2010年01月05日
東京都立武蔵高校リサイクル活動の舞台裏 ~「考える人」2010年冬号~
~「考える人」2010年冬号(新潮社)より転載~
「服の価値」を知り最大限に活かすために
東京都立武蔵高校
ユニクロの全商品リサイクル活動は、三月、六月、九月の年三回、それぞれ一カ月間、全国のユニクロ店舗を窓口に行われている。「考える人」ではこの活動について何度か紹介をしてきたが、もう一度ここで簡単におさらいしておきたい。
リサイクルの対象となるのは、ユニクロの全商品。お客様に洗濯済みの不要な衣料を店舗まで持参してもらって回収する。回収された衣料の約九〇パーセントは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との提携によって、世界各地の難民キャンプに運ばれ、寄贈されている(汚れや破損などで再利用できないものは、火力発電の燃料や工業用繊維などになる)。
衣料を大量に生産し、大量に販売している企業が、「売りっぱなし」にしてはいけない。また、ユニクロがグローバルな展開を刻々と推し進めているなかで、企業の社会的責任(CSR)を果たしてゆく際の視野もグローバルであるべきではないか。さらに、衣料というものが人間にとってどれだけ大切な意味を持っているかを見つめ直す機会にもなる--全商品リサイクル活動は、ユニクロというブランドの根幹にもかかわるような、大きな意味合いを持つ活動になっている。二〇〇九年は、全国約八百店舗のユニクロで、約二六〇万着の衣料が回収された。
「できることから少しずつ」というスタンスで地道に活動を続けながら、年を重ねるごとに全商品リサイクル活動は大きな広がりをみせ、さらに今、あらたな展開が始まりつつある。教育現場との協働もそのひとつ。
東京都立武蔵高校と同附属中学校の生徒会は、二〇〇九年の夏から秋にかけ、衣料のリサイクル活動に取り組んだ。ユニクロのCSR部が、彼らの活動のサポートを行った。都立の中高一貫校が自分たちの手でリサイクル活動を行うことになったのには、同校のこれまでの社会貢献活動を、少しだけさかのぼっておく必要があるだろう。
自分の役割を考える機会
二〇〇七年度から東京都は、全国にさきがけ、高校で「奉仕」の科目を必修化した。必修科目としての「奉仕」がすべての都立校で実施されるまで、二年の試行期間にパイロット校が選定され、スタートに向けての準備と調査が行われた。パイロット校のひとつとして選ばれた都立武蔵高校は、以後さまざまな社会奉仕、社会貢献活動を行うようになる。それからすでに四年がたとうとしていたのである。
東京都の教育庁地域教育支援部の梶野光信氏の話。
「奉仕、という言葉に『滅私奉公』的なネガティブな印象を受ける方がいらっしゃるかもしれません。しかし、教科書をベースにして知識を習得するような、従来の机の上の勉強からは得られないもの、つまり体験そのものを重視する学習から生徒が得るものは大きいはずだと私たちは期待したんです。
もちろん体験すればそれでいい、というわけではない。体験にいたる動機付けとしての事前学習も必要ですし、自分が行ったことを事後学習する必要もある。
体験さえすればいいと短絡してしまうと、あとで振り返ると何も残らなかった、となりかねないんですね。主体性を持って参加する。当事者意識を持つ。これが何より大事です。もうひとつ、奉仕活動を体験する際の重要なポイントとは、学校のなかだけで学んでいたら得ることが難しい、実社会との接点ですね。子どもたちは活動のなかで親や先生とは違う大人たちと接して、何かを学ぶはずなんです。社会人としていろいろな問題意識を持って働いている人たちと、直接に触れあうことの意味は計りしれません。
奉仕活動を学校がどのように組み立て、参加させるかは、具体的に運営する現場にとっては、なかなか難しいところがあるのも事実です。管理する側の立場からすれば、外での活動が加わると、何か問題が起こったらどうするかという話にもなりかねない。年間で十八時間の奉仕の体験活動が必修となって、それを無難にこなすことを考えれば、生徒一人一人にゴミ袋を持たせて、一時間学校のまわりを掃除してきなさいという安易な発想に行き着くことも少なくありません。もちろん掃除は悪いことではありませんし、日常的には大切なことです。しかしそれをもって奉仕活動だとなると、生徒たちは「掃除をやらされた」、あるいは「勉強しないで済む時間」ぐらいの気持ちしか持てないのではないでしょうか。
都立武蔵高の活動の評価が高いのは、体験活動のメニューがひとつではなく、生徒たちがグループ単位でそれぞれやることを選択できる点にあります。これは大きいと思いますね。主体性の芽が育つ余地が残されている。主体性を持って取り組むと、奉仕をきっかけに興味を持った活動を、もっと自分で掘り下げてみたいと思う生徒も出てくるかもしれません。何度となく活動を繰り返していけば、自分がどういう分野に興味を持っているのか、自分がやってみたいことは何だろうか、といった発見にもつながってゆく。
