを楽しむ心は、それがたとえ試合らしい試合にならなくても、溢れるような輝きを放つ。ボールを追う目、ボールを追いかける足、歓声。
子どもたちが今、何かのバランスを失い、何かが足りない状態にあったとしても、それはほんの一押しでまっすぐに戻るのではないか。彼らの姿を見れば、誰もがそう思わずにはいられないだろう。果敢なプレーに挑む女の子の姿も珍しくない。子どもたちの無限の可能性と生命力がピッチの上に弾んでいた。育成に関わる大人たちにも、子どもたちから受け取る有形無形の何かがあるに違いない。

ユニクロと日本サッカー協会が手を取り合う「キッズプログラム」のパートナーシップは、これからさらに全国へと展開していく予定である。日本のサッカーはもっと身近で親しいスポーツへと成長し、ここから次代を担う選手たちが誕生する日もやがてやってくるだろう。

Kawabuchi Saburo

1936年大阪府生まれ。サッカーは高校時代から始めた。早稲田大学サッカー部在籍中、日本代表選手に。ローマオリンピック、チリW杯アジア予選などに出場後、古河電工サッカー部へ。東京オリンピックなどにも出場した後、72年現役引退。以来、古河電工サッカー部監督、日本代表チーム監督などを歴任し、91年より日本プロサッカーリーグ・チェアマンに。現在は日本サッカー協会キャプテンを務める。



JFAKids' Programme

JFAキッズプログラムは、財団法人日本サッカー協会(JFA)が子供たちを対象として、身体を動かすことの爽快さやスポーツの素晴らしさを体感してもらいながら、サッカーの普及 ・浸透さらには人材の育成を図るというプログラムです。ユニクロは本プログラムの趣旨に賛同し、公式パートナーとして支援しています。去る6月21日、22日の2日間にわたって開催された「ユニクロサッカーキッズ!in福岡ドーム」を皮切りに、全国各地で6歳以下(U-6)の子供たちを対象としたゲーム形式のサッカーフェスティバルを開催する予定です。11月16日(日)には横浜市の横浜国際総合競技場、12月21日(日)には大阪市の大阪ドームにて「ユニクロサッカーキッズ!」が開催される予定です。

「考える人」2003年秋号

(文/取材:新潮社編集部、撮影:広瀬達郎)

詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい