2008年07月07日
ユニクロ北京店オープンの舞台裏~「考える人」2008年夏号~
~「考える人」2008年夏号(新潮社)より転載~
中国の消費者が求めるもの
ユニクロ中国総経理
潘 寧(Han Chou)
私は北京で育ったんですが、ここ数年の北京の変貌ぶりには本当に驚かされます。毎日学校に通った道とか、小さいときに自転車をこいで遊びに行った場所が跡形もなくなってしまった。通っていた中学校も昔はメインストリートに面していたんですが、区画整理と開発工事のためにずっと奥の方に引っ込んでしまったし、高層ビルがほとんどなかったあたりにも巨大なビルがどかんどかんと次々に建てられています。
しかも建物や道路の規模が東京や上海のレベルと違うんですよ。北京のメインストリートに面したエリアは、たとえば東京の丸の内エリア全体を四、五倍に拡大したような広さなんですね。
最近オープンした北京国際空港のターミナル3もすごい。サッカー場が十ぐらい入ってしまう広さ。人気スポットも続々誕生しているんですけど、これだけ北京と東京を往復している私ですら、わからないところがいっぱい出てきてます。これからも変わらずに残っているのは、故宮ぐらいじゃないかと思いますよ(笑)。
気温五度、雨の日のオープン
北京に新しいユニクロをオープンしたのは今年の三月末でした。お店の規模も大きく、約二八〇坪の広さがあります。
新たなスタートは、ユニクロのTシャツ「UT」を全面に出して勝負しようと考えていました。ニューヨーク、東京、ロンドン、パリ、どこへ行っても同じものを同じように売っていくのがユニクロの基本的な考え方です。だから北京でもUTを全面展開したい。
UTは北京という歴史ある都市と人々の性格にマッチするはず、と考えていました。上海が商業の都市だとすれば、北京は政治と文化の中心。ユニクロのTシャツの特色は、クオリティはもちろん、コンテンツの豊富さで、アートやデザインの分野で最高のものが世界中から集まってきている。いろいろな国や人種の、それぞれの異文化が、Tシャツという素材の上で表現されているわけです。北京の人は歴史的にも異文化に強い好奇心を持っていますから、UTは北京でも必ず当たると思っていました。
新しい店のオープンは今年の三月末と言いましたが、春とは名ばかりで、北京は東京よりもずっと寒い。オープンした日は朝から雨が降っていました。気温は五度です。吐く息も真っ白。朝、空を見上げて、さすがにTシャツは厳しいか……と不安になりました。ところが店を開けたら、あれほど寒い日だったのに、飛ぶようにUTが売れた。当たるだろうとは思っていましたけれど、あんなにすごい反響があるとは、正直言って驚きでした。
赤字続きからの方向転換
北京のユニクロは、上海に続いて三年前に一度オープンしたものの、うまくいかず閉店した苦い経験があります。いまは大変好調な上海も、オープン当初は苦戦しました。上海に続いてオープンした香港が大成功したのに、なかなか全体に波及しなかった。とくに北京の二店は赤字続きで、一年もしないうちに閉店することになったんです。ユニクロというのは、チャレンジはするけれども、駄目だったらすぐに方向転換する企業風土なんです。判断が速いんですね。ですが私は閉めろと言われたときに、かなり抵抗したんです。なんとか立て直しますから時間をくださいと。しかし柳井さんに「重い荷物を持って再スタートするよりも、それを捨てて身を軽くしたほうがいいんじゃないか」と言われて、納得したんですね。ただ、北京オリンピックの前までにもう一回チャレンジさせてほしい、と重ねてお願いしました。
当時の中国事業の最大の問題点は、ユニクロというブランドが中国の市場のなかでどのあたりに位置するのか、私たちにもはっきりと見えていなかったところにあると思います。誰に、何を、どのように売るのか。それがわかっていなかった。
中国の市場はやはり日本と違う。日本は豊かな社会なんです。ほとんどの人が広い意味での中産階級の枠に入ってしまう。なんだかんだ言っても、消費力がある。ところが中国の中産階級の人口の割合は、これだけの好景気が続いても、まだ全体の二割ぐらいしか育っていない。ただ、数年前は一割程度でした。短期間で二倍に増えている。これほど急速に中産階級の割合が増えた国はたぶん他には例がないでしょう。それでも割合としては、まだその程度にすぎないわけです。ただし、この二割しかいない中産階級の層が、いちばん伸びている。可能性が一番大きいし、ユニクロの本当の良さをわかってくれるのはこの人たちなんだと考えるようになったわけです。
二〇〇六年の七月、上海のガンフイというショッピングモール内に場所を変えて新しい店を出しました。ここは中国でナンバーワンのショッピングモールに選ばれた、まさに中産階級の人たちが集うベストポイントなんです。ここのお店の内装から商品から、接客サービスまで、すべて新しくした。敏感なお客さんはユニクロが変わったとすぐ気がついてくれました。業界の人たちもびっくりしたようです。お客さんがどんどん集まってくるようになった。この成功の勢いにのって、さらに上海に七〇〇坪の広い正大広場店を出し、これも成功。この上海のふたつの新規出店が中国でのユニクロのターニングポイントになったんです。これでまた北京でチャレンジできる、そういう確信を得ることができました。
上海の成功によってよくわかったのは、漫然と中国の人々全体にアピールしようとした当初のやり方では駄目だったということです。急激に層を厚くし始めている中産階級のお客様に、ユニクロの良さを知ってもらう必要がある。ここから中国事業の仕切り直しがスタートしたわけです。
もちろん将来的には日本と同じように、中国の全国民の圧倒的多数の人に愛されて買っていただくことを目標にしています。でもあせってはいけない。長期的な視野を持ちながら、発展段階においては、われわれの身の丈にあわせて、中国のその時々の現状をよく見ながら、戦略を設定しなければいけない。そう思っています。
中国の消費者の好みとは
中国の消費者の好みもだいぶ変化してきました。数年前には、「どうしてユニクロのポロシャツにはワンポイントがついていないんだ」という質問がずいぶんありました。中産階級のお客様にはブランド志向が少なからずあったということです。でも今は、プレーンで、高品質で、ファッション性が少し加味されているものを好む人がどんどん増えている。この数年で消費者がだいぶ成熟して、本質的なものを見極めようとし始めているんですね。
もうひとつ、価格の問題があります。中国が自国の繊維産業を守るために設定している関税の障壁があり、日本で販売している高品質の商品をそのまま中国で販売すると、地元のローカルブランドに較べてどうしても割高感がでてしまう。しかし今は発想を変えて、価格帯は若干高くなっても、クオリティの維持を優先することにしたのです。
中国語で「性价比」(シンジャービー)という言葉があります。質と価格のバランスという意味なんですが、ユニクロはいま中国で「性价比が非常に高い」、つまり質と価格のバランスが非常に良いブランドとして広く認知されるようになってきたんですね。
そしてもうひとつは、商品の届け方の問題です。商品のグレードを世界品質のものに変えたわけですから、店舗の内装も、商品のクオリティにふさわしいものにするべきです。上海の既存店もニューヨークや日本のユニクロと同じように白を基調にした明るいものに変えたのもその理由からです。店員の教育にも力を入れました。日本企業のホスピタリティは世界一だと思うんですね。ユニクロは日本企業ですから、そのいいところを中国でもっとアピールしたい。お客様の目をちゃんと見て挨拶する、というような基本的なことから始めて、商品知識も深めるようにしています。中国のお客様は商品についての質問が日本よりも多い。肌にいいコットンにこだわる人も増えていますから、素材について詳しく聞いてくるお客さんが多いんです。
着こなしの提案もしています。ベーシックでしかも流行の要素がプラスアルファで入っているユニクロは、着合わせには最適で、他のブランドと組み合わせてもいいんですよ、という提案のしかたです。百種類の組み合わせ=「百搭」(バイダァ)という中国語に、ユニクロを「優衣庫」(ヨゥイクゥ)と漢字表記して--つまり優秀の優に衣服の衣、倉庫の庫ですね、この組み合わせで「百搭優衣庫」(バイダァヨゥイクゥ)とアピールしています。ユニクロは着合わせができる良い服ですよ、と伝えたかった。
北京の人は豪快
上海の人は目が肥えているので、モノをひとつ買うのにも衝動買いはしないんですね。いろいろと店を回るのを厭わない気質がある。昔から「貨比三家」(ホウビサンジャ)という言葉があって、三軒回って品物を較べてから最終的に買うか買わないかを決める。これは上海人の昔からの習慣なんですよ。縫製の具合とか素材の良し悪しとか、ほんとうにじっくり自分の目で確かめてから買う人が多い。
北京の人は豪快ですね。買い物かごにどんどん入れていく。圧倒的に若いお客さんが多いのも北京の特徴です。UTのようなファッション性の高い商品のおかげもありますが、今中国でユニクロの評判がぐんぐん高くなっているのは、やっぱりインターネットのおかげも大きい。彼らはネット上であのブランドはここがいい、ここが悪いと情報交換がすごいんです。それをチェックしてから店に来る人が増えました。北京に若いお客さんが多いのは、その影響もあるんじゃないかと思っています。もちろん褒めていただくばかりではなくて、注文がつくこともありますが。そういうお客様からの指摘にも目配りするようにしています。
日本のユニクロを超える
商売上、中国は五つのエリアに分けることができます。上海地区と江蘇省、浙江省を中心とした華東地区、北京、天津と東北三省を中心とした華北地区、香港の隣町の深圳と広州を含めた広東省を中心とした華南地区、大震災で甚大な被害を受けた四川省と重慶市を中心とした西南地区、そして河南省などを中心とした華中地区。これから順次、各エリアの主要都市に出店していくことになっています。中国の人口は十三億人。重慶市には三千万人もいます。一千万人を超える都市がたくさんあるんです。そのなかで中産階級の層が今後も増えてゆくのは間違いありません。ユニクロの良さをわかって受け入れてくれるだろう人々が、まだまだたくさん待っているはずなんです。
私の将来の夢は大きいですよ。ユニクロを中国全土に広げて、日本国内のユニクロを超える規模にしたいと思っています。そして、中国で一番のカジュアル企業に育ててゆきたい。だからまだ、やるべきことはいっぱいありますね(笑)。
去る3月29日、北京・西単北大街に「ユニクロ北京西単店」がオープンしました。売場面積約280坪、日本のビルイン型と同じタイプの店舗は、白を基調とした内装です。既にオープンした北京2号店「北京新東安店」に続き、3号店となる「北京三里屯店」の出店も決定しており、業績が好調な香港、上海に続いて、首都北京でもユニクロを浸透させるべく、中国市場でのビジネスを軌道にのせ、さらなる飛躍をめざして、本格的に取り組んでまいります。
「考える人」2008年夏号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 坪田 充晃
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。