奉仕活動の現場では、組織のなかで人がどう動くのかが見えてくるでしょうし、たとえ小さな規模であってもそれはやはり社会ですから、社会のなかでの自分の役割を考える機会にもなる。
ですから、ユニクロさんから学校教育の場でリサイクル活動の支援を行いたいとご提案をいただいたときには、こちらとしては飛びつくような思いでした。リサイクル活動の仕組みを生徒たちに教えてくださって、体験作業のサポートをしながら、一緒に悩んでくれたり励ましてくれたりする。親や先生以外の大人との接触が、彼らにどれほどの影響を与えるか--これまでの奉仕活動においても、生身の社会人とやりとりできる経験の意義ははっきりしている。インターネットで調べたり情報を集めたりするのとはまったく違います。しかもユニクロのCSR部は企業の社会的責任を追究しながら働いている方たちですから、生徒たちにとってこれほど絶好の学びの機会はありません」
集まった衣料は五一六キロ
こうして東京都が橋渡し役になり、ユニクロと学校の協働による衣料のリサイクル活動が始まった。中心となった生徒会にとって、参加した生徒たちにとって、それはどのような経験だったのだろう。当時、生徒会長だった塚田駿太さんに話を聞いた。
「去年(二〇〇八年)から都立武蔵は中高一貫校になったんですね。ところが一部の部活をのぞいて、何かを一緒にやる機会がありませんでした。せっかく一緒になったんだし、何かを共同でやってみたいという話が高校の生徒会で持ち上がったんです。最初は屋上緑化ができないか、という案も出ました。調べてみたらコスト的なことで僕たちには難しい。しかし環境問題にもかかわるようなテーマができないかと話し合いを続けていたところに、この話が来たんです。それならば自分たちにもできるかもしれないし、環境にもかかわるテーマだったので、始めてみようということになりました。
ただ、心配もありました。果たしてリサイクル用の衣料が集まるのか、という問題です。やりたいこともない、勉強を一生懸命やる意味も見いだせない、そんな空気が高校生にはあって、何か冷めているんですよね。部活だけは燃えるけど、他のことにはあまり関心のない人が多いような気がしていたんです。今を楽しく生きていればいいんじゃないか、と。最初のうちは、十枚ぐらいしか集まらなかったらどうしようと思っていました。
六月ぐらいにユニクロのCSR部の方たちが学校にいらして、ユニクロの全商品リサイクル活動がどういうふうに始まったのか、難民キャンプに届けられるまでの手順はどうなっているかを教えてくれたんですね。ぼくたちにとって、衣料はまずファッションですけれど、難民キャンプにいる人たちにとっては、防寒はもちろん、衛生の問題にもなってくるし、衣料が揃わないと学校にも行けない場合があるんだと知りました。人としての尊厳をもたらし、生活の潤いにもなるわけですね。衣料は人が普通に生きてゆくために、たくさんの役割を果たしている--そういうふうには考えたことがありませんでした。回収された衣料はネパールやアフリカにも届けられるわけで、その規模の大きさにも驚きました。最初は自分たちでソマリアとかに届けに行くことになるのかと早合点してしまいましたけど、でももし自分たちで手渡せたらすごいんじゃないかって、いまでも思います。
あとは具体的な方法です。相談した結果、誰もが必ずその前を通る、学校の昇降口に回収ボックスを置くことにしました。あとで分別しやすいように、男物、女物とふたつの箱を用意したんです。そして七月の期末テストが終わった翌日、「衣料リサイクル担当大臣」になった生徒会副会長の守谷くんが全校集会で呼びかけをしました。校内放送で案内もしましたし、保護者会で先生から親にも伝えてもらったり、保護者宛の手紙を中高生全員に配ってもらったりしたんですね。
全校集会の次の日には、ボックスはあふれかえっていました。もうなかには入りきらなくて、ボックスの外に積み上がっていたんです。こんなに反響があるなんて思ってもみませんでした。それからが大変でした。
集まってくる数がハンパじゃなかったので、ボックスがいっぱいになるたびに生徒会室に運んでいったんですけど、すぐに部屋に山積みになってしまって他の作業ができない。「じゃまだ」と言われ(笑)、しかたないので臨時に借りた校内の倉庫に運びこむことにしました。衣料ってまとまるとすごく重いんです。倉庫に運びながらみんなぶつぶつ文句を言ってました(笑)。学校は夏休みも部活や補習があるので、七月中はほとんど全員が学校に来ますから、衣料も毎日のようにチェックしないといけないわけです。僕は水泳部に入っていて、毎年、文化祭で目玉となるシンクロをやっていて、その練習でのリーダーの活動もあったので、合わせて大変でした。結局、九月までに集まった衣料は、五一六キロにもなったんです。
