2009年01月06日
「ヒートテック」の舞台裏~「考える人」2009年冬号~
~「考える人」2009年冬号(新潮社)より転載~
世界の冬の空の下 ヒートテックがゆく
グローバルコミュニケーション部
グローバルコミュニケーションチーム
益田 尚 (Masuda Sho)
グローバルコミュニケーション部
企業広報チーム
山本 慶子 (Yamamoto Keiko)
東京では初めての店舗となるユニクロ原宿店がオープンしたのは、一九九八年の晩秋、ちょうど十年前のことである。このとき、オープンと同時に大きな話題となった商品がフリースだった。
フリースはポリエステルからつくられ、軽量で保温性が高く、オーバーコートよりはるかに身のこなしが軽い。カラーバリエーションも豊富でファッション性も高く、若い世代を中心に大きなブームとなった。一九九八年の冬だけでも約二〇〇万枚を販売。当時、関東地方ではまだ知名度が低かったというのが今ではウソのようだが、フリースの登場がユニクロの名前を急速に浸透させたのは間違いない。
翌年、フリースはさらに八五十万枚を、二〇〇〇年には二六〇〇万枚の販売を記録した。テレビコマーシャルの力も、そこには働いていたはずだ。効果音やBGMをいっさい使わない、松任谷由実や養老孟司のモノローグだけのCMがあり、色とりどりのフリースが工場のような空間のなかをオートマティックに運ばれてゆくだけのCMもあり、いずれも従来のCMの文法から自由な、独特の演出が強い印象を残した。ユニクロという新しいブランドへの注目を、広告のクリエイティブの質が後押しすることになっていたように思う。
以来ユニクロは、日本のSPA(製造小売業)を代表する企業となった。二〇〇一年からは海外での展開も始まった。そして、ニューヨーク、ロンドンにグローバル旗艦店がオープン。既存店のある中国、韓国でも今後さらに出店が拡大してゆくという。東京への進出から十年が経ち、ユニクロは、H&M、GAP、ZARAなど世界のSPAと競合するグローバル・ブランドへ、大きく踏み出した。
その推進力になろうとしている商品が「ヒートテック」だ。東レとユニクロが共同開発し、五年前から日本で発売が開始された発熱保温ウェアである。素材の目新しさ、保温性、軽さ--十年前にフリースが同じような特性によって果たした大きな役割を、今度は世界を舞台に、ヒートテックが果たそうとしている、ように見えるのだが……実際はどうなのだろうか。
アメリカでは売れない?
寒い冬にも人の肌からは少しずつ水蒸気が発散している。この水蒸気を吸収拡散することによってマイクロアクリルが発熱する。繊維と繊維の間にあるエアポケットにその熱が蓄えられ、人の肌をあたためる。ヒートテックはそのようなテクノロジーに基づいてつくられた、発熱保温性の高い機能的商品である。ユニクロは五年前からヒートテック機能を持つ商品の販売を開始し、二〇〇七年にはついに二〇〇〇万枚(!)に達するメガヒット商品となった。しかし、それはまだ国内のユニクロでの出来事。
二〇〇八年秋、いよいよ海外のユニクロがヒートテックの本格的な販売に乗り出した。その舞台裏はどうなっているのか。ヒートテック・グローバルキャンペーンを統括する、益田尚氏に話をうかがうことにした。
まだ若い益田氏だが、前職はソニーのパソコン「VAIO」の海外マーケティング担当だった。
「東レが調べたところでは、昨シーズンに日本で販売した約二〇〇〇万枚というのは、ヒートテックの生地の長さで換算すると地球の直径とほぼ等しいそうです。面積に換算すると東京ドームで四一四個分。日本は約一億二千万人の人口ですから、単純に計算すると六人に一人が、と言いたくなりそうですが、実際には一人の方が複数買っているケースが多いので、おそらく十人に一人ぐらいの方が着てくださった、と考えるのが実態に近いのではないかと思います。それにしても大変な数で、私たちの予想をはるかに上回るスピードでした。とくに十二月以降のいちばん寒い時期に手に入らなかったお客様がかなりおいでになり、クレームを頂戴してしまったのが昨シーズンでした。今シーズンはこれをはるかに上回る販売数を見込んでいるのですが、お客様へのアピールの方法は昨シーズンとはかなり趣きが異なったものになっています。
最大の違いは何かというと、ひとことで言えばファッション性です。五年前に販売を開始したときには、ヒートテックはインナーウエアのイメージが強かったんですね。発熱保温の機能があって、着心地もソフトで薄い、となれば、寒い冬をしのぐインナーウエア、という受け取られ方をされがちです。
