プレスリリース

2012年04月24日

テニスウェア 錦織圭モデル 商品化の舞台裏~「考える人」2012年春号~

~「考える人」2012年春号(新潮社)より転載~

勝つために、戦うためにユニクロと。

プロテニスプレイヤー 錦織圭選手プロテニスプレイヤー
錦織 圭 (Nishikori Kei)


 二〇一二年一月二十三日、錦織圭選手は世界ランク6位のツォンガ選手(仏)を下し、全豪オープン男子シングルスのベスト8入りを果たした。日本人男子として八十年ぶりという快挙もさることながら、〇九年に右ひじのケガで活動休止を余儀なくされ、一度は完全にランキングを失い、ゼロから這いあがってきた奇跡の大躍進である。そのことを知る観客たちは、心から彼の復活を称えた。
 二月、ユニクロは錦織圭選手のテニスウェアを商品化することを発表した。昨年一月の、ユニクロのスポンサー契約締結以来、錦織選手はユニクロのウェアを着用し、世界一を目指して転戦してきた。かつて彼を苦しめたケガの後遺症、小柄な体格、パワー不足などの課題を一年目で完全に克服、二年目最初のグランドスラムである全豪でのめざましい飛躍を可能にしたものは、いったい何だったのだろう。

強い身体づくり

「体力とパワーの強化は、長年の課題でした。昨年は走りこみはもちろん、大会中もインターバルなどのトレーニングは欠かさず行なって、基礎的な体力の底上げを図りました。全豪の二回戦は、2セットダウンからの挽回でしたが、体力面での不安がなかったので、押し返すことができました。試合のあとにほとんど疲れが残らなくなったことも、去年と格段に違う部分です。
 いろんな人からプレイが変わった、ひと回り大きくなったと言われて思い当たるのは、上半身のビルドアップと、体幹を強化したことです。重みのあるボールを打つために、ウエイトトレーニングで筋力をつけて、パワーアップを図りました。とくにサーブをパワフルにすることが目標でした。
 そしてパワーだけでなく、それをいかに使うか。アスリートの室伏広治さんにシカゴ在住のトレーナー、ロビー・オオハシ氏を紹介していただき、体幹強化の指導を受けました」
 関係者の話では、錦織選手は昨年は通常より十日ほど早くトレーニングに入り、十二月初旬からはシカゴで体幹の訓練に力を入れたという。その結果、ユニクロのウェアのフィッティングをした際には臀部が三センチほどサイズアップしていたそうだ。
「体幹の強化は、筋繊維を太くして筋力をつけるウエイトトレーニングとは目的が異なり、腸腰筋とよばれるインナーマッスルを鍛えたり、筋肉と筋肉をつなげる腱をしなやかにして、パワーを効率よく発揮できるようにするもの。インナーマッスルなので見た目にはあまり変化がないはずなんですが、腸腰筋は大腿骨と腰椎をつなぐところなので臀部が大きくなったのでしょう。結果的にケガをしにくくなる身体づくりにつながったかもしれません」

メンタル面での進化

 錦織選手の快進撃は、二〇一一年十月から始まっていた。当時世界ランク8位だったツォンガ、7位のベルディヒ、1位のジョコビッチなどトップ10のプレイヤーと互角に戦い、次々と勝利を収めている。試合運びにもかつてない落ち着きと自信が見られるようになった。そのきっかけは十月の上海マスターズだった。
「一回戦のオランダのロビン・ハースとの対戦で、打っても打っても入らず0―6、1―4と絶体絶命の状況になってしまった。あと二ゲームだから、とにかく相手のコートに球を返し、なにがなんでもつなげようと食い下がりました。すると相手は断然勝っているのに焦り出して、おもしろいようにミスが重なりました。そこから逆転して勝つことができたんです。
 あの一試合の経験で、すべてが変わりました。英語で『ウイニング・アグリー』といいますが、スーパーショットより相手にとっていやな球を打ってつなぎ、ミスを誘い出しながら最終的な勝ちをおさめるのがプロ。ニック・ボラテリー・アカデミーでも、『良いテニス』でなく『勝つテニス』を徹底して叩き込まれましたが、ぼくはあの時はじめて、『勝ち方が分かった』と目が覚める思いでした」
 とはいえ、敵は世界のトップ選手たち。自分はミスしないで、相手のいやがる球を打ち続けるには、それを可能にする観察力や判断力、そして高い技術が要求される。ドロップショット、スライス、角度のあるバック、回転の速いフォア――身長一九〇センチ以下は小柄といわれる世界で対抗するために、一七八センチの錦織選手は俊足と球種の多さを磨いてきた。かねてから技の「引き出しの多さ」は誰もが認めるところだ。
いまやそこに、クール・ヘッドと苛烈な闘争心が加わった。冷静に相手を見て、弱みを見つけ次第、容赦なく攻める研ぎ澄まされた動物的本能――。華麗なエア・ケイも、ときどきは見せてほしいと思うけれど。

