2009年04月14日
ロンドン「セルフリッジ」出店の舞台裏~「考える人」2009年春号~
~「考える人」2009年夏号(新潮社)より転載~
クール・ジャパン、ロンドンの老舗百貨店へ
執行役員 商品本部 メンズ・キッズMD担当
香川 雅哉 (Kagawa Masaya)
創業百年のロンドンの老舗デパート「セルフリッジ」にユニクロの出店が決まったというニュースは、ずいぶんあちこちを駆けめぐったようです。「ほんとですか?」とか「えっ?」とか(笑)。アパレル業界の内部での反響ですけれど、そういった驚きの声は、ぐるっと一周して私の耳にも届きました。
セルフリッジから声をかけてもらったときは、私たちも正直言ってびっくりしたんです。とにかく老舗ブランドが軒を競うようにずらりと並んでいて、王室御用達で、うちは親子代々セルフリッジです、というような顧客も多い超高級デパートですから。ユニクロの出店に驚く人がいたとしても無理はないんですね。
ただ、出店のお誘いをいただいた直後の驚きがおさまってみると、「そうとなれば、これはもう願ってもない機会だ」とすぐに思い直しました。ユニクロ商品のクオリティの高さを、クオリティにこだわるお客様にじっくり見てもらい、着ていただき、評価していただくには、最高のチャンスじゃないかと。「ぜひやらせてください」という結論しか考えられませんでした。
ユニクロが出店したのは二階のメンズフロアで、店舗のスペースは約三十坪です。実はこのオックスフォード・ストリートに面しているセルフリッジから、歩いてたった五分のところにユニクロのロンドン旗艦店があるんです。そこは約七百坪の広さ。ですからセルフリッジの店舗は、ユニクロの海外店としては異例なほど規模が小さいんです。ですがこれもまた、ちょうどいいんじゃないかと思いました。ユニクロの圧倒的な種類の商品のなかから、メンズに特化して、しかもわれわれの自信作に絞って並べることができる。店の顔つきというか、メッセージというか、そういうものを提示しやすいだろうと。
そもそもイギリスという国のファッションの伝統を考えると、やっぱりメンズが強いんです。フォーマルにしろトラッドにしろ、メンズファッションはイギリスが原点。そういうイギリスの市場にユニクロの商品を並べようというわけですが、現在のユニクロメンズの完成度は、素材・縫製・デザインがやっとグローバルで戦っていける入口に達してきたなと思っています。だからこそ、セルフリッジで充分に評価していただきたい、セルフリッジでこそ完成度が伝わる、そう思ったわけです。
クオリティの高さを見てもらう
二月のオープニングに揃えた商品は、ジャパンデニム、リネンコットンジャケット、コットンカシミヤセーター、スウェットパーカ、チェック柄のシャツ、といったものをメインにしました。なかでも今回のジャパンデニムは、紡績も、織布も、染色も、縫製もすべて、日本で行なったものなんですね。ふだんならば縫製は中国にお願いしているんですが、セルフリッジのオープンにあわせたセルフリッジ限定の商品は、日本から来たブランドであるということを明確に打ち出したかったので、全部の工程を日本でやり通してつくってみたいと考えたわけです。文字どおり、本格的な「メイド・イン・ジャパン」なんですね。
そんな確信を持つことができたのは、ロンドン旗艦店が二〇〇七年の秋にオープンしたときに、ジャパンデニムの評価が想像以上に高かった、ということが大きい。デニムのどの部分をとってみても、クオリティの高さには自信がありましたし、そのようにしっかりと丁寧につくった商品はありましたが、きちんとそれが伝わるかどうかは、蓋を開けてみるまではわからない。
そして旗艦店がオープンしたとたん、ジャパンデニムは大変な評判になりました。よく売れたんです。ロンドンのファッション・ジャーナリズムはもちろん、ロンドンのお客様の評価も高くて、私たちの期待どおりのものでした。ですから、今も続いてロンドンで人気の高いジャパンデニムに、よりいっそうの磨きをかけたものをセルフリッジに並べて、とりわけ目の高いお客様にお試しいただきたい。そう考えたわけです。
デニムの製造で、長年パートナーになってもらっている広島の老舗「カイハラデニム」さんにもご協力いただき、セルフリッジ出店が決まった去年の十二月の段階から、新商品の開発について綿密な相談を重ねました。今年の二月オープンでしたから、猛烈にタイトなスケジュールでした。でもなんとかしてオープニングに間に合うように、デニム担当デザイナーも工場もクリスマスの時期には休み返上で取り組んでくださった。これも長年のおつきあいがなければ難しかったでしょう。ほんとうにありがたいことです。
セルフリッジが順調にスタートしたので、社内の小メンバーでお疲れさまの会をひらいたばかりなんですけど、そのときにもデニム担当デザイナーから「いやあ、香川さん、今回みたいなスケジュールは初めてです」と笑いながら言われました。結果がきちんと出ていたから笑い話にできたわけですけれど。
関係者が全力でかかわって、最高品質の商品をつくったわけですから、ジャパンデニムの成り立ちや、私たちがこだわったディテールについて言葉でもきちんと説明したかった。それで、セルフリッジ専用に商品カタログもつくりました。もちろんカタログには“Kaihara”の名前も出しています。
ロンドンのお客様はほんとうに細かいところまで自分の目で確かめて、納得してから買う堅実な方が多いんです。だからカタログで商品の成り立ちをお伝えする意味はおおいにあるわけです。お客様は言葉でも私たちのことを理解できる。そして商品そのものを実際に着て、満足していただければ、その次のご来店につながるわけです。さらにユニクロというブランドへの認知が高まれば、セルフリッジから目と鼻の先のロンドン旗艦店にまで、ふらりと立ち寄ってくださる方も出てくるでしょう。そうすれば、その他のメンズ商品やウィメンズ商品にも注目してくださるはずです。
