プレスリリース

2010年07月15日

柳井正氏に聞く[前篇] ~「考える人」2010年夏号~

~「考える人」2010年夏号(新潮社)より転載~

社会を変えてゆく企業の価値

「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」─
この企業メッセージは、どこからやってくるのだろう。
社会を変えてゆくのは、国よりむしろ企業である。
そう信じる柳井正氏が、社会と企業の関係を語った。


ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長
柳井正(Yanai Tadashi)

 社会を変えてゆくのは国よりむしろ、世界的な規模で活動し展開する企業ではないか。私はそう考えています。グーグルにしてもアップルにしても、人々の暮らしのスタイルや質を変えることによって、社会の仕組みそのものにまで大きな影響を与えている。人は人とどうつながって生きていくのか、人が生きることの喜びとは何か、社会的な存在としての人間のありかたを大きく変えているのは、こういった世界的な企業なんですね。
 人は何のために働くのか。会社は何のためにあるのか。ユニクロをスタートさせた一九八四年当時は、まだ生き残るために必死で、社会における企業の役割や責任を考える余裕はありませんでした。しかし、ユニクロが社会に受け入れられ成長してゆくにしたがって、社会に果たす企業の役割が、おのずと見えてきたんですね。社会との関係を抜きにして会社の経営は成り立たない。この当たり前の原理を実感できるようになりました。
 実際の経験から見えてきたことと照らし合わせるように、繰り返し読んできたのは、経営学者ピーター・ドラッカーの本でした。人間が幸福であるために社会があり、社会の発展のためには企業の力が必要である。このことを私は、実際の仕事とドラッカーの本から学んだんです。

歴史観のある経営学と出会う

 ドラッカーは二十世紀の初めにウィーンで生まれています。彼がドイツで新聞記者として活躍していた頃は、十九世紀型の資本主義の行きづまりに対抗するように、のちに全体主義へと流れ込んでゆく新しい社会主義が台頭し始めていました。そのうねりに巻き込まれそうになりながらも、自分を意識的に傍観者の立場において、世界の新たな動きがどこから生まれて、どこへ向かおうとしているのか、そのゆくえをしっかり見守っていたんですね。
 私の場合は経営者ですから、傍観者ではいられない。渦中にいるわけです。しかし、ただ渦中からの視点だけでは見誤ることがある。自分たちの事業をどこかで、傍観者の視点から見る必要もある。
 ドラッカーはナチスが政権を取る以前に記者としてヒトラーと会い、何度もインタビューを行っています。そしてナチスの全体主義に未来はないことを見抜きます。だからヒトラーが政権を握ると同時に、ドラッカーはドイツを出てロンドンに移住するんですね。
 ロンドンではケインズの講義も受け、独自に経済学を学び続け、深めていきます。彼のすばらしいところは、学問に対してつねに独学的なアプローチを保ち続けたことです。いかなる場合にも、自分の頭で考えている。彼の思想がいまでも生きているのは、借り物の考えを展開したわけでは決してなかったからだと思います。本当の意味での教養というものを、彼は持っていたんですね。
 やがてドラッカーはアメリカに渡り、社会を動かす力を国家に求めるのではなく、企業や組織の力に求めるようになります。社会のあり方と企業のあり方を結びつけながら、実際に役立ち実行できる経営学を樹立してゆく。
 ドラッカーは歴史の荒波にもまれながら、自分のなかに大きな世界観、歴史観を育てていました。社会のなかで企業がどのような役割を果たすのか、それが人間にどのような幸福をもたらすことになるのか。
 経営学といっても、ドラッカーは世界や歴史の大きな視野に立って考えている。時代も国境も民族も超えるような普遍的なものを目指していたんですね。彼にはつねに人間の本質、社会の本質を見抜こうとする強い意志がありました。
 企業とは社会の機関であり、企業が目指す先にあるものはつねに社会なんです。社会に貢献し、人間の幸福に貢献することにしか企業の存在価値はない。ユニクロが打ち出している「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という考え方のもとには、ドラッカーの思想が含まれていると言っていいと思います。

