プレスリリース

2011年10月14日

UNIQLO INNOVATION PROJECTの舞台裏 [前篇]~「考える人」2011年秋号~

~「考える人」2011年秋号(新潮社)より転載~

「機能」は世界の誰にでも伝わるんです

DESIGN DIRECTOR
滝沢直己 (Takizawa Naoki)

グローバルに参加するために

滝沢直己氏 日本だけにあるものを携え、日本人独自の考え方で発言しなければ、グローバルな席には坐れない―かつてISSEY MIYAKEのデザインをしながら実感したことです。
 欧米の何がトレンドかという情報はリアルタイムで日本に入ります。それを日本が市場として受け入れるのは構いません。けれど僕たちが同じものを作ってトレンドになれると思ったら大間違い。西洋的なアプローチをしたコレクションは、海外では通用しません。
 欧米のデザイナーの作り出す服とは異なる、日本独自の視点でデザインされた服が、世界の市場でポジションを獲得できるのです。
 日本独自のものというと、まっさきに挙げられるのは素材です。昔から化学繊維を使ったハイテクノロジー素材が群を抜いてすばらしく、例えばもともとシルク織物産地だった福井で開発された超マイクロ繊維を使用した高密度織物などは、海外のラグジュアリー・ブランド、いわゆるパリ・コレクションのデザイナーたちにも絶賛され、好んで使われます。
 世界が求めるものは何か? 日本の素材―もっとも高く評価されているその素材を使って、日本人独自の視点でデザインをすれば、そこから生まれるものは必ず西洋の衣服とは違うものになる。それがグローバルに参加するということだと僕は思っています。
 ユニクロの新しいプロジェクト(UIP)を一緒にやらないかというお誘いがあって、柳井社長からその考え方をうかがいました。高機能の素材と、それを使って作る普段着。ユニクロが真に世界に打って出るために、日本の素材と日本人独自の視点や発想、その二つを融合したものを作りたい、と。それは僕のつねづね考えていたことと共通していたので、もうぜひやらせてください、とプロジェクトに加わりました。

プロダクトデザインとは何か

 パリ・コレクションというステージは、独特な発想や新しい美意識の提案の場で、レディースはとりわけドラマチックです。でも、メンズラインはちょっとちがう。男の服には、テーラージャケットにしろシャツにしろ、いろんな決まりがあります。僕はメンズの分野では、プロダクトに特化した仕事をやってきました。
 イタリアやフランスでヨーロッパのものづくりを勉強する機会がありました。例えばイタリアの老舗の縫製工房を見学に行き、日本製の新素材で「ジャケットを作れませんか」と言うと、「こんなので作れるわけないだろう」と突っ返されます。ヨーロッパには、プロダクトとして完成させるには、それぞれに選ばれた素材を使うルールが厳然とあり、デザイナー個人のこだわりなどは拒否される。僕はその感覚が大切だと思うんです。
 日本のブランドはよく無理な素材を使って作り、仕立て映えがいい、悪いと評したりしますが、仕立て映えというのは、本来なるべくしてなるものです。素材に対する確かな目を持ち、プロダクトと素材の適性を知り尽くす。それがプロダクトデザインの基本だと思うんです。それを、僕はメンズウェアを手がけることで学べたように思います。
 ところで、ハイファッションに比べると、普段着こそ難しいのです。プレタポルテなら、デザイナーの作った服にお客様のほうから合わせていただくこともあり、非日常的であるほどお客様のチャレンジや昂揚が服の力にもなります。ところが、日常着の評価はもっと厳しいものです。シャツの肩周りの、ほんのわずかなゆとりのあるなしでジャッジするのが普段着のお客様です。アーティスティックなドレスを作るのと、一枚のシャツ、一本のパンツを完成させるのは、同じ手間暇がかかります。もしかしたら、普段着の方が大変かもしれません。
 ともあれファッションは、制約の中にあります。まず男の服か女の服か。どういうオケージョンか。プライス、それも制約です。決まった値段のなかで、最高水準にまで到達するためには、ものすごいデザイン力が要ります。素材のことも縫製も加工も、すべてを勉強しないと、その制約に打ち勝てません。
 でも制約はあった方がいい。あればあるほどやるべきことが絞られてくるわけですから、まず僕はデザインの中に制約を探します。販売、マーケティング、製作、現場のさまざまな人に聞いて回る。制約をはっきり口にできない人だと、かえって迷ってしまいます。
 柳井社長は、僕が何を質問しても、明快に答えてくださいました。柳井社長、佐藤可士和さんとの会話によって、デザインもどんどん形になっていきました。

