プレスリリース

2011年02月02日

ユニクロ心斎橋店オープンまでの舞台裏の舞台裏[前篇]~「考える人」2011年冬号~

~「考える人」2011年冬号(新潮社)より転載~

シンプルでシャープ
それでいて温かさも柔らかみもある建築

建築家
藤本壮介 (Sou Fujimoto)

建築家 藤本壮介氏 商業施設、いわゆる店舗デザインを、僕はこれまで手がけたことがありませんでした。どうすればいいのか、正直に言ってよく分からないところもあったのですが、初めて佐藤可士和さん(トータルプロデュース・クリエイティブディレクター)にお会いした時に、物事の表面的なニュアンスとか気分をデザインするのではなく、その背後にある仕組みとかシステムから建築を考えて、それを形にしてもらえればいいというお話を伺い、それなら自分でもやれるかな、と思ったのが始まりでした。佐藤さんは、自分の考えるユニクロとは「美意識ある超合理性」なんだ、「超合理性とは、合理的であることを突き詰めていくと、その先に何かが生まれる。それが美意識につながっている」という説明をして下さり、建築の一番根っこの部分をしっかり考えて作れば、必ずそれはいい店舗になる、と最初から明確に方向性を言語化してくれました。言葉とかコンセプトを使って状況を整理しながら何ものかを生み出していくという作業は、僕にとって非常に共鳴できるものでした。

大阪の街中に真っ白い箱を

 初めて予定地を見に行った時、心斎橋一帯というのは、僕らのイメージしている大阪がそのまま立ち上がったような場所でしたので、相当なことを考えないと人は驚かないな(笑)と、土地柄はかなり意識しました。ただ、ある意味では強い対比がそもそもあるので、ユニクロという存在をダイレクトに大阪へ持っていくことだけで、すでにインパクトがあるはずだという確信がありました。いい意味で非常に猥雑な場所に対して、ユニクロが持つシンプルさは強烈なメッセージになります。では、実際にユニクロをそのまま持っていくというのは具体的にどういうことなのか、ということで、いろいろアイデアをやりとりしました。
 そうしたブレーンストーミングの中から、最終的に真っ白い建物がもし作れたら、それが一番ユニクロらしいのではないかという方向に絞り込まれていきました。「大阪の街中だからただ真っ白い箱があるだけの方がいいんじゃないの」と言った佐藤さんの感覚はやはり凄いと感じました。ただ、そういうビルは現実にはほとんど存在しません。しかも、ユニクロの白というのはペンキを塗った白ではありません。何か新しい挑戦があり、新しい質を備えていて、なおかつ色も質感も消え去るぐらいに純化されているようなビルでなければなりません。これを立ち上げるのは、結構大変なチャレンジだと思いました。
 素材をいろいろ検討していく中で、最終的に使用したETFEフィルムは、日本ではまだ外壁に使われたことがありませんでした。海外の事例は知っていたのですが、白く四角いグリッドに切って使っている例はありませんでした。大半がその有機性を強調しようとしていましたが、僕は逆にああいう軟らかい素材だからこそ、正方形のグリッドに収めればシャープで緻密だけれど温かみがある、という両義性が表現できると思いました。まさに超合理的だけれども、それがある美しさになるというコンセプトにつながります。ただ、これを柳井社長にプレゼンテーションする際には、一応三つの案を持参しました。ところが、この白い建物の案を見た瞬間、「ああ、これだね」とひと言。わずか二、三秒くらいで、柳井さんは即断即決でした。

