2011年02月02日
ユニクロ心斎橋店オープンまでの舞台裏の舞台裏[後篇]~「考える人」2011年冬号~
~「考える人」2011年冬号(新潮社)より転載~
きれいで表情豊かな光が街を元気にする
照明デザイナー・
シリウスライティングオフィス代表取締役
戸恒浩人 (Totsune Hirohito)
心斎橋店の照明を手伝ってほしいという話が来たのは、外装にETFE膜を使うという藤本壮介さんの提案が採用された直後でした。
建物が服を着たようなモコモコした表情、あの膜が持つ軟らかい、ぽっこりした感じを夜も強調させるように光らせたい、ということをまず思いました。イメージとしては、当時僕は「擬人化」と呼んでいたのですが、建物が光っているというよりも、それが人に見えるような、なんかそういう存在にしたいと考えていました。ユニクロの建物というのではなくて、心斎橋を通る人が「あれ」とか「あいつ」とか、そういう呼び方をする建物、そういった夜の光にしたいと思ったのです。季節によっては配色パターンを変えて「衣替え」させる。すると、「あいつ、また変わってるよ」とか、「あいつまた面白いもの着てるよ」とか、そういう形で親しまれるものにしたかった。
ユニクロのコンセプトにつなげたい
もう一つは、あのビルの周りは、実は光量の大きな、非常に明るい看板や建物が結構あるんですね。ユニクロの建物は少し奥に引っ込んでいますから、全容がドーンと見えるアングルは意外に限られています。
そういう環境ですから絶対に質の違う光を作りたいと思いました。ただ光ればいいというのではない。僕はやはり光のプロとして、光の質感を追求したい。さらには、それをユニクロのコンセプトとつなげたいと考えました。
具体的に言うと、建物は真っ白い升目で、グリッド状の非常にシンプルな形をしています。だから照明が升目ごとに光るというのは、人の目にはごく当たり前に映ると思うんです。ですから、その当たり前はまず絶対にクリアしよう。その上で、僕はもっとみんなを驚かせたいというのがあって、たとえば升目ごとに規則正しく光が動くのであれば、ああ、そういうものかと思われるかもしれない。けれど、これが升と関係なく流れるように動いたら、きっとみんなビックリするだろうなと。ちょっと見は非常にシンプルに見えるけれども、裏には凄い知恵が凝縮されていて、それが結果として人をビックリさせるというレベルを狙いたいと思いました。
ユニクロも最後に商品として出てくるものはシンプルな装いかもしれないけれど、その裏では、品質や原価を徹底的に突き詰めていくような、大変な地味な作業をやっていると思います。それと同じことを照明でもやってのけて、出てきたものは一見なんてことないように思えるのだけれども、他の人には実はどうしてできたか分からない、真似したくても容易にはできない、というレベルまで持っていきたいと考えました。
実際、あの光というのは技術的にたいへん難しいものです。色や光がさまざまに変化するのですが、たとえば升目ごとに光らせるためには、後ろを全部壁で仕切らないとダメなんです。つまり隣同士、たとえば赤と青で光るとすれば、仕切りがないと隣同士の光が混ざって変な色になります。絵の具と一緒です。
だからまず升目を仕切る。しかし、仕切ると今度は連続性がなくなって、普通だと升目ごとの動かし方しかできません。それを配置の妙と、演出のプログラムで、実は仕切られているのにつながって見えるようにしました。だから升目単位でオセロのようなグラフィックも表現できますし、仕切りを無視して斜めに光が動くとか、ほとんどフリーハンドで描いたような光も作れます。ひと升の中でも右上と左下では違う色を作ることができます。こういったことを両立させました。少しマニアックなのですが、実は凄いことなんですね(笑)。しかも、コストパフォーマンスの点でもうまく着地しています。
大阪の人たちの反応が手がかり
途中段階で、一度佐藤可士和さんにお会いして、「こんなものを作っています」という報告をしたのですが、こちらも色をどういうふうに見せていくかについては手探りの状態でしたので、「楽しみだね」くらいの反応でした。佐藤さんのこれまでのお仕事は非常にシンプルだし、今度も派手な方向に行くというよりは、最終的には白と赤で納まっちゃうんじゃないの? みたいな気持もないわけではありませんでした。
