プレスリリース

2010年11月01日

ユニクロソーシャルビジネスの舞台裏[後篇]~「考える人」2010年秋号~

~「考える人」2010年秋号(新潮社)より転載~

バングラデシュの現場から

FRCSR部
シェルバ 英子(Sherba Eiko)

UNIQLOソーシャルビジネス
バングラデシュ所属兼FR生産部
吉川 智清(Yoshikawa Tomokiyo)

UNIQLOソーシャルビジネス
バングラデシュ所属兼FR CSR部
杉山 敬(Sugiyama Takashi)

シェルバ英子氏 今回のプロジェクトへの参加希望者をファーストリテイリング(以下、FR)社内で募ったところ、二十代、三十代の若い人たちを中心に二十人の応募者が集まった。社内公募を担当したCSR部の新田氏は語る。
「われわれ自身、ずっと難民支援活動などを通じて、発展途上国や貧しい国々との接触を積み重ねてきましたから、こうしたビジネスの可能性についても、漠然とではありますが感じていました。また衣服が人に与える喜びとか勇気について、CSR活動を通じて実感していました。ですから、ソーシャルビジネスと言われて『なるほど』と腑に落ちるところがありました。希望者が現れたこと自体には、そういう意味で驚きはありません。おそらく関心を持っている人はもっとたくさんいると思います。ただ、二十人もの応募者が集まったのは、非常に嬉しいことでした。そういう点では『若い会社だな』ということを改めて思いました。いろんなことにどんどんチャレンジすることを推奨している会社だから、躊躇する要素も少ないのでしょう。英語はあまりできませんが頑張ります、という女性もいましたし、シェルバさんも私も落選させることのほうがずっと辛かったです」
 新田氏とともに、今回のプロジェクトを推進しているのがシェルバ英子さん。二〇〇一年入社以来、瀬戸内オリーブ基金やスペシャルオリンピックス、全商品リサイクル活動などさまざまな社会貢献活動に携わってきた。
「いまでも、当時応募した方から、次の募集はいつですかと問い合わせがあります。それぐらい強い思いを持った方たちです。もともと学生のころからNGOやNPOに対して意識の高かった人と、ユニクロに入って、新しい事業が次々と展開されていくのを見ながら、ソーシャルビジネスを新しい事業モデルとして興味深くとらえている人と、二通りのタイプがあるような気がしました。男女比でいえば、半々ですね。今回選ばれたのは、二人とも男性ですが、面接などをしていると、何か果敢にチャレンジしようという精神は女性のほうが旺盛だなと感じました。男性は自分の仕事のキャリアとして考えがちなのですが、女性はともかく新しいことへ踏み出してみよう、という意欲が強いかもしれません」