ユニクロの本質とつながった

 まずどういう質感のものになるのかを確認するために、モックアップ(実物大の模型)を四升分作りました。その押さえの金物、その色、ライティングの仕方などは未知数だったので、試作品を実際に見ながら、少しずつ調整していきました。枠に真っ白な金物を使うと、膜がかすかな透明感を持っているために、真っ白ではなくグレーに見えてしまいます。そこで金物をグレーにすると、全体が白くフワッと見えてきます。そういう色合いを何種類か作ったり、さらに押さえの金物が最初はただの平板だったのを、最終的には少し曲げて、表面の膜と合うような形にしてみたり。そんなことを繰り返しながら、何度かモックアップのところへ足を運びました。ほんとは一回見て、次で終わりだと思ったのですが、粘ってみるとやはり粘った分だけ良くなっていきます。シンプルだけれども新しい質のものを作り上げていくというのは、こういう苦労なのでしょう。
 またETFEフィルムには後ろから空気を吹き込んで膨らませているのですが、あれはリアルタイムでセンサーが感知して空気を調節しています。しぼんできたらちょっと出すみたいなシステムです。空気は温度によって膨張したり縮んだりしますから、寒くなったら萎びてしまったなどということが起こらないように、随時センサリングして、一定の状態をキープしています。これもまたビルの皮膚のような感じをうまく演出してくれています。
 照明は、フィルムの裏にLEDと蛍光灯を仕込みました。周りのビルがギンギン、ギラギラ点滅したりしている中で、ひたすら真っ白に輝くインパクトを持たせようとして蛍光灯を入れました。同時にLEDを使って、コンピュータ制御で無限に多彩な色の光を出せるようにしました。その仕組みが外からは見えないので、どうしてあんな色のバリエーションが出せるのか、見る人は不思議な感じでしょう。クリスマスとか桜のシーズンとか、何かのタイミングに合わせてガラッと表情を変えてみるのも、また大阪らしくていいのではないかと思います。
 結果として、一般的なビルの外壁とは明らかに違う「何か」が実現できたと思います。モックアップを見ている時に「もしかすると」とは感じていたのですが、実際にビルとなって完成した時に、現物として目の前にあるにもかかわらず、なぜか実物感がないという不思議な感覚を味わいました。生々しい現実が溢れている大阪の街中にあって、そこだけ少し現実を超えたような立ち方をしています。とくに陽のあたり方によっては、白いビルがただ純粋に立ち上がっているみたいで、これはかなり面白い大阪のランドマークができたなという気がしました。
 ユニクロの本質ともつなげられたと思っています。ユニクロの服も基本的にはベーシックでシンプル、でもクオリティの奥深さとか、飽きのこない質感、デザインが特徴です。口で言うのは簡単ですが、これを実現するのは途轍もなく難しいことです。今回僕らが取り組んだのも同じようなプロセスでした。単に要素をそぎ落としていくのはさほど難しくありませんが、シンプルさに深みや、しっかりとした質感、新しさを付加していくのは大きな挑戦です。その意味で非常に手ごたえのあるプロジェクトでした。