でも、ヒートテックというのはあくまでも素材の機能ですから、デザインと着こなしの提案ができれば、インナーとしてだけでなく、Tシャツなどのようなカットソーとしてもっと楽しめるはず、というのが私たちの考えでした。しかも、ヒートテックを着こなせば、重ね着でごろごろしがちな冬のファッションも、薄着が可能になってくる。コーディネイト次第で冬のファッションを一新できますし、人の動きも軽やかになるはずです。『着る』ということについての新しい提案をこれまでも折々に行ってきたのが、私たちユニクロらしさなのだと思いますが、ヒートテックという機能的な素材を、ファッション性を軸にもう一度とらえ直して、新たにつくりあげたのが今シーズンのヒートテックなんですね。ですから型のバリエーションも、色数も、アウターとして着ていただくことを意識して増やしています」
たしかにTシャツも、もとをただせばインナーウエアだった。ファッションの歴史は、その時代の見立てによって大きな展開と広がりを見せながら今日までつづいてきたのだ。機能性も時代による変化を遂げてきた、という意味では同じこと。思えば昔、冬の夜には、真綿入りの重たい掛け布団にのしかかられて眠っていたのが、いまは軽やかな羽毛布団でぬくぬくというのが主流である。素材自体が、生活のスタイルを大きく変える可能性をもつというわけだ。
「日本では去年、ヒートテックが大ブームになりました。ところが海外ではまだほとんど認識されていませんでした。なぜかというと、昨シーズンは、海外ではまだ試験的な販売に過ぎなかったんですね。ですから広告をまったく行いませんでした。それにニューヨークの場合のように、マーチャンダイザーが『アメリカではそれほど売れないのでは』と判断して、発注の数を控えめにしていた、ということもあります。なぜそう判断したかには理由がちゃんとあるんです。発熱保温性のある素材を使った衣類というのは、年配層向けのいわゆるババシャツかアウトドアショップの商品であって、ファッションの世界では扱いにくい、というんですね。
では、私たちが海外で何をする必要があるかといえば、ヒートテックの機能性はもちろん、ファッション性についても一度きちんと伝えるべきだということなんですね。しかも、お客様と出会う可能性のある、あらゆるタッチポイントにおいて、同じメッセージを使って伝えていく必要がある。世界中のお客様からヒートテックへの共通な理解を正しく得るには、これしかないのではないか、と考えたわけです。
海外での広告はこれまで、現地のクリエイターやディレクターと相談しながら、日本とは少し違う角度でアピールすることも多かったのですが、今回は日本とまったく同じものにしようという発想でディレクションしています。コピーは、『ユニクロ発・ヒートテックに、世界が驚きはじめています』、アメリカやイギリスでのコピーも、〝HEATTECH shakes the world of fashion.″。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京、ソウルの五大都市では、屋外広告も展開しました。同じキャッチコピーを使って、モデルの知花くららさん、ロボットクリエイターの高橋智隆さん、クリエイティブディレクターのスティーヴン・ガンさん、DJでミュージシャンのハーリーさんなどテレビで放映中のCMに登場する方々のポスター版をつくり、これをロンドンなら、オクスフォード・サーカスやピカデリー・サーカスといったメインストリートにある広告スペースを一部買い切って約三週間展開するなど、今までにない大胆な露出を計画しました。
世界共通のサイト『UNIQLO TRY』もスタートしています。これは、ヒートテックを着てみたいと思っているお客様に、『寒い』『ヒートテックを着てみたい』という気持ちを表現していただくビデオ映像を世界各地から投稿してもらい、そのなかから抽選でヒートテックをプレゼント、着てみた感想をまたビデオ映像で送っていただく、という趣向なんです。この映像が、ゆっくり自転するCGの赤い地球上にひとつずつアップされていくんですね。お客様からの評価は、機能性、ファッション性、肌触りの評価などそのままアップされます。だから『着てみたけど、たいして暖かくないわね』という評価があれば、それはそのまま載ってしまう。私たちはこれをリサーチ・エンタテインメント・コンテンツと呼んでいますが、もうすでに画像が世界中から届いています。世界中のみなさんの表現のバリエーションと、ユニクロへの注目度が全世界に広がっていることがリアルに実感できて、実におもしろい」
ニューヨークに長蛇の列