世界を変える仕事をしたい

吉川智清氏 こうして選抜されたのが、吉川智清氏と杉山敬氏の二名。ふたりは三月からバングラデシュに赴任して、いま会社設立に向けたさまざまな下準備を進めている。
吉川「以前から新興国ビジネスをやりたいと思っていました。ただ、いまのユニクロはいきなり出店するのではなく、ブランディングから始めていきますから、今回のようにソーシャルビジネスを通じて社会の中により良い変化をもたらし、新たな価値を生み出していくというのは非常にやりがいのある仕事だと感じました。自分はMBAを取得していることもあって、生産以外の部分でも力を発揮できればという気持ちもありました」
杉山「私は経済学部を卒業したのですが、大学では経済の力を活かした福祉の勉強をしていました。今回も慈善事業ではなくて、ソーシャルビジネスを通して社会に貢献していくというところに魅力を感じました。チャリティの必要性も十分理解していますが、どうしても本業の成績が振るわなくなればそこで中断されたり、といった難しい問題が付きまといます。その点、ソーシャルビジネスだと、そのビジネス自体が持続可能であれば、継続的に社会貢献をしていくことができます。そういう事業に自分が関わり、世界を変える仕事をしたいと強く思いました」
吉川「ソーシャルビジネスについては、はっきりとしたイメージはなかったですね。公募の段階ではいわゆるBOPビジネス(約四十億人ともいわれる所得ピラミッドの底辺〔Base of the economic Pyramid〕の人たちに、生活改善につながるモノやサービスを安価で提供する事業)とソーシャルビジネスとは同義語だというくらいの認識でした。後者が利益を再投資に回していくのだということ、またビジネスを通じて社会的課題を解決するのが目的であるということは、あとで学習しました」
杉山「私も詳しい知識は持ち合わせていませんでした。ただ、FRグループが障がい者雇用に熱心に取り組んでいる姿勢にはかねてより共感を抱いていました。考え方としてまったく違和感はありませんでした」
杉山敬氏吉川「バングラデシュについての予備知識は、非常に貧しい国だということでした。ユニクロが生産をすでに開始していることは知っていましたが、ユニクロの進出が他社にも大きなインパクトを与えたことは、現地に来てみて痛感しました。日系企業の先陣を切っているのだという自覚と責任を感じています」
杉山「貧しいということは確かにありますが、心理的には日本との距離は近いと感じています。何かを頼んだり、道を尋ねたときなどとても親切に対応してくれますし、宗教や環境の違いもあまり気になりません。暑さも日本ほどではありません(笑)。ただ、通勤ラッシュは驚きです。ダッカ市内はいつも渋滞し、移動時間がまったく読めないことには苦労しています。それと私はあまり辛い料理が得意でなく、水や食事にあたってしまうケースが多くて、週一のペースでお腹を壊しています。こちらへ来て最初の一ヶ月で、整腸薬を二瓶空にしてしまいました(笑)。それ以外では、基本的に毎日楽しんで暮らしています」

至近の課題と、成功の鍵となるもの

 吉川氏は東京に一時帰国中だったが、ダッカの杉山氏とはテレビ電話での取材となった。その最中、突然ダッカのオフィスが暗くなった。一日に四、五回はあるという停電だった。
 八月初め、ダッカでは賃上げを求める衣料品工場労働者の激しい抗議行動があったと伝えられた。多くの工場が一時操業停止に追い込まれたり、ダッカ中心部では警官隊との衝突があり、かなりの負傷者が出た模様だ。ユニクロのダッカ事務所も投石で窓ガラスが十二枚割れたという。
「やはり根本的には貧困から来ている問題だと思います。ユニクロが標的にされるといったことは、いまのところまったく考えられませんが、騒乱の場に遭遇すれば危険は免れませんので、自分たちの身はしっかり自分たちで守ることが重要だと思っています」
 合弁会社設立の予定は十月。あまり時間が残されていない中で、それぞれの役割は何だろうか?
吉川「私は生産担当なので、そのビジネス基盤の整備です。以前から取引実績のある工場を中心に各所を訪問して、生産現場を選定しながら、自分たちがこれから作ろうとしている商品のサンプルづくりをしています。また低コストで一定水準以上の基準を満たす素材の調達先を探しています」
杉山「まず市場調査です。どういった衣料品がどれくらいの値段で売られていて、ユニクロの既存商品がこの市場で受け入れられるかどうかのリサーチ。それから販路の開拓。このふたつがメインです」
 急いで解決すべき課題は何か?
吉川「販売価格の調整ですね。最大の問題です。現地で販売されている衣類は素材も縫製も非常に粗悪なものですが、Tシャツ一枚の価格が一ドル程度です。ユニクロ製品としての品質を保持しながら、どのようにして低価格を実現するか。現地の方々にサンプルを試着していただきながら、コスト面と品質面のモニタリングを繰り返しています」
杉山「質が良くてリーズナブルな価格というのがユニクロの売りなのですが、バングラデシュの女性たちにとってはまず一番に値段の低さが来ます。少し値段は高いけれども質がいい、結果的にはそちらのほうがお得になりますよ、というところをどう理解してもらうか。それをいかに短期間で分かってもらうか、が私の責任だと思っています」
 シェルバさんは、昨年八月以来、何度か農村部の女性たちと面談を重ねてきた。公式の集会とは別に、女性同士で交わした会話の中から見えてきた現地のニーズとはどのようなものだっただろうか。
シェルバ「初めて農村部の女性の集会に出た時、九九・九%の人がサリーを着ていました。それを見て、普通の服はまず売れないな、と思いました。アフリカの難民キャンプに行けば、みんな普通に洋服を着ています。ところが、バングラデシュですと、まず都心部であろうとも、ジーパン、Tシャツの女性を見かけることはありません。ただ、男性の前ではなかなか本音を言わないイスラム圏の女性たちですが、陰でいろいろ尋ねてみると、『娘や子供たちには着させたいと思っている』と言うんですね。下着を着用していなかったばかりに感染症になってしまったとか、女性特有の問題についても次第に分かってきました。ですから、もっと隠れたニーズがあるのではないかとも思いました。一方で、縫製も良くない本当に劣悪な商品が市場に溢れているという現実があります。彼女たちのニーズを考慮して作られたものではない、おこぼれみたいな余剰品です。そうした工場からの横流れのショーツが、一枚三十円といった値段で売られていて、彼女たちはこういう値段と粗悪品になれてしまっているのです。ですから、ユニクロは高品質であなたたちのニーズに合わせた商品を提供しています、と言って、付加価値がある分価格を上げて六十円や七十円で販売をしたとしても、本当に買ってもらうことができるのか。こればかりは試してみなければ分かりません。ただ、少なくとも私たちは、まず貧困層のニーズをしっかり把握して、彼らの生活改善につながる質の良い商品をできるだけ安価で提供するという意思のある商品開発が必要であり、これが既存商品との差別化の鍵になっていくような気がします」