効率を上げた障がい者雇用

 最近は日本の企業のあいだでもよく語られ、注目されるようになったCSR(=Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)は、目新しい考え方でも新たな取り組みでもありません。企業は、社会や人間の幸福に貢献することによって、その存在を許される。ドラッカーの経営学の本質にあるものと同じです。CSRは昨日や今日、何かの必要や要請があって始まったものではない。ふり返って考えてみると、ユニクロも言葉からCSRに入っていったわけではありません。いつも具体的な場面から始まっているんですね。
 最初は障がい者雇用でした。二〇〇一年に本格的にスタートするまで、ユニクロの障がい者雇用率は低いものでした。私自身、障がい者を雇用すると仕事の効率が下がって、何もいいことはないのではと思っていた。しかしあるとき、沖縄のユニクロ店舗で障がい者のスタッフを雇うことになったら、これが非常にうまくいったんですね。従業員が障がいのあるスタッフを自主的にサポートするようになって、店舗全体のコミュニケーションにも波及するようになり、効率も上がっていった。
 このようなケースがきっかけとなって、二〇〇一年からは一店舗一名以上の障がい者雇用を目標に掲げて取り組むようになりました。現在、法定雇用率が一・八%のところを、ユニクロは八・〇四%の雇用率になっています。
 障がい者雇用をすすめていくうちに見えてきたのは、健常者と障がい者の境目や違いというのは、そんなにはっきりとしたものなのだろうかということなんです。みんな何かしら弱いところ、苦手なもの、できないことがありますから。そういう意味では、障がい者雇用を特別なものと考えないほうがいいと思います。機能的なハンデを認めることは必要です。しかし特別扱いはしない。対等に働いてもらうことが大事なんです。ですから障がい者が働く場所や仕事の内容も、限定はしていません。
 障がい者が店舗で働くことは、社会との接点を持つことに直結しています。社会との接点を持つことは、人に与えられた基本的な権利です。お互いに工夫しながら一緒に働く。社会とはそもそも、あらゆる人が分け隔てなく共存できるものではないでしょうか。
 雇用した人の親御さんがとても喜んでくださるのを見るのもうれしいことです。自分の子どもが、いきいきとユニクロの店舗で働く姿を見る喜びというのは、社会の一員として参加していることを目にする喜びであり、それは一人の親として、私もよくわかります。

課題は山積しています

 ユニクロが遅れているのは、経営幹部以下、まだまだ男性社会だということですね。結婚と出産、育児については、女性に大きな負担があります。しかしその時期さえ働き方を考慮すれば、ふたたび男性と対等に働くことが可能です。特定の期間をどう調整してゆくか、ここが大事なんですね。その前提で、やはり女性にはもっと野心的に働いてもらいたい。そのためにはお互いに考えなければいけないことがまだあります。
 女性には、自分でキャリア・プランを考えた上で、これだけの目的のためにはこういう条件で働くことを認めてほしいと積極的に提案してほしい。制度をつくって運用すればそれで解決というものではないはずです。仕事に対するコミットメントが見えてこなければ、環境や制度だけ整えても、必ずしもいい結果にはつながらない。
 反対に制度から入って取り組んでいるのは「ノー残業デー」です。火曜日から金曜日までの四日間は、午後七時で働くのはやめてもらう。そう決めたんですね。東京で働く人の通勤時間は長いでしょう。それなのに毎日遅くまで働いている。これじゃあいい仕事なんてできるはずがありません。何のために生きているのかもわからなくなる。家族との時間とか、自分の趣味の時間をつくるとか、キャリアアップのために勉強するとか、仕事は効率的に集中してこなして、毎日早く帰宅すべきです。これは制度から入らなければ解決しないと判断しました。最初のうちは、私が七時になると会社を見回って、消灯していた(笑)。しかしこれもまだ満足のいく状況には届いていません。

世界の国、人々に受け入れられるために

 私たちは年間で約五億着の服を生産し、販売しています。これだけの服を作りっぱなしでいいわけがありません。お客様の不要になった服をどうすればいいのか。燃料としてリサイクルする方法も試みましたが、疑問が残りました。資源も使いますし、環境に負荷もかかる。全世界の難民・避難民キャンプにお客様から預かった衣料を送り届けるようになってから、全商品リサイクル活動は定着し、お客様からのご協力も得られるようになっています。
 しかし届ける衣料が横流しされて、地元の繊維産業を脅かすようではいけない。いろんなかたちの不正が行われる可能性もある。ですから、私たちはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)と協力をして、自分たちの手で現地まで送り届けるという方法をとっています。今後は全世界に三千万人以上といわれる、すべての難民・避難民の方に送り届けることを目標にしています。
 不正ということで言えば、中国をはじめとするアジア地域のパートナー工場で、労働環境が適正であるか、という課題もあります。外部の専門機関にモニタリングを依頼して、強制労働や児童労働などの不正が行われていないかを見ていますが、残念ながら取引の見直しにつながるような深刻な事例も報告されています。その国の法律や文化、常識にも従いながら、モニタリングで報告された情報を公開して、正常な工場運営が行われるように働きかけをいっそう細やかなものにしていく必要があると思っています。
 世界に出て行こうとするなら、たんに儲けるためだけの企業など受け入れられるはずはありません。その国、その社会、そこで暮らす人々に貢献する企業でなければ未来はない。このことは繰り返し考える必要がある。あらゆる人が未来に希望が持てるような社会をつくってゆくために、ユニクロが何をできるのか。さまざまな場面で考え続け、実行したいと思っています。
 私たちの社会貢献活動は、利益の一部を還元する、というような片手間のものではありません。事業そのものにも匹敵する、車の両輪だと考えています。会社は社会のためにある。企業の価値はここにしかない。そう思っています。

「考える人」2010年夏号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 菅野健児
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。