プレスリリース

2012年01月12日

UIP商品の舞台裏 [前篇]~「考える人」2012年冬号~

~「考える人」2012年冬号(新潮社)より転載~

幸い私たちには日本人の美意識があります

DESIGNER
石川裕太 (Ishikawa Yuta)

石川裕太氏 二〇一一年九月二三日にデビューしたブランド「ユニクロイノベーションプロジェクト」(UIP)は、今後ユニクロがめざす新しい服作りについてのブランド・メッセージでもあった。ユニクロの服とは何か、という定義をもう一度精査し、「画期的な機能性と普遍的なデザイン性を併せ持った究極の普段着」を開発していくというユニクロの立ち位置の明確化と、世界中のあらゆる人が着ることのできる服―「MADE FOR ALL」をユニクロは目ざし続けるという決意表明であった。
 それでは、そのUIPからどういう商品が、どのような過程を経て誕生していくのか。「画期的な機能性+普遍的なデザイン性」がどのように具現化されていくのか。一二月半ばから(ウィメンズ商品は一月中旬から)店頭販売が開始されている「ライトポケッタブルパーカ」の実例を通して、UIPに集約されるユニクロの精神を探ってみたい。
 まずUIPのデザイン・ディレクターを務める滝沢直己氏の右腕として、ユニクロ企画チームとのコミュニケーションを束ねる石川裕太氏に話を聞いた。

シワになりにくい素材開発

ライトポケッタブルパーカ「実は、ライトポケッタブルパーカという名称の商品はすでに存在していて、売上も好調な実績のあるアイテムです。ですから、これをUIPのコンセプトに基づきながら、どう進化させれば”未来の服”に近づけることができるのかというのがスタートでした。それまでにお客様の声をヒアリングした結果として、ポケッタブルに収納できるのはいいけれども、次に着ようとした時にシワが気になってしまう、というご指摘がありました。そこで、シワになりにくい素材開発のアプローチが最初の課題となりました。
 次に『普遍的な』と言った場合、超軽量でポケッタブル、撥水性があって雨でも水をはじき、なおかつ防風性があって自転車などに乗っていても風で体温を奪われることがない―そういうパーカが開発できれば、世界中のお客様のニーズに応えることができるのではないか、と考えました。
 またパーカの特性を考えると、着た時に動きやすいアイテムでなければなりません。とすれば、具体的にお客様が着て下さっているシーンを想定しながら、より体の動きに適したデザインや、型紙づくりをすることが重要になります。たとえば、このパーカは後ろの丈が前よりも長くなっています。これは前かがみで自転車に乗ったりする時のことを考えた設計です。それから人間の骨格に合わせて頭の位置や形にフィットするフードのデザインに改良するとか、そういう細かな工夫がいろいろ施されてあります。
 しかし何はともあれ、最初に重要だったのは超軽量でポケッタブル、そしてシワになりにくい素材を開発することでした」
 ユニクロの強みは、ヒートテックの成功でも証明されたように、東レ株式会社など、世界最高水準の技術力を持ち、高機能の原材料を大量に提供できる有力パートナー企業と強い絆で結ばれていることである。今回もそれが遺憾なく発揮された。四月に求められた素材開発の難題に対して、東レ側が回答を用意したのは六月であった。従来の素材であるポリエステルをナイロンに変えたその試作品を見て、デザイナーの滝沢氏も非常に気に入り、これを採用することに決めたという。

細部にさまざまな進化を

「それからこの商品を見るとお気づきになると思うのですが、縫い目に少しシワがよっています。これはあえてこういう縫製をしているからなんです。これはパッカリング縫製というやり方です。もともとは米軍が一九五〇年代にパイロットのフライトジャケットを開発する際に編み出した方法です。非常に高いところを飛行するわけですから、強度もあれば保温性も高いナイロン素材がこの時代になって採用されました。ところが、ナイロンにはひとつ難点があって、それは伸びにくい素材だということでした。そこで、それを解決するためにさまざまな縫製法が検討され、その時に出てきたのがパッカリング縫製でした。わざわざシワをよせながら縫うことによって、伸びにくいナイロン素材でもゆとりが生まれ、動きやすさが担保されるという”コロンブスの卵”でした。それを今回、取り入れました。東レ開発の新素材はナイロンの中でもよく伸びる性質のものですが、着心地をより良くするために採用することにしたのです。
 それから、ファスナーの引き手に佐藤可士和さんがデザインしたユニクロのロゴを入れているのがUIP商品の特徴ですが、さらにこの中には、実は極小のバネが仕込んであります。シンプルなんですが、内部は精密機械のような構造になっているのです。YKKが開発していたものなのですが、引き手を上に向けている時はスーッと普通に動かせて、引き手を下に向けた時はそこでストップするという、非常に重宝なスライダーなのです。着て身体を動かしてみるとすぐに実感できるのですが、引き手がブラブラしている時の違和感がまったくありません。
 またポケッタブルの仕様なのですが、ポケットの裏にもうひとつ内ポケットのようなものがついていて、ここにスルスルッと収納することができて、最後に中からヒモが出てくる仕掛けになっています。これでロッカーなどに掛けておくのにも便利です。
 さらに細かいところで言えば、フード周りとか、袖口とか、裾の部分に何気なくテープが付けられていますが、これにも実は重要な意味が含まれています。従来のパーカというのは、そうした部分にヒモだとか、絞って着るための調節用のパーツがいろいろ付いていると思います。そういうものをできるだけ取り除いて、スッキリと軽量化するためにはどうしたらいいかと、いろいろ試作した結果がこれなんです。つまり、このテープをわざと伸ばして縫い付けておくと、これはひとりでに縮んだ状態に落ち着きます。すると最初から絞られた形状になっていて、いざ着た時には最適のところまで自然に広がって、伸びてくれるというわけです。これも縫製上の工夫のひとつで、あえて余計な物を付けないという引き算のデザインです。こういうディテールの細工がいろいろと施されています」