将来的には他の国々にも拡大したい

 志願してこのプロジェクトに飛び込んできたふたりは、いまどのあたりを走っているのだろうか。
吉川「ソーシャルビジネスの定義自体が、まだ世界的に確立していないと思うんですね。ユヌスさん自身、これから海外のいろいろな企業とどう組んでそれを発展させていくのか、試行錯誤のプロセスだと思うのです。ソーシャルビジネスだということで、われわれに何か税制面での優遇措置があるとか、そういう恩恵はまったくありません。純粋にビジネスとしてやってみて、それでバングラデシュの社会にどういう貢献ができますか、という話です。ソーシャルビジネスという分野では、ダノン、アディダス、ベオリア、バスフなどの海外企業の例を見ても、まだ黒字化して成功しているところはありません。ビジネスとしての形が見えるまでには、まだまだ道は遠いという感じです」
杉山「販路については、グラミン銀行としっかり協力関係を築いて成果を挙げたいと思っています。これまで三ヵ所で説明会を行いましたが、商品を実際に見てもらったり、具体的にいくらぐらいで売ります、といった話になると、女性たちも非常に積極的に反応してくれます。彼らはものすごくユニクロに期待していて、ユニクロの商品を売りたいという強い意欲を持っています。この高いモチベーションを維持して、九月のテストマーケティングに臨みたいと思っています。販売促進の上では、いろいろアイデアを考えていく必要があるでしょうね。ティーパーティなどを開いて興味を持ってもらう機会を設けるとか、特別な販売会を企画するとか。いまいろいろな知恵を集めています。また商品の使用方法をしっかりと説明することで感染症の予防と販売数を増やすといったことも検討したいです」
吉川「これからテストマーケティングが始まりますので、それに向けてできる限りよい商品を準備したいと考えています。この事業を何としてもバングラデシュで成功させて、将来的には他の国々にも拡大できればと思います」

今回のソーシャルビジネスの特徴は、商品企画から素材調達、生産、販売までをバングラデシュ国内で完結し、そこで得られた収益はすべてソーシャルビジネスに再投資される点にあります。このビジネスサイクルを確立することによって、現地の雇用機会を拡大し、同時に人々の生活レベルを向上させるなどの、社会的課題の解決をすることが狙いです。この事業を通じて、社会をより良い方向に変えていく可能性がそこには秘められています。

「考える人」2010年秋号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 見米康夫、上岡伸輔
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。