世界と戦うためのサポート

 いまや安定してトップ20の仲間入りを果たし、世界一を狙える位置に立っている錦織選手。
「この全豪では、ベスト8以上に大きな壁があることを実感しました。特にトップの選手とグランドスラムで対戦すると、どうしたら勝てるかというより、勝つ光がまったく見えないことがあります。真っ暗。トップ4は別格で、やはり差がありますと柳井会長にお話ししたら、『だったら君はどうやって勝つ?』と鋭く切り返されました。年長者とかスポンサーとかいったこととは関係なしに、『それはどんな世界なんだ。教えてほしい』という迫力をいつも感じます。
 戦いの未知の領域をまだまだ経験しなければいけないし、ショットひとつひとつの精度を磨いて、自分は決してミスをしないこと。壁を打ち破る道はそれしかありません。ランキングが上がり格下の選手と対戦することも多くなりました。それはそれでプレッシャーですが、プレッシャーと闘うこともプロとして大事なことだと思います。
 去年は充実した年で、ツアーでもオフシーズンでも得たものが大きかった。ユニクロとの契約もその一つです。ユニクロのすごいところは、妥協することなく、常に進化しようとするところ。それはウェアの素材ひとつにも表れます。プレイする立場からテニスウェアはどうあってほしいかを要望するのもぼくの役目だと思いますが、完璧に応えてくれる。ここまでバックアップしてもらえるという安心感が、たぶん今の自信につながっていると思います。
 まだまだトップを目指している立場で自分のウェアのモデルが販売されるのは、少し早い気はします。でもとても誇りに感じるし、楽しみです。
 さらに実力をつけて、次はグランドスラムでベスト4以上の活躍をして、二、三年後ぐらいにはグランドスラムの決勝を戦いたいと思っています」

錦織圭モデルはグランドスラム仕様

「ユニクロ初の試みとして、プロテニスプレイヤー錦織圭選手の公式試合用と同素材、同型モデルのウェアを四月に販売いたします。とりあつかう店舗はこのたびオープンした銀座店のみ、あとはインターネット販売に限らせていただく予定です」
 錦織選手のテニスウェアは、「究極の普段着」を目指すUIP(ユニクロイノベーションプロジェクト)の発展型として、選手本人の参加を得て実現した製品である。
 ユニクロのデザインディレクター、滝沢直己氏はこのように話す。
「錦織選手とのウェア開発は、一昨年の全豪オープンからスタートしました。今年の全豪で、彼がフィジカル、メンタル、技術や人格などあらゆる面で成長を遂げ、ランキングを急上昇させているように、彼のウェアも質を高め進化してきました。
 開発をはじめた当初は、重量もサイズもかなり大きめなモデルでした。一年前と現在では、なにもかもが違うはずです。
 まず素材。いまの錦織モデルの素材は、東レの協力を得て、世界最高レベルの吸汗性と速乾性を実現しました。テニスの世界大会、特にグランドスラムは高温な場所で長時間プレイするところが多く、何よりも汗と暑さに対処する機能が非常に重要なポイントになってきます。
 いっぽうデザインチームは、ユニクロというカジュアルウェアのブランドとしての観点から、スポーツウェアをどうすべきかと考えