プレスリリース

2009年01月06日

「グローバルワン」の舞台裏~「考える人」2009年冬号~

~「考える人」2009年冬号(新潮社)より転載~

まじめ、きめ細やかさ。グローバルワンをささえるもの

ユニクロ生産本部執行役員
永井 弘 (Nagai Hiroshi)

ユニクロ生産本部執行役員 永井弘氏 今から十五年ぐらい前の話になりますが、私がトヨタ時代に、当時担当していたのはマーケティングでした。レクサスの販売がちょうどアメリカで始まった初期の頃です。トヨタの高級車が、機能性と品質とリーズナブルな価格で驚きをもって迎えられつつあったタイミングでした。
 トヨタという会社は、商品に対する執着心がとんでもなく強い。だから徹底的にこだわるし、揺るぎない自信があるんですね。どこにも負けない技術力と、丁寧につくってゆくことで生まれる品質は、他の追随を許さないところがあります。だからレクサスなんていう、ある意味で突き抜けたクルマをつくってしまうことができたわけです。
 商品に対する執着があるなんて、メーカーとしては当たり前の話に聞こえるかもしれません。ところが、そこから先が違う。メーカーというのは、商品にこだわればこだわるほど、「こんなにいい商品なのに何で売れないんだ」みたいな言い方がかならず出てくるものなんです。ところがトヨタの場合、絶対にそのセリフは出てこない。
「こんなにいい商品なのに何で売れないんだ」という言い方は、売れない理由をお客様のせいにしています。しかし売れないのには必ず理由がある。お客様のせいにしてしまったら、改善する余地が残っていても、商品がそれ以上よくなることはありません。クルマをつくるときに、そういう発想をしない哲学が、トヨタの社員のひとりひとりにDNAとして浸透しているんですね。
 アメリカの自動車産業に追いつけ追い越せというとき、トヨタがまず始めたのは輸出です。しかし輸出だけ続けてゆくと、摩擦が起きてしまう。次に何をしたかというと、アメリカに工場をつくって、アメリカで売る車はアメリカで作ろう、という展開です。さらに次には、海外の工場でつくったクルマを現地で売るだけでなく、他の国でも売ろう、となって、世界の工場と世界での販売がグローバル化していったわけです。
 私はその時期、九〇年代の中頃に、東南アジアで現地生産車を導入する仕事にもかかわりました。たとえばタイにトヨタの工場をつくって、タイの人々がクルマをつくり、そのクルマをタイで売る。次にはタイでつくったクルマを東南アジア諸国で売る。これを世界各地で展開してゆくことで、いわば「世界最適調達」のシステムが構築されていったわけです。トヨタはこうしてグローバル化し、ぐんぐん伸びていった。
 私がユニクロでやっていることは何かと問われれば、たぶん十五年ほど前にトヨタでやっていたことと、ほとんど同じことなんじゃないかと思っています。

The world is flat

 トーマス・フリードマンが書いたベストセラーのタイトルにもあるように、まさに「The world is flat」、世界はグローバル化が進んで、どこまでも同じ面が広がっているようなフラットな状況になってきていると思います。お客様は世界中どこでも一緒だという考え方は、もはやスローガンではなく、揺るぎない現実になったと言っていいのではないか。
 たとえばiPodやiPhoneが世界中に広がってゆくのはそういうことでしょうし、世界中に広がるiPodやiPhoneが世界のフラット化をさらに推し進めてもいくわけです。その循環がどんどん加速している。ですから、極めて良質なベーシックなカジュアルウェアというものは、国境を軽々と越えて、さまざまな人々の根源的なニーズを満たす商品になっているんですね。どこの国のどんな人でも、普通の生活で普通に受け入れられる商品をつくっているのは、もちろんユニクロばかりではありません。スウェーデンのH&Mも、アメリカのGAPも、スペインのZARAもみな同じです。
 ユニクロが海外での展開を始めたのは、二〇〇一年からでした。いま名前をあげた世界で展開する三つのSPA(speciality store retailer of private label apparel=製造小売業)は、私たちユニクロよりももっと早い段階で世界に進出していたわけです。
 競合するSPAに比べれば、海外でのユニクロはまだまだ規模は小さい。日本での販売数と海外での販売数を比べても、海外のユニクロ事業は、まだユニクロ全体の十パーセントに満たない数字でしかありません。まだまだ、大きな余地が残っている。
 しかし二〇〇八年は、海外のユニクロ事業全体が営業黒字に転じ、日本国内も増収増益を達成し、弾みがついています。ここであらためて、ユニクロの強みにさらに磨きをかけ、世界のどこの国でも同じように展開する世界最高水準のブランドにしよう、そして最終的には世界ナンバーワンを目指す。これを「グローバルワン」というキーワードに集約して、掲げることにしたのです。

持続的なコミュニケーション

 その達成のため、これから世界で展開しようとしている新たな計画が続々と控えています。シンガポールでは1号店がオープン、中国や韓国での新規出店も引き続き予定しています。アジア全体での大型店開発もさらに推し進め、全世界で年間二〇〇店舗の大型店出店を可能にする態勢づくりも始めました。またフランスでは、パリのオペラ座地区にグローバル旗艦店をオープンします。インドやロシアでも出店のための市場調査を開始しています。このような世界規模の展開を支えるのが、私たち生産本部の大きな役割になってくるわけです。生産の態勢がしっかりと整っていなければ、「グローバルワン」の実現は机上の空論に終わってしまうでしょう。
 いまはご存知のとおり、商品の生産は中国の工場に負っている部分がかなり大きい。私たちは自社工場を持たない経営方針でやっていますから、中国の工場もすべて契約です。自社工場を持たずに最高水準の品質を保つには、工場との持続的なコミュニケーションがなんと言っても不可欠なんですね。われわれ生産本部は国内出張よりも頻繁に現地に飛びますし、工場では日本人の「匠チーム」による技術指導が行われています。「匠チーム」は、日本の繊維産業が誇る世界一の技術と知識を持ったベテランの熟練技術者たちによって組織され、現地工場での全行程に、彼らがつねに深くコミットしているのです。最高の品質を実現するためには、お互いの顔を見ながら商品をつくってゆく必要があります。
 もちろん最初のうちはきめの細かい徹底した技術指導がうるさがれる場合もあります。しかし現地の工場は「匠チーム」の参加によって結果として工場のクオリティを高めることになり、ユニクロと提携する工場だという実績で、欧米のブランドからの受注を増やす可能性も出てくるのです。

日本の「厳しさ」が生むもの

ユニクロが提携する中国の工場 中国でこうした最高水準の商品をつくりだすシステムは盤石なものになっていますが、これからのグローバル展開の規模を考えたとき、このシステムを、全世界のどこでも、いつでも可能にするにはどうすればいいか。それが私たち生産本部の次の大きな仕事になってきます。すでにベトナムのホーチミンには生産のための拠点があり、バングラデシュのダッカにもこの九月に生産管理事務所を開設し、インドでの生産も視野に入っています。メイド・イン・インディアというタグがユニクロの服につけられる日もそう遠くないかもしれません。今後、生産数量がますます拡大するなかで、近い将来その三分の一程度は中国以外での生産になっていくと思います。
 そこでよく尋ねられるのが、中国でそれなりの時間をかけて実現した品質を、そう簡単に世界の別のエリアに移して実現できるのか、という問題です。しかしここには、日本を中心に見ているだけでは、見逃しがちな世界地図上の流れがあるんですね。
 それは、最初に申し上げた世界のSPAのこれまでの生産拠点が、いったいどこにあったのかという問題です。実は、欧米のSPAでは、インドやバングラデシュが長い間にわたって生産の中心拠点として機能している、というケースが多いのです。反対に、欧米にとっての中国は、私たちにとってのインドに近いものと言えるかもしれません。彼らにとって中国は、私たちほど馴染みが深くない。ですから、ユニクロがインドやバングラデシュで生産のクオリティをあげるために、生産の過程の全体をゼロからスタートさせなければならない、という状況ではまったくないんです。
 私がインドの生産工場に行って経営者と話をしてみたら、十年以上前からH&Mと取り引きがあった、とわかる場合が少なくないんですね。そして、そのような状況のなかで、バングラデシュやインドの工場をまわって見えてくるのは、大きく分けるとふたつの反応になるかもしれません。
 ひとつは、「日本向けの商品だとすると、納期が厳しい。品質も厳しい。コストも厳しい。おまけに発注される一回の量が少ない。何もいいことがないじゃないか」というもの。もうひとつは、「世界経済の動向によっては、欧米がふるわず、オーダーが減る場合もあるだろう。反対に日本が伸びてゆくこともあるかもしれない。グローバルに生き残るには日本とのつきあいも必要だ。ユニクロと一緒にやれば、工場のクオリティも上がって工場の評判も上がり、さらに仕事が増えるだろう」というもの。未来を見据える後者のタイプの経営者は、ちゃんとこちらの顔を見ながら話をしてくれます。その反応の違いが、実に面白い。