ユニクロとのリエゾンとして

 従来の常識を覆しつつ、「より顧客満足度の高い商品を」というユニクロの試みは、品質に対して非常に厳しい日本の消費者の声によっても支えられている。現に、ヒートテックのような成熟商品と思われるものでさえ、毎年進化を遂げているのは、お客様からのフィードバックによるアップデートの賜物である。そういう意味では、イノベーションには、まだまだ尽きない可能性があると言えそうである。
「そうです。ありとあらゆるところにヒントは隠されていると思います。私自身、ファッションが大好きでこの世界に入ってきましたから、時間さえあればいろんなお店に行ったり、ともかく自分で壁を作らないで、常にアンテナを張りめぐらすように努力しています。洋服の世界は奥が深いですし、私たちが日常的に見ている光景はその中のごく限られた一部に過ぎません。”未来の服”を創造しようとすれば、過去の服も参考になります。それこそ百年前のヨーロッパのシャツやジャケット、アメリカで開発されたワークウェア。もう数えだしたら切りがないくらいに、自分の肥やしになる参考例が古今東西に溢れています。さらには性別を超えたヒントがあります。もしかしたら昔のオートクチュールで使われていたようなテクニックが、ユニクロのUIPの参考になるかもしれない。そういうさまざまな事例を常に頭に入れておくために、できるだけ本を読んだり、現物を見たりしておかなくてはと心がけています。
 このUIPのようなプロ集団の仕事では、自分の力をいつもフル稼働にしておかなければ、他のメンバーに対して失礼にあたると思っています。ましてや、そこから生まれる商品は世界中の人に着てもらうものです。とても重い責任があります。
 ただ幸いなことに、私たちは日本人です。われわれの美意識は世界に誇ることのできる素晴らしいものです。わびさびもそうですが、かつて欧米を席捲したジャポニズムがそうであったように、またトヨタやホンダがそうであったように、日本人の物づくりの力は素晴らしいと思います。壁にぶちあたった時にあきらめない。逃げない。じゃあどうしたらできるだろうか。こうしたらどうか、ああしてみてはどうか―そういう創意工夫を夜な夜なやっても苦じゃないのが日本人だと思います。そうした『匠』の精神を結集してユニクロの服づくりに臨むのが、今回のUIPの意義だと理解しています。いろいろな服の要素を究極的に高めることによって、世界中のあらゆる人が欲しい、着たい、買いたいと思ってくれる商品を生みだしていく。私もさらに勉強をして、考える力を蓄えていかなければと思っています」
 それにしても石川氏の仕事は実に多岐にわたり、煩雑をきわめている。デザインの立ち上がりや素材開発の第一歩、またその最終的な決定などは、デザイン・ディレクターである滝沢直己氏の役割である。ただ、洋服を作る過程ではその間にさまざまなステップがあり、さらにその各ステップごとの間には、実に細やかな判断やチェックが求められる。それだけに、滝沢デザインとユニクロとのリエゾンを務める石川氏の役割はきわめて重要だ。
「滝沢は常に細部まで追求し、各過程での確認は非常に厳しいものがあります。そのため、デザインを完成させるまでに要する確認事項の数は実に膨大です。私は時として滝沢に代わり、おそらく滝沢であればこうするであろうと思われる方向で判断をすることがあります。ですから、その精度が高ければ高いほど、スムーズに物事が運ぶし、物づくりの歯車はより速く回転するわけです。そのためには私自身の判断の精度を上げなければならない。滝沢のジャッジにかける時間を最小限にしなくてはいけない。それがこのプロジェクトでの自分自身の仕事なのかなと思っています」

単なる流行づくりではなく、服そのものを進化させていくのがユニクロです。ユニクロが考える「進化した服」とは、どこまでも動きやすく、快適で、扱いやすい、画期的な機能性を備えたウェアです。また誰が着ても似合いフィットする、優れて普遍的なデザイン性が特徴です。UIPを貫く理念である「画期的な機能性+普遍的なデザイン性」。この両方を融合させた服こそが、世界中のあらゆる人から求められ、ひいては生活を変える存在になっていきます。そういう意味での究極の服を実現するのがユニクロのめざすところです。

「考える人」2012年冬号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 青木登)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。