2011年04月19日
UNHCRとグローバルパートナーシップ締結の舞台裏~「考える人」2011年春号~
~「考える人」2011年春号(新潮社)より転載~
世界中の難民・避難民に「服のチカラ」を実感してほしい
UNHCR駐日代表
ヨハン・セルス (Johan Cels)
三月一一日、かつて日本人が経験したことのない規模の東日本大震災が発生した。これを受けてファーストリテイリングは、週明けの一四日、被災地に向けた具体的な支援策を発表した。企業としてだけではなく、全世界のグループ従業員からの義援金(代表の個人としての寄付を含む)を一四億円、支援物資として衣類七億円相当の寄贈(総額二一億円相当)、そして義援金の募金活動のために、全世界のユニクロとグループ各店舗に募金箱を設置し、義援金は赤十字などを通じて責任をもって被災地に届けることを約束するものである。「支援にはスピードと規模が必要だ」というのは、阪神淡路大震災以来、被災者の声を聞く中で多くの人が学んできたことだが、その教訓をふまえた決定である。
衣料を無駄なく活かしたい
さて、同社のCSR(企業の社会的責任)活動の柱のひとつである「全商品リサイクル活動」が、今年で五年目に入った。ユニクロで販売した全商品を対象に、お客様が不要になった商品を店頭で回収し、衣料を最後まで無駄なく活かそうという取り組みである。「もう着なくなった、でもまだ着られる」という回収商品をリユースし、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の協力を得ながら、世界の難民・避難民キャンプに寄贈してきた。これまで一七ヶ国に約三一二万点の衣料が送り届けられている。
こうした実績をもとに、この度UNHCRとファーストリテイリングは、より包括的な難民問題解決に向けたグローバルパートナーシップを締結することに合意した。グローバルパートナーシップとは、UNHCRの活動に対して深い理解と強力な支援を寄せる企業との間で、地球的規模の長期にわたる戦略的な連携を図るパートナーシップのことで、現在は欧米の五社(Manpower、Microsoft、Nike、WPP、Pricewaterhouse Coopers)と締結されているが、日本およびアジアでは、今回のユニクロが第一号となる。
この提携合意の背景について、UNHCRのヨハン・セルス駐日代表に話を伺った。
想像を超えた「服のチカラ」
「ユニクロと私たちの活動の接点は二〇〇六年からですが、翌年に早速衣類が集められ、そこから再利用できるものを荷積みして現場に届けることを始めました。それが毎年、着実に継続されてきました。そして二〇〇九年、UNHCRのトップであるアントニオ・グテーレス高等弁務官と柳井社長との会談があり、そこで両者の連携をより強化しようではないかという話になりました。さらに昨年一一月、二度目のミーティングが行われ、その場で関係をさらにフォーマルなものにしようということになり、今回の合意にいたったという次第です。
ここで特に重要なのは、柳井社長のビジョンが一過性のものではなく、長期を見据えたものであるということです。三六〇〇万人の難民に毎年衣類を届けようという発想は、本当にありがたいことです。最初にこの話を伺った時は、私はびっくりして息をのみました。でも、よく考えてみたら、これだけ大きなビジョンを持ち、その目標の実現に向かって力を結集していくというのは実に素晴らしいことだと思います。逆に言えば、それだけUNHCRに対する大きな期待もあるわけですから、それに対してわれわれがいかに息を切らしながら追いついていくか、ということが課題ですね」
ところでユニクロは、これまで難民・避難民キャンプへの衣類の寄贈を続けながら、支援活動を通じて気づいたことがあった。それは、ひと言でいえば「服のチカラ」。
難民の人たちは、計画性をもって出てきたわけではない。いわば・着のみ着のまま・で難を逃れてきた人が大半だ。そうした人たちに提供された服は防寒防暑、保健衛生に役立つことはもちろんだが、「服を着る楽しみ、喜び」を通して想像以上のチカラを発揮している。
服は、困難な状況にある人たちを元気づけ、強くすることができる。服は人としての尊厳を与えることができる。服を着ることで、子どもたちは教育の機会を得ることができ、女性は社会参加の道も開かれる。つまり、服は人に生きる自信と勇気と希望を与えることができる、ということだ。
ユニクロがお客様から回収した服を、初めて寄贈した先は二〇〇七年のネパールだった。二年後、この地を再訪したユニクロの社員は、ユニクロの服を着たある女性と出会った。難民キャンプから第三国での定住を希望する人たちが、その出発日に立ち寄る施設を訪れた時のことだ。凜とした眼差しが印象的なその女性は、故郷ブータンから子どもを連れてこのキャンプに逃れ、そしてこれから受け入れ先の国へと旅立つところだった。「たくさん辛いことはありましたが、こうして少しの希望が残りました」と語る彼女が着ている服は、二年前に日本からの支援でもらったものだという。それがユニクロの商品だとは知らないだろうが、お気に入りの服だということはその表情でよく分かった。
日本では不要とされ、もしかすれば捨てられていたかもしれない服。
それがネパールの地で、こうして晴れの日に着てくれる人がいる。「服のチカラ」を実感した瞬間だった。