「まじめ」の原動力

 私たちが海外の工場でやっているのは「取り引き」ではなくて「取り組み」なんだ、そう考えながらやっています。「取り引き」という考え方では、何社かの工場で見積もりを出させて、一番安いところを選べばいいという発想になってしまう。そうではなくて、お互いに知恵を出し合い、将来も見据えて、最善のかたちで最高品質の商品をつくりだすような「取り組み」。そういう対等な関係を築き上げることが大事なんですね。短期につきあっておいしいところだけ取ってしまったらおしまい、というのでは、お互いに蓄積されてゆくものがない。顔が見えないままのつきあいではなく、相手の顔が日常的にきちんと見えているような関係を築き上げ、その上で仕事をすれば、最高のパフォーマンスが生まれます。使い捨て的な取り引きでは、いい商品ができるはずがありません。
 われわれユニクロが海外のSPAとどう違うのかと聞かれたら、「まじめなところですね」と答えます。いや、海外のSPAが不まじめだというわけではないですよ。そうではなくて、商品をつくるまでの全体の流れが、単なる合理主義では説明し尽くせない、商品に対する、そしてお客様に対する目に見えない姿勢のようなものが、まじめだなあとしか表現しようのないものがユニクロにはある、ということなんです。それはたぶん日本人が本来的に持つ気質のようなものも含まれているかもしれません。そのまじめさは、トヨタとまったく同じだと感じるんですね。
 これが本当にお客様の期待に添っているんだろうか、お客様にとって価値があるのだろうか、そういう目線があるということ。市場をちゃんと調査して、それを数値化して、動向を分析して、ということだけでは見えてこないもの。どれだけお客様に注意深くなっているか、という姿勢を持つことでしか見えてこないものがある。そう思います。商品をつくることもそうですし、商品を売る、ということについてのまじめさも世界に対する力になるはずです。
 ニューヨークやロンドンの旗艦店でユニクロを見直してみると、あれだけ店をきれいに保って、商品をきちんと畳んで、すっきりと見せているのは、本当に際だっているなと思います。このきめの細やかさ、もてなしの心は、これからの海外でのグローバル展開に、日本ならではの力をおおいに発揮するだろうと思っています。

匠プロジェクト

uniqlo_logo.gifニューヨーク、ロンドンに続いて、2009年秋、パリの中心街にいよいよグローバル旗艦店がオープンします。ロシアへの出店も着々と準備が進行中。ユニクロのグローバル展開は2009年、さらに全世界へと拡大していきます。それにともなって、ベトナム、バングラデシュ、インドなど、新たな地域に生産拠点も増やし、将来的には全生産量の3分の1程度が中国以外の地域から、と拡大します。安心と安全、そして世界最高品質への挑戦に、これからも一層きめ細かに、全力をあげて取り組んで参ります。

「考える人」2009年冬号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 青木登(ポートレイト)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。