ユニクロだからできること

 UIPのコンセプトは、「画期的な機能性」と「普遍的なデザイン性」です。特殊な職業やスポーツでも使える機能を持たせるが、それは普通に街の中で着られるものでなければいけない。それを両立させるには、素材の質感やカッティングの精度が大切と考えました。つまり、ヘビーデューティな機能は持ちたい、でも見え方は優しくありたいと。トラックジャージやマウンテンパーカやレインウェアなど、このプロジェクトの本質的なものを語るのに一番的確と思われるアイテムを選んで、試作しました。
 プロジェクトに加わってすごく幸せだと思うのは、ユニクロにはつねに一緒に理想を追求し、新しいテーマを見つける、そういうパートナーがいることです。ユニクロだからできることが、それによって何倍にもなる。たとえば東レには開発のためのすばらしいラボがあります。また、インダストリアルデザインですからアイテムごとに大ロットが必要ですが、その作業も当然のようにこなします。
 アイテムを完成させる過程では、なんども現場で検討しました。国内外に足を運んで。ただ椅子にすわって指示するだけのデザインディレクターもいますが、僕はやはり工場に行ってディレクションをしたい。実際エンジニアの方々にはそう何度も会うチャンスはないので、理想の姿をどこまで正確に伝えられるかがディレクターの能力です。望むものができてこなかったら、伝え方が悪いんです。生地は全部、東レの工場でサンプルを見ながら、手触りはこう、もっと軽く、発色はこんな感じと、エンジニアと直接話します。感覚的なことも含むので、会って触って話さなければ伝わりません。縫製工場にも行き、パターンを一緒に見ながら「ここの線はこうやりましょう」「するとここにロスが出る。コストに響くからここをカットしましょう」と、ひざ詰めでひとつひとつやりました。プライスもデザインの一部であって、それがもっとも重要じゃないですか。
 でも、値段に合わせるために削除するだけでは、質はどんどん下がっていく。「ではここはやめよう。そのかわりこれは死守したい」というせめぎあいです。
 たとえばブロックテックマウンテンパーカ。コットンみたいに見えますがナイロンスパンなんです。こういうものは普通、光沢のある質感ですが、僕はこれを例えばデニムにもウールのスーツにも合うような質感にしたいと思って、素材から作ってもらいました。裏はフィルムのコーティングで、通常は白かグレーのみ。スポーツウェアならそれでもかまいませんが、僕は街着として考えたので、フィルムにプリントの加工を加えました。表地との境目は超音波で熱密着。ファスナーは防水用で、ラバーでコーティングしています。デザインとして縫い目を出したくなかったので、これも熱密着です。すべてのデザインのディテールに意味がある防水ジャケットを作りたい、格好いいものを作りたい、というところから発しています。あるべきところについたポケット、防水機能など、装飾を排除して最後に残った必要最小限のもの、それが「機能美」なのだと思います。
 トラックフルジップパーカの「簡易分離ファスナー」、これはYKKからの提案で実現したものです。左右から引っ張るだけで外れるから、ウォームアップしてパッと脱ぎ捨てて走っていくというスピード感がイメージにあります。と同時に、なめらかでドライな機能をそなえたパーカなので、例えば介護の場でも便利なはずです。こういうところが、今回のプロジェクトにおける本質的な新しさだと思います。
 試作中、柳井さんのNGが出たのは、中途半端なものに対してでした。UIPはデザインとしては普段着ですが、考え方においてはエッジが立っていないとだめなんです。そういう意味で自分に迷いがあるものは、これは違うでしょうと、見事にカットされました。その服のもつ価値を、柳井さんが瞬時に理解されたことに、僕は驚きました。

世界に共通する価値観とは

 UIPは世界各国でほぼ同時発売します。グローバルというのはいろんな価値観が集まっているということです。アメリカの人たちの生活観とか衣服の着方と、ヨーロッパの人たちとでは違います。アジアもまた全然違います。それを日本にいて眺めながら、何が共通項であり、何を訴えればいいのか、ずっと考えてきました。文化も気候風土も異なる世界で、共通する価値観とは何なのか。
 おそらく、「機能」がその究極の価値観ではないかと思います。機能というのはみんなが求めているものです。地球に住んでいる以上雨は降るし、風は吹くし、暑いと汗は出るし、寒ければ凍える―それは人間が共有している問題です。そこに立ち返ると、ひとつの解答として「機能」が浮かび上がってきます。高機能という価値観は強いメッセージとして、世界に訴えかけられるのではないか。
 それを普段着で展開することを、疑問に思う人がいるかもしれません。でも、iPhoneを思い出してください。出た当時は、指紋がつきやすいとか、蓋がないとか、重いとか、マイナスを言い立てる人がいました。でも美しかったでしょう。何か持っていて格好よかったですよね。
 それまで指紋がつくことはタブーだったんです。ホワイトという色も、それまでありませんでした。営業関係の人たちは、「クレームきたらどうします? こんなの売れません」と疑問視したかもしれない。でもアップルはそれを恐れなかった。そこがイノベーションです、その勇気があるかどうかです。
 UIPのアイテムは、日本人の発想と技術で実現したものです。日本人の視点で日本人の工夫でそれを実現して、世界にはなかった服を生み出すということが、おもしろくてたまりません。
 この仕事を始めて、よくビートルズのことを考えます。ビートルズは外国の見知らぬミュージシャンだったけれど、日本の片隅にいた僕らは、いつの間にか心動かされ大きな影響を受けたでしょう。恋愛したり失恋したり、大事な人を失ったり友達ができたり、どんなときも気持ちに寄りそう音楽というのは力があるし、そういった社会貢献ってすごいなと思います。うらやましい。でも、同じことが服でできないだろうかと考えています。生活を豊かにしたり、生活を便利にしたりすることで、音楽と同じように、服も人の心を元気にする存在になれるのではないか。そんな期待をもっています。

単なる流行づくりではなく、服そのものを進化させていく。それを実現するのがユニクロ。ユニクロが考える「進化した服」とは、どこまでも動きやすく、快適で、扱いやすい、画期的な機能性を備えたウェア。そのうえで、誰が着ても絶妙に似合いフィットする、優れて普遍的なデザイン性を持ったウェアです。画期的な機能性+普遍的なデザイン性。両方を満たした服こそが、世界中のあらゆる人から求められ、ひいては生活をかえる存在になっていく。すべてがちょうどいい服、つまり、いちばんいい服になっていく。そう考えます。

「考える人」2011年秋号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 菅野健児(ポートレート)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。