セルス駐日代表はこのエピソードに触れながら、こう語った。 「受け入れた現場からは本当に喜びの声が上がっております。私たちUNHCRが現場で行っている支援、特に物的支援については、食糧や水、医療、簡易的な住居、ごく基本的な教育といったことに留まっていて、なかなか衣類にまで手の及ばないのが現状です。また衣類の支援を受けた場合でも、品質があまり良くなかったり、現地の宗教・文化にそぐわないものであることもままあります。その点、ユニクロの場合は計画性をもってアプローチして下さり、継続性も期待できます。また何百万枚もの量を必要なところに的確に届けて下さっています。さらには衣類の輸送は手間もコストもかかるというのに、現場の配給先にまで届けていただき、私たちは非常に感謝しています」 「とかく国際貢献の場では、平和構築とか紛争予防といった政策的な議論が中心になりがちですが、日常の小さなこと、たとえば衣類の支援がしっかり行き届いていることがどれだけ人々の心の平和、安定につながるか。あるいは新しい人生に向けて歩みだす自信につながるか。このことはいくら強調してもし過ぎることはありません」
社員を難民キャンプへ
さて、グローバルパートナーシップの具体的な内容だが、まず衣料支援活動の拡大が挙げられる。ユニクロが出店する国では、随時「全商品リサイクル活動」を展開していく考えで、三月からは韓国で開始している。
次に、店舗での難民インターンシッププログラムの実施である。これは日本で難民として受け入れられている人を対象に、ユニクロの店舗で働いてもらう計画である。あまり知られていない事実だが、日本には難民認定を受けた人が六〇〇人近く、人道的配慮による在留許可の保護対象者、インドシナ難民を含めると約一万三〇〇〇名の人々が居住している。そういう人たちに日本の社会、文化に慣れてもらい、さらには職業経験の機会を設けることで、少しでも自立支援につながる貢献ができれば、という趣旨で、六月からこれを開始する予定である。その後は、もちろん能力や適性の問題、本人の意向などを勘案しながら、できれば店舗スタッフとしての採用も視野に入れていきたいと考えている。その前に、まずは・心の壁・を少しでも低くして、日本の社会に溶け込んでもらえれば、というお手伝いだ。
そして三番目には、ユニクロの社員を海外の難民キャンプに派遣することを検討している。UNHCR職員として働くインターンシッププログラムである。ユニクロは「MADE FOR ALL」というコンセプトを打ち出している。すなわち、これからの時代は、国籍、年齢、職業、性別といった区分を超えた、あらゆる人々のための服世界中の人々が、それぞれのスタイルで自由に組み合わせ、毎日気持ちよく着ることのできる服を意識していく必要があると考えている。そういう服のニーズを探る意味からも、社員を半年間程度、海外の難民キャンプに送り込み、いろいろな活動に従事させようという考えだ。
着なくなった服は店舗まで この取り組みについて、受け入れ側のセルス駐日代表に伺うと、 「具体的には九月から実施する予定だと聞いていますが、まずはUNHCRの東京事務所で、しばらく仕事をしていただくつもりです。いきなり現場に行くよりは、少し慣れてからのほうが円滑に運ぶと思うからです。現地ではUNHCRをサポートする形で、衣類支援のための情報収集や評価、あるいは配給に関わる仕組みづくりなどをしていただきます。またユニクロの方々にはわれわれにない専門的な知識がありますから、その方々のスキルにもよるのですが、可能性としては難民の自立支援に関わるいくつかのプロジェクトに参加していただけると素晴らしいと思います。たとえば服の縫製の技術指導であるとか、ユニクロのノウハウや経験、知見を活かしたトレーニングをしていただくようなことができれば、本当に長期的視野に立ったコミットメントになるかと思います」 「また他社の過去事例としては、難民キャンプでの活動を終えて本社に戻ってから、その方のモチベーションが非常に高まり、会社への関与が深まったと聞いております。そういう意味で人材育成という面からも非常にメリットがあると思っています」
とはいえ、何と言っても当面の柱は、衣料支援活動の拡大だ。
ユニクロの掲げる目標は、世界中の難民・避難民の人全員にユニクロの衣料を届けること。ユニクロの年間生産枚数は約六億着にのぼるが、二〇一〇年の回収はまだ約四〇〇万枚という段階だ。これまでに回収した総数は約九〇〇万枚で、世界中の難民、避難民は約三六〇〇万人だ。「まだまだ足りない!」というわけで、今後はさらに「全商品リサイクル活動」を広く知ってもらい、より積極的な協力を呼びかける必要がある。 「もう着なくなった、でもまだ着られる」という服は、世界のどこかでそれを待ち受けている人がいる。服を旅立たせよう。それが待ち望んでいた誰かの手元に届く時、服は想像以上の「服のチカラ」を発揮してくれるはずだ。
最後にセルス駐日代表は、期待を込めてこう締めくくった。 「ユニクロとUNHCRは、今年で協力関係を結んでから六年目になります。そして私たちの難民条約が国連で採択されて六〇年です。さらにこの難民条約に日本が加盟してからは三〇年目にあたります。そういう意味で、今回のグローバルパートナーシップ締結は非常に意義深いものがあると考えています。世界中の難民・避難民の一人に一枚、ユニクロの服を届けるという大きな目標に向けて、きっと重要な一里塚となるはずです」
ファーストリテイリングは「もう着なくなった、でもまだ着られる」という服を、全国のユニクロおよびジーユーの店頭でお客様からお預かりして、UNHCRをはじめとする国際機関やNGO、NPOの協力のもと、リサイクル・リユースする活動に取り組み、今年で5年目に入りました。FRとUNHCRは、現在3600万人以上いる世界の難民・避難民全員に衣料をお届けすることを目指しています。今後は両者がグローバルパートナーシップを締結することで一層の連携を図り、より広い分野での難民・避難民問題の解決に向けた活動に取り組んでまいります。
「考える人」2011年春号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 上岡伸輔、青木登(ポートレート)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。