「これで天窓があれば最高だね」

 店舗デザインについては、既存店のシステムをひと通り説明していただいた上で、今回の方向性を考えたのですが、僕の中でユニクロのイメージはといえば、とにかく棚です。棚に商品が圧倒的なボリュームで入っていることへの驚き、それがずっと記憶の中にありました。ですから、コンセプトはやはり「棚」で行きたいと思いました。
 四階建てという高さのある建物ですから、四層分の棚が一気に立ち上がっているようなものにできないだろうか。一階の中で床から天井まで棚があるだけでも強烈ですが、それを四階建て分できたらすごくユニクロらしいのではないかというところから発想しました。さらに、商品の圧倒的な迫力と、人が買い物をする楽しみとを両立させることはできないか、とも。僕自身がそうなのですが、お店の中に入ると、これを買いたいと思っていたものを手に取った後に、ちょっとブラブラすると、あ、こっちもいいかな、みたいな動きをします。そこが僕なりの「超合理性」の解釈です。つまり〝目的に辿り着くこと〟は合理的でもちろん不可欠の要素ですが、さらに〝買い物をする楽しみ〟まで考えると、あっちに何か面白そうなものがありそうだとか、予感と期待に誘われてつい動いてしまうような場所というのが「目的を超えた目的性」を備えているのではないかと思えたのです。
 それは図書館の設計をしていた時に考えていたことです。探している本を見つけるためだけでなく、ブラブラ回遊しているうちに、あ、こんな本もあったのかという驚きや発見があるといったデザインは、店舗設計にもきっと共通するはずではないか、と。
 そこで、四層の棚を作る際にも、最初は棚のもつ迫力だけをイメージしたのですが、さらに上へ上がったり下へ降りたり、こちらから向かいの棚へ行ったりという動きが、より面白くなるにはどうすればいいのかと考えて、結局最後は鏡を吹き抜けの天井にまず張り、さらには吹き抜けの穴の側面、あと棚の側面にも張ることにしました。そうすることによって、吹き抜け部分は大きさとしてはそう広くないのですが、映り込みがあるので、たとえば三階にいる時に四階のものも二階のものも見えます。また二階の反対側のものも見えます。すると、目的の商品がリアルにそこに見えている一方で、その向こうの向こうぐらいに何か自分に呼びかけてくるものがあるような気がする。棚がさらに増殖していくような感じがする。そういう空間は、途轍もなくモノがいっぱいあるという意味でもユニクロらしいし、さらに棚の可能性を膨らませて買い物の楽しさを演出するのではないかと思いました。
 また、エスカレーターを上がる動線と絡めて、お店に入った手前のところはスペシャルな吹き抜けと棚空間にして、奥の広いところをしっかり商品を売るスペースにしようと、雰囲気の違う二つの空間を考えました。こっちで買い物をする、でも吹き抜けのほうに出てくると、また気分も変わるし見えてくる風景も変わる。そういう「棲み分け」をあえて試みました。このプレゼンテーションをした時、「これで吹き抜けに天窓があれば最高だね」とおっしゃったのは柳井さんでした。建築家としては、吹き抜けに天窓を開けたい願望は常にあります。ただ、商品が日に焼けてしまうといった支障が出ることが懸念されましたので、さしあたり天窓は閉じてプレゼンしていたのです。そのひと言は決定的でした。
 さらに、せっかくお店に入ってすぐの空間なんだから、吹き抜けだけでなく何かインパクトのあるものがほしいね、という声も上がってきました。その時、誰かが上海店には浮かぶマネキンがあるという話をしました。たしかにマネキンがプカプカ一階から四階までを動いてくれれば、インパクトもあるし、各階をつないで面白いのではないかと思いました。そこで、上海版をさらに進化させて生まれたのがフライングマネキンです。
 等々、店舗内も一見シンプルで、印象はあくまで整然としているのですが、実は非常に多様な要素が入っています。鏡の効果によって目に映る風景はすごく奥深くて、情報に溢れています。その意味では真っ白な建物の外観と同様に、シンプルさと表情の豊かさをともに表現できたかなと思っています。特にオープニングの前日に現場に立った時、商品が実際に入った姿を見て実感しました。商品が鏡に映りこんでどれほどカラフルか、自分を取り巻く空間の中を上を向いたり下を向いたりしながら歩き回るのがどれほど楽しいかを皮膚感覚で味わいました。ああ、自分の想像を超えて空間が生き生きしてきたな、というのが非常に嬉しく思えました。

ユニクロが日本初のグローバル旗艦店に選んだ場所は、ユニクロ大型店の原点とも言える大阪です。2004年10月、心斎橋筋にユニクロ初の大型店が誕生。それをきっかけに、ユニクロは大阪のお客様の厳しくも温かいご愛顧によって、商品、売場、サービスの質を磨いてきました。その後大型店はユニクロにとっての成長エンジンの一つとなり、銀座店をはじめ、日本の主要都市に大型店が導入されてきました。そして今回、ここまで築き上げた成果と一層のクリエイティビティを結集して、世界に向けた「ユニクロ心斎橋店」がオープンいたしました。

「考える人」2011年冬号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 青木登(ポートレート)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。