それから大変だったのは、秋に入っての仕分け作業ですね。やってもやっても服が減らない。立ち会ってくださったユニクロの方に教えてもらいながら、放課後に三時間ぐらいかけての作業を二日連続でやりました。途中でぼくのぬいだセーターがいつの間にか箱に入っていて、これオレのじゃないかって(笑)。ただ、回収ボックスに入れるよううながしたのは圧倒的にお母さんたちでした。そもそも高校生ぐらいだと、服はまだ親のお金で買うことがほとんどなので、生徒の独断で服を家から勝手に持ち出せない事情もあったと思いますけど。でも、これだけの成果が得られたのはすごいことだと思いましたね。達成感がありました。来年の生徒会も続けてやってくれたらいいなと思っています」
三〇〇〇万着を回収したい
ユニクロのCSR部部長の新田幸弘氏に話を聞いた。
「全商品リサイクル活動は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と提携して行っている活動ですが、私たちも難民キャンプに衣料を届けに行くと、必ず子どもの問題、教育の問題につき当たってくるんですね。教科書すらなかったり、先生も足りないような状況なのに、あるいはだからこそなのかもしれませんが、子どもたちは学ぼうという意識が非常に強い。いっぽう日本は、そういう意味での環境は整っている。教育を体系的にしっかり行うシステムはあると思いますが、現実に世界で起こっていること、バーチャルではない本物にどう触れているかと考えると、何かが足りない気がするんです。私たちは私企業であり、営利を追求する会社であって、教育機関ではありません。しかし企業なりに教育にかかわることはできるんじゃないか、と思っていました。
全商品リサイクル活動は誰にも理解しやすく、賛同もいただける内容だと思います。ですから、教育の現場に入っていき、中学生や高校生にこの活動に参加してもらい、実際に手を動かしてもらったり、考えてもらうことの意味はとても大きいのではないか、と考えたんですね。そこで東京都の教育庁にご相談させていただいて、まず手始めに都立武蔵高校の生徒会とワークショップを行ったり、実際のリサイクル活動をスタートさせるにあたっての運営方法を一緒に考えたり、ということをやらせていただくことから始めたのです。
総合学習にしても、社会貢献にしても、表面的になぞって終わりではつまらない。私たちユニクロにとっても、全商品リサイクル活動がマニュアル化された業務フローとして、右から左へこなされていくだけでは駄目なんだと思っているんです。ですから、教育の現場にいかにかかわってゆくことができるかは、あらたな展開を考える上でかかせないものでした。
たとえば全国のユニクロ店舗の店長が、地元の学校に行って出前授業をする。各都道府県の教育委員会や先生方と協力しながら、支援のネットワークを持つNPO団体とも提携して、今回の試みを全国展開できないだろうか、といま考えています。
生徒会長の塚田さんが言っていましたけど、自分たちで集めた衣料を難民キャンプに届けられないかというのは、これはぜひ考えてみたいですね。たとえばアフリカのウガンダに行くには、首都カンパラまで二十時間ぐらい飛行機に乗り、次の地方都市リラへは四、五時間かけて悪路を行く。さらに難民キャンプまでは国連の車を使って三、四時間かかるわけです。健康面、時間的な問題、安全の問題もある。普通だとそれはとても不可能だと決めつけてしまいそうですが、比較的近いアジアにも難民キャンプはありますし、まずは行ける場所を考えてみるというところから始めてもいいと思います。
現在、世界の難民、避難民の数は約三一七〇万人。私たちの目標としては、そのすべての方々に年に一着は衣料を届けたい。そのために、五年後には、リサイクル活動によって少なくとも三〇〇〇万着を回収したい。現在の十二倍です。広報活動はもちろん、従業員の参加、あらゆるネットワークを活用してゆかなければ実現できない数字かもしれません。その大きな力になる要素として、教育の現場でリサイクル活動を知ってもらい、参加していただければと思っています」
私たちは、CSR活動の一環として、ユニクロで販売した全ての商品をお客様よりお預かりし、リサイクル、リユースする活動を行ってまいりました。3月、6月、9月と年3回実施した2009年の合計点数は262万点となり、過去最高の年間回収実績をあげました。お客様からのご協力・ご支援の輪が着実に広まり、回収点数は年々増加しています。次回は2010年3月を予定しています。
「考える人」2010年冬号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 上岡伸輔(ネパール取材)・菅野健児(ポートレイト)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。