ただ、僕らとしてはせっかくのチャンスなんだからと思って、テストパターンの際にいろいろ楽しんで作ってみました。そしてそれを心斎橋で実際にテスト再生してみました。すると、その辺の人たちの反応が凄いんです。「おおー、すげえ、すげえ」とか、「もうこれで終わりかい?」「もっと派手にやらんのか」みたいな。そこは東京と全然違う。街の人たちが騒々しくて、「タイガースにはならんのか」とか。「大阪人は飽きっぽいから、どんどんネタを出さなきゃダメだよ。もっとパターンがなきゃ」とか貴重な〝助言〟までいただきました。
その時のムービーを佐藤さんにもお見せしたんですね。群集の声も入っているわけです。すると、見た瞬間に「面白いね、これ」「もっとやっちゃっていいんじゃないの?」みたいな話になって、最終的には十秒単位でパターンが次々に切り替わる十五分もののプログラムを十七個製作するところまで行きました。これからも、まだまだ表現は広げられますから、春になったら桜吹雪にするとか、どんどん衣替えしてほしいなと思います。
時々ネットで大阪の人たちの反応をチェックしているのですが、一般の人で「実際見に行くと上品できれいだし面白いよ。見に行くだけの価値があるよ」と書いてくれる人がたくさんいました。嬉しかったです。そういうふうに受け容れられているということは、光が決してユニクロの広告ではないんですよね。光の雲が動いてたり、あそこにいろいろな色の光が存在していて、それが街を元気にしている。アートではありませんが、繁華街の環境性を持った光になっているのかなと思いました。ある人が「大阪にも誇れる光ができた」と書いてくれたのも嬉しかったです。街に対して一種の責任を果たしているというか、あそこで心斎橋を元気づける光として、みんなのためになっているとすれば、これ以上の喜びはありません。
デザインを消す努力
内装についてもいろいろ工夫を施しています。入口を入ってすぐのゾーンがミラー空間で、奥のほうが白の空間というふうに、空間性という点で明確な差別化をしたいという話が最初にありました。ただし、商品の見せ方には共通性を持たせたいということもありました。まずミラー空間では、鏡に映り込んでくる商品に迫力がなければ意味がありませんから、商品の置かれている棚をできるだけ均質に照らしておくことが第一。それからミラーに付いている照明器具が目立っていては、結局そこに天井があるという印象にしかならないので、照明器具はミラーに溶け込んで見せたい。つまり光が出ているのにミラーしかないように見せたい、と考えました。
だから、ご覧になると分かりますが、あのミラーに付いている照明器具は特別な仕上げをして、存在感をすっかり消しています。僕らの仕事では光が目立ってはダメなんです。狙いはあくまで商品がきちんと見えていることです。
それとあのスペースは、昼間は吹き抜けを通して太陽光が落ちてきます。ですから、夜になっても上から光が落ちてくるイメージをキープしたいという思いがあったので、かなり明るい光が上から下まで届くようにしてあります。吹き抜けの上にはスポットライトをたくさん取り付けました。これらも存在感を徹底して消しています。
だから結果的にはミラーに囲まれた万華鏡みたいな空間なんだけれども、ちゃんとショップとして商品がすべて同じようにディスプレイされているといった場所になっているはずです。
一方、奥の空間はユニクロスタンダードに近いものです。ただし、店舗内のああいう大きな空間というのは、フロアに光を満遍なく当てるために天井にたくさんダウンライトを取り付けているところがほとんどです。それを何とかできないか、と思って、僕らは白く光らせるダウンライトと、光っているのかどうかが分からないぐらい存在感のないダウンライトと、二種類を用いました。
まず光るダウンライトは、ユニクロのモジュールである正方形グリッドに乗せて配置されています。それに対して〝黒子〟に徹するダウンライトのほうは少し無秩序に、フロアのレイアウトに合わせて取り付けられています。だからあの空間に入っていくと、目に入るのはグリッド状に並んだ光だけで、すごくさっぱりした感じです。注意して見ると二種類のダウンライトがあると分かるのですが、ショッピングしている人は、商品はどれもきれいにディスプレイされていて、すごくすっきりしていたなという印象だけが残るようになっています。これもマニアックなこだわりなのですが、天井裏の空調ダクトと場所を取り合いながら、なんとか納めたという感じです。(笑)
だから今回の心斎橋店というのは、地味なところに心血を注ぎました。それでいて、「やりました」というのが外に滲み出ているかというと、まったく逆だと思います。自分たちの苦心の痕を消すのに、すごくエネルギーを使っています。佐藤さんのキーワードではないですが、引き算の作業を突き詰めました。ユニクロを表現するという意味では、適切だったかと思っています。
既成概念を、あえてゼロに戻す
トータルプロデュース
クリエイティブディレクター
佐藤可士和 (Sato Kashiwa)
ニューヨーク、ロンドン、パリ、上海と来て、今度の心斎橋店が日本初のグローバル旗艦店ですが、基本的なコンセプトは全部同じです。ユニクロとはこうあるべき、というキーワード――「美意識ある超合理性」として最初に出したビジョンは今回も一貫しています。ただ、これまでの旗艦店は既存の建物を使っていましたが、今回は初めて建築の段階から手がけることになりました。
そこで考えたのは、なるべく若い建築家がいいな、ということでした。もちろんベテランがダメというわけではないのですが、せっかくなら新しいことに一緒にチャレンジできるような人がいいな、というのがありました。それと、商業施設を手がけたことのない人が望ましいとも思っていました。経験値がいい具合に働く場合もむろんあるのですが、反面、型に嵌った考え方に陥ってしまう可能性もあります。それは避けたいという気持ちでした。
たとえば僕も店作りのプロではありません。でもユニクロの中にはそういうプロが揃っています。店舗プロデュースには片山正通さんもいるわけです。ですから、いまの課題はむしろ店とはこういうものだ、商売とはこういうものだという既成概念をゼロに戻すことではないか、それが自分の仕事ではないかと思いました。そういう意味で、商業施設をやったことのない人のほうが、まっさらでいいと思ったのです。柳井さんにもそれはきちんと伝えたはずだったのですが、店が出来上がった日に「建築の藤本壮介さん、商業施設は初めてなんです」と言ったら、「えー!」と驚いていました(笑)。
藤本さんの場合は作品がシンプルでミニマルでコンセプチュアルだし、ユニクロにはすごく合うと思っていました。いろんなタイプの建築家やクリエイターがいますが、物事を装飾的に捉える人はあまり合わないでしょう。実際に会ってみると、彼は人柄もすごくいい。きちんとした軸を持ってるのだけれども、その軸がしなやかで、僕の話を面白がってくれます。
結果的に、ああいう正方形のグリッドが空気圧でぷくっと膨らんだダウンジャケットみたいなお店ができたわけですが、僕がいいなと思うのは、ミニマルでシンプルだけれど、どこか可愛いらしいところ。シャープだけれどもあったかい。ジャパニーズポップカルチャー的な感じも併せ持っていて、何よりユニクロらしさがよく出ています。ユニクロはシンプルだけれども、柔らかさ、温かさ、優しさがあります。そういうユニクロのブランドイメージをうまく建築で表現してくれたと思います。
照明では、戸恒浩人さんが頑張ってくれました。色とりどりのライトアップというのは最初のコンセプトにはなかったのですが、彼のチャレンジングなアイデアで、結果的には非常にうまく行ったと思います。基本は真っ白いシンプルなものなのだけれども、いかようにも色を変えられるというのは非常にユニクロらしいコンセプトを体現しています。何よりインパクトがあって楽しい。これは新しいランドマークになる可能性があるとすぐに読めました。
今回に限りませんが、僕は以前に柳井さんから言われた言葉がいつも念頭にあります。「可士和さんにはユニクロのあるべき姿を提示してほしい。常に革新的であるために、ユニクロはこうあるべきだ、ということをずっと言い続けてほしい。それがあなたの仕事です」と。新しい人たちと協力しながら、今回もユニクロのめざすビジョンに沿って、日本初のグローバル旗艦店を現実化できたのは非常に楽しい経験でした。
世界の文化、ファッション、商業、情報発信の中心地であり、世界の強豪がひしめくニューヨーク。そのニューヨークにあって、情報感度の高い人々が集う、代表的なショッピングエリアであるソーホー地区に、2006年秋、ユニクロの最初のグローバル旗艦店は誕生しました。その後、ロンドン、パリ、上海へと展開されるごとに、グローバル旗艦店はユニクロのコンセプトを世界に向けて発信するメディアとして大きな進化を遂げてきています。この度、心斎橋店はそれをさらに強力に推し進め、今後の国内、海外のユニクロ事業の成長エンジンとなることをめざします。
「考える人」2011年冬号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 青木登(ポートレート)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。