2011年10月14日
UNIQLO INNOVATION PROJECTの舞台裏 [後篇]~「考える人」2011年秋号~
~「考える人」2011年秋号(新潮社)より転載~
「世界一」をめざすユニクロの服とは何か
九月一四日、ユニクロは「ユニクロイノベーションプロジェクト」(UIP)という新たな取り組みをスタートし、その最初のコレクションを発表した。デザイン・ディレクターに滝沢直己氏、クリエイティブ・ディレクターに佐藤可士和氏、ファッション・ディレクターにニコラ・フォルミケッティ氏などの精鋭を起用し、東レ株式会社をはじめとする有力パートナー企業を迎え入れたプロジェクトチームが、「画期的な機能性と普遍的なデザイン性を併せ持った究極の普段着」を開発していくという計画である。先進的な素材や高い技術力を活かした高機能「プロダクト」に、世界中の誰もが着られる「普遍的なデザイン」を融合させるという、まったく新しい服作りのアプローチへの挑戦である。
同時に、このプロジェクトの考え方は、今後のユニクロ全体の服の方向性を決定づけるものでもあり、この先ユニクロが扱う商品はすべてこのコンセプトに基づいて作られることになる。
一〇月一四日にはユニクロにとって七番目となるグローバル旗艦店「ユニクロ ニューヨーク五番街店」が、また翌週二一日には「ユニクロ ニューヨーク三四丁目店」がオープンする。UIP、そしてニューヨークでの連続出店を通じて、いまユニクロは何をめざそうとしているのか、柳井正代表取締役会長兼社長にお話を伺った。
「UIPのプロジェクトは昨年九月一日に立ち上げて、週に一回、チーム・メンバーで議論を重ねてきました。二〇〇九年秋に『パリ オペラ店』を開いた時には、ちょうどジル・サンダーさんデザインによる「+J」のコレクション販売を同時にスタートさせることができました。今度のニューヨーク五番街店というのは世界のショーケースとも言うべき場所ですし、なかでも五三丁目というのは最高の立地条件です。では、そこにわれわれは何をもって進出し、具体的に何をアピールするのか。それをUIPの会議では一年を費やして議論してきました。そして、ユニクロの服の定義を改めて精査し確認しました」
ユニクロの服とは何か
ユニクロの服とは、服装における完成された部品である。
ユニクロの服とは、人それぞれにとってのライフスタイルをつくるための道具である。
ユニクロの服とは、つくり手ではなく着る人の価値観からつくられた服である。
ユニクロの服とは、服そのものに進化をもたらす未来の服である。
ユニクロの服とは、美意識のある超・合理性でできた服である。
ユニクロの服とは、世界中のあらゆる人のための服、という意味で究極の服である。
「自分で言うのも面映いのですが、これは革命的な定義だと自負しています。これまでの服の概念を変え、服の可能性を広げるものだからです。つまりUIPとは、単に商品を作るというよりは、この定義に沿って商品を生み出すプロセス、あるいは商品開発の体制自体を思い切って変えていこうという決意表明です。言い換えれば、われわれが世界に打って出る上での立ち位置をはっきりさせた上で、われわれが今後作っていく〝未来の服〟は、すべてこの方向性にのっとっていくというブランド・メッセージです」
これまでも、世界中のあらゆる人が着ることのできる服―「MADE FOR ALL」(流行や個性を主張するウェアではなく、シンプルで汎用性がありながら高品質で、それを着る人が自分に合わせた目的で自在に組み合わせながら楽しむことができる服)をユニクロは目ざしてきた。それをいま改めて明確にアピールしようというわけである。
「ユニクロの服の定義の英語版を、マイケル・エメリックさんという日本文学者と何回も協議して作り上げました。世界に出ていくためにはどうしてもその作業が必要でした。非常に簡潔なメッセージになっています」
Uniqlo is the elements of style.
Uniqlo is a toolbox for living.
Uniqlo is clothes that suit your values.
Uniqlo is how the future dresses.
Uniqlo is beauty in hyperpracticality.
Uniqlo is clothing in the absolute.
「服というのは発展段階からいうと、最初はドレスですよね。それはステータスシンボルでした。欧米は基本的に階級社会であって、上流階級の人が好むブランド、彼らが買い物をするお店などが最初からセグメント化されています。それぞれの階級ごとにそうなっています。ですから『誰でも着られる服』と聞くと、それは没個性的で、品質が悪く、美的でないものに違いないとすぐに思ってしまいます。ところが、日本という国は、ほとんどが中産階級の社会ですから、誰にとってもいい服というのが成立してきたわけです。なおかつ日本の消費者は品質に対して非常に厳しくて、細かいところにもよく気がつきます。さらに日本の繊維産業はいまだに世界最高水準の技術力を持っていて、素晴らしい原材料を提供することができます。そうした基盤の上に立って、どうすれば日本人の『匠』の気質や柔軟な発想を活かしながら、いままでにない未来の商品を開発して売っていくことができるかと、真剣に考えているのがわれわれです。すでにこれまでも、そうしたさまざまな潜在力を結集し、それらを掛け合わせるようにして、従来の常識を覆すような商品を開発してきました。さらにそれをより顧客満足度の高い完成品へと毎年進化させてきました」
言うまでもなく、近年のその最たる成功例がヒートテックである。二〇〇三年に発売され、いまや累計販売枚数は実に二億枚に迫る大ヒット商品である。もともとはアウトドアやスポーツ用のウェアだったニッチ商品に限りない改良を加え、保温性・保湿性に富み、薄くて着心地が良く、なおかつおしゃれなデザイン性を備えた、汎用性の高い商品を作り上げたのである。
「いままでにない商品だということ。そして必ずヒットするに違いないという確信があったからこそ、大量生産の体制を敷き、思い切った広告宣伝を打つこともできました。つまり『画期的な機能性』と『普遍的なデザイン性』を組み合わせれば、未来のベーシックな定番商品を作り出せるということを端的に証明したのが、ヒートテックでした。最近の全国消費者調査によれば、ヒートテックを着たことのある八割強の人が、冬の厚着から解放され、寒い日の外出も積極的にするようになったと答えておられます。お客様にとってより望ましいライフスタイルがこの商品の出現で可能になった、ということが大きいと思います」
ただ、ヒートテックも開発から販売開始までは四年かかっている。その意味では、UIPもまた中長期的な取り組みになることは間違いない。
「大事なのは、UIPはユニクロそのものである、ということです。つまり、ユニクロの服は順次この方向に向かって変わっていくし、全社は今後一丸となってこの方向で勝負するということです。われわれがめざす『世界一』というのは、よほどの努力をしないと達成できない高い目標です。スポーツでも芸術でも世界一になるためにはそれだけの対価が要求されます。しかもビジネスは社長ひとりが頑張ってどうにかなるものではなくて、全社員の団体競技です。すべての社員が思いをひとつにして、自分たちの仕事をしっかりと理解し、いま自分たちは何をすべきかを日夜必死で考えなければ、うまくいくはずはありません。ですから、今回のUIPというのは、ユニクロは世界のどの企業とも違うこういう会社であって、ユニクロの商品はこれまでにない『進化した服』なのだということを、国内外に具体的にアピールする試みです。ユニクロのことを知らない世界に打って出るには、よほど気合をこめて向かわなければ通用するはずはありません。ですから、ユニクロの本質、世界で唯一の立ち位置を発信するというのがUIPの目的です。その意味で、これはわれわれのスピリットなんです」
今回からユニクロのロゴを初めて服の外側につけるというのも大きな決断である。また、UIPの考え方で作られた服であることを表すプロジェクトアイコン「■■」と、プロジェクトコンセプトワード「Functionality+Universality It’s how the future dresses.」も開発された。アイコンは服そのものにもリフレクター機能として付けられると同時に、タグや宣伝広告などにも活用されていく。
「ロゴは、これがユニクロの未来を暗示する商品ですよ、ということを宣言したほうがいいだろうと思って付けることにしました。今後はこのロゴの付いたアイテムをひとつずつ増やしながら、最終的にはユニクロの全商品がUIPの考え方に統一されて出てゆき、それを世界中のひとりでも多くのお客様が、日々の暮しの中で自由に使いこなしていってくださればと思います。未来社会において、ユニクロが衣料品のインフラになることがわれわれの究極の目標です」
第二ステージに立ったユニクロのブランディング
CREATIVE DIRECTOR
佐藤可士和 (Sato Kashiwa)