ヒートテックのプロモーションで、これまでにない試みがもうひとつある。「グローバルギフティングイベント」と名づけられたイベントだ。ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京、ソウルの街角に「巨大自動販売機」を設置する。商品ボタンを押すと、巨大自動販売機のなかにいる男女ひとりずつのダンサーがオリジナルのダンスを踊って、ヒートテックの上下が入ったギフトボックスをプレゼントしてくれるという仕掛け。自動販売機の周囲には、銀色の宇宙服(?)のようなものを着た「ヒートテックマン」が待機しており、彼らの持っているサーモグラフィカメラで道行く人のからだの冷え具合を映しだし、ヒートテックマンがうつした映像を大きな画面でご覧にいれて『ヒートテック』の着用をお勧めする、というイベントだ。このイベントについて、企業広報チームの山本慶子さんにうかがった。
「ヒートテックは、一度着ていただいた方には実感していただけるのですが、そうでないとなかなか伝わらない。ここが最大のポイントなんですね。いったん着ていただければ、あとはもう説明はいらない。そういう力のある商品を、ユニクロも知らなければヒートテックも知らないというお客様に、どうやって試着していただけるのか。押しかけて無理矢理着ていただくわけにもいきませんから(笑)、楽しい仕掛けやイベントで手にとっていただければという発想です。
ヒートテックという機能性の高い商品を無償で提供するにしても、何かエンタテイメント性が必要じゃないかと思うんですね。だから、ヒートテックマンとか、ダンサーとか、その場で見物していただくだけでも面白くなるアイディアが必要でした。ちょっと目を惹くようなイベントであれば、現地のメディアに取り上げてもらえる可能性も高まります。
イベントの皮切りになったニューヨークでは、事前にウェブサイトでも告知をして、十一月十八日にこういうイベントをやります、というインフォメーションを流しました。『ニューヨークで一番寒い人は誰だ?』という投票もやって、ドア・マンだ、ドッグ・ウォーカーだ、と競ってもらって、第一位に輝いた職業の人には当日最優先でお渡しします、という仕掛けもしました。ちなみに第一位は自転車便の人でした。ニューヨークタイムズのウェブサイトでこのイベントが取り上げられたり、イベント当日、ニューヨークの朝の情報番組でテレビにもオンエアーされたりして、当日は朝から長い列ができる結果になりました。自転車便の人もいっぱい来ましたよ。
どこでイベントをやるか、というのもポイントのひとつでした。ニューヨークはやっぱりタイムズスクエアでしょう、とすぐ決まり、ロンドンならオックスフォードストリートに面したユニクロで、と人がたくさん集まり注目される場所を選びました。パリではコンセプトショップがある新凱旋門地区のラ・デファンスで行いました。欧米ではクリスマス商戦がファッション業界にとっても一大イベントになりますから、十一月半ばから下旬にかけて、早めのタイミングで仕掛けるというのも大切でした。並ぶ人の雰囲気も、ニューヨークのようなお祭り騒ぎもあれば、パリのように静かに大人しく待っているのもあって、面白かったですね。中国、韓国もすごい盛り上がりでした。
ニューヨークのイベント当日はほんとうに寒かったですね。テレビ中継は六時半から始まったので、まだ真っ暗。それでも長蛇の列ができました。四千個用意していたボックスもあっという間になくなってしまったんです。ニューヨークで、しかもあのタイムズスクエアでイベントができて、多くの方々に喜んでいただけたのですから、本当に良かったです」
昨シーズンより四割も増産した二八〇〇万枚のヒートテックが、世界にどれだけ行き渡ることになるのか、すでにスタッフは充分な手ごたえを感じているようだった。
ヒートテックとは、日本の最新の技術を駆使して開発された、発熱保温機能を持つウェアです。ソフトな着心地とリーズナブルな価格、豊富なラインアップも用意したファッション性によって、国内で爆発的にヒット。今シーズンは世界でも積極的販売を計画し、ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京、ソウルでグローバル・ギフティングイベントを行いました。広告も世界共通のコピーとビジュアルで展開、ヒートテックは海外でも大ブームとなり、年末には品薄の状態に。日本でも全国の店舗で品切れが続いており、国内外でお客様にご迷惑をおかけしていますことをお詫びいたします。
「考える人」2009年冬号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 菅野健児、青木登(ポートレイト)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。