セルフリッジのユニクロのキャッチコピーは「コンテンポラリー・クール・ジャパン」というものなんですね。「クール」なジャパンというのは何かと言えば、日本人しかできない繊細さ、技術力、こだわり、というものだと思います。無駄を排除し、機能はシンプル、品質が高く、どこか全体に品位のようなものもある。それが彼らにとっての日本の「クール」さなんです。そして、それらの美点はすべて日本の文化からやってくるものだと彼らは考えている。
セルフリッジのお客様にユニクロをしっかり認知してもらうには、「クール」なジャパンというコピーを裏付けるような、実際に納得のいく商品をつくっていかなければ、たちまち支持されなくなってしまいます。コピーで何を言っても、それに対応するはずの商品に満足いただけなかったら、意味がありません。
ジャパンデニムがスタートから好調なので、同じようにセルフリッジだけの特別アイテムをこれからも次々に投入していくつもりです。実はリネンコットンジャケットも高く評価されているんですよ。ジャケットはわれわれにとって大きな課題で、時間をかけて力を入れてきた商品ですが、セルフリッジに並んでいる他のブランドのジャケットのクオリティはかなり高いんです。だからいまこうして評価されているのは、ほんとうにうれしいですね。チェックのシャツも人気です。デザインとしてのチェック柄も、やはりイギリスが本場ですよね。そんな伝統のある商品も気に入っていただけた。セルフリッジでの商品展開は、いまのところ合格点かなと思っています。
ユニクロ本来の力
私がユニクロに入社したのは一九九五年です。会社が上場して、これから関東エリアでの店舗展開を拡大しようという時期でした。もうこのときすでに柳井さんはマスメディアに取り上げられることが増えていて、ユニクロはこれから日本一になるというような勢いの展望を語っていたのを覚えていますね。私は生地卸売商社のウィメンズアパレル事業部にいましたから、アパレル業界が組織として保守的なところが多いことをよく見聞きしていましたし、年功序列が当たり前という世界でした。ところがユニクロは完全実力主義で、日本の企業なのに外資系企業みたいだなと思ったんです。だから、自分の経験を生かしてユニクロで挑戦したいと思い、中途入社したわけです。
ユニクロでは当時はまだ「レディース」と呼んでいたウィメンズも始まったばかりでした。でもファッションの世界ではメンズよりもウィメンズのほうが動きが速いですし、扱う数や量もはるかに大きい。日本一になるのだったら、ウィメンズを日本一にしなければ実現しないと主張して、とにかくウィメンズのあらゆる商品を担当させてもらいました。九八年の原宿店オープンのときにも、ウィメンズのMD(マーチャンダイザー)担当でした。フリースが爆発的に売れたのはそのとおりなんですが、実はオープン後の原宿店の売上げをみると、もうあり得ないぐらいウィメンズがよく売れていたんですね。それまでのユニクロでは考えられない動きでした。私はこのときに、ユニクロがいよいよ次のステージに入ってきたと実感したんです。ここまで来たかという感慨がありましたね。
それからは、メンズのカットソーとセーター部門を担当して、いまはメンズトータルとキッズトータルとホーム用品も含めて担当しています。ニューヨーク、ロンドンの旗艦店や既存店のオープンについても、ずっと現場を見てきました。そんな自分のこれまでの経験から判断すると、ロンドンでのユニクロは、まだユニクロ本来の力を出し切っていないと思っています。もちろん現地での多少のアレンジは必要にしろ、ユニクロの原理原則というか、方法論のようなものは、日本でのやり方と同じようにやっていきたいと思っていますし、やれるはずなんですね。だから、まだまだやることがたくさんある、と思っています。
ジーンとする瞬間
セルフリッジのオープンは、個人的にもやっぱり感慨深かったですね。海外にいろんな店をオープンさせてゆく現場にもいましたし、たいていのことには動じないつもりだったのですが、セルフリッジのユニクロを見に行ったときは、少し違いました。
これまで何度も歩いていたオックスフォード・ストリートに、セルフリッジ店のオープンを知らせるユニクロのポスターが貼られていたんです。それを目にしただけで、ちょっとジーンとしてしまいました。そして、いよいよセルフリッジの店内に入って、ユニクロのある場所に近づいていくと、ディーゼルさんやラルフ・ローレンさんがユニクロの目の前に入っているわけです。その光景を見ただけで、これはもう、自分がこれまでユニクロで働いてきた歴史のなかの、大きな一ページなんだ、となにか心の底からわきあがってくるものがありました。ついにここまで来たかという(笑)。
ここで満足したら駄目だと頭ではわかってますし、日本でいま大きく成功しているユニクロの方法論が、イギリスではまだ完全には実現できていない、それをどうやって持ってくるか、実現させるか、という大きな命題もあります。それを思えば、まだまだやることはいっぱいある。感慨にふけっている場合ではない。そうではあるけれど……たったいまのこの瞬間は、こうして感激している自分を許してやりたい、と思ってしまったんですね。働いてきてよかった、と、そういう瞬間でした。
ユニクロUK(ユニクロ・ユーケー・リミテッド)は、2009年2月23日(月)、英国のみならず世界的にも高名な高級老舗百貨店『セルフリッジ』のメンズフロア内に出店いたしました。100年の歴史を誇る同百貨店への出店は、ユニクロUKとして初の百貨店内への進出となります。厳選された旬のメンズ商品を〝コンテンポラリー・クール・ジャパン″というキーコンセプトで編集・展開し、進化した商品群、VMD、店舗運営、サービス、そしてクリエイティビティをロンドンのお客様にお届けします。
「考える人」2009年春号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 青木登(ポートレイト)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。