二〇〇六年からユニクロのブランディングを担当させていただき、ユニクロの価値をグローバルに伝えることに取り組んできました。柳井社長からは「外部の視点で、ユニクロのあるべき姿を提示してほしい。つねに革新的であるために、ユニクロはこうあるべきだ、とずっと言い続けてほしい」と言われてきました。ただ、僕はコミュニケーションのディレクターなので、これまでは服づくりの核心にはそれほど関わっていませんでした。それが今回の「ユニクロイノベーションプロジェクト(UIP)」は、その原点である服づくりの視点からユニクロの本質を進化させていこうというものです。ユニクロのブランディングの第二ステージが始まったと言えるかもしれません。
といって、ユニクロの服づくりの思想が変わるという意味ではありません。柳井さんは初めてお会いした頃から、カジュアルウェアとスポーツウェアの中間をわれわれはやるべきだ、とおっしゃっていました。フリースもヒートテックもウルトラライトダウンも、その発想から生まれたアイテムですし、そういうよい例をもっと増やしていきたい、と。それらを単品の商品でなく、もっとユニクロ全体の思想として進化させ波及させたらどうなるか。
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」―ユニクロはそう考えている会社です。「服で世界を変えられる」という確信をもって、自覚的に壮大な実験を仕掛けようというのが、このUIPの本質であると思います。
「ストッキングの発明が、世界を変えた」―これも柳井さんがよく口にすることです。化学繊維の開発とストッキングが結びついたことで、伸縮性に富み、強靱で安価なストッキングが商品化された。その結果、スカートの丈は自由になり、女性の社会進出が一層加速され、女性はいろいろな意味で解放されました。これはまさに服が変ったことで、常識もライフスタイルも変り、世界が変った好例です。服にはそういう力がある、そういうことをわれわれはやるべきだ、と柳井さんは確信しているのです。
UIPのデザイン・ディレクターは滝沢直己さんが務めてくれます。彼がISSEY MIYAKEのクリエイティブ・ディレクターだった頃お仕事をご一緒させていただきましたが、ファッション以外の領域、アートやイベントプロジェクトなど多彩な分野でユニークな活動を展開している方です。その後、「ヘルムート・ラング」に関わってファーストリテイリングの仕事もされているし、ユニクロにも是非協力していただきたいと前々から思っていました。亡くなられたリッキーさん(佐々木力氏)が滝沢さんを推薦し、柳井さんからUIPに滝沢さんはどうだろうかと尋ねられて、一も二もなく賛成しました。
僕が言うまでもなく滝沢さんはすぐれたところをたくさん備えていらっしゃいますが、ひと言で評するなら、ロジカルな考え方と感覚とが両立していて、それを言語化できる方です。ファッションは目に見える「モノ」を作り出すことなので、きちんと理論化し、言語化しておかなければ、たくさんのベクトルが働くなかでブレてしまいます。大きなプロジェクトを動かしていくには、そういうクリエイティブ・シンキングのできる人が必要です。
UIPにおける僕の仕事は、ユニクロの考えていることを顕在化させることです。たとえば今回、さまざまな機能を示すアイコンをデザインしました。温かい、軽い、乾きやすい、撥水性がある、ストレッチ性がある―アイテムごとに違っていた表現を、「機能」の面から一元化し、再編集しました。ユニクロが目ざす「究極の服」の理想を目に見える形で伝えたいと考えたからです。
ユニクロはグローバルな企業ですから、言語やライフスタイルの違う地域や文化の中で、一目瞭然で理解されるということが重要になってきます。さらには「分かる」というだけではなく、ブランドとしての統一感を保っていくためのアートディレクションも大切です。機能はこれからも進化し増えていくでしょう。高機能なアイテムでは、このアイコンが三つも四つも並んでプリントされることになるのです。
アイコンは単なる「表示」ではなく、「コミュニケーションのツール」だと考えています。ユニクロの考える究極の普段着とは何か、ということをアイコンで表現し、またこのアイコンを通して「ユニクロの服」という存在が浸透していけばいいなと願っています。
UIPの考え方で作られた服であることを表すプロジェクトアイコン「■■」とプロジェクトワード「Functionality+Universality It’s how the future dresses.」も、今回新たに開発されました。ユニクロのロゴの正方形を少し大きくし、ユニクロカラーの赤一色に塗りつぶされた■がふたつ並んでいます。それは真下にある「Functionality+Universality」というふたつの理念にも対応しています。このアイコンは、服そのものにもリフレクター機能として付くと同時に、タグや広告・宣伝物などにも活用されてUIP浸透の一翼を担います。
「考える人」2011年秋号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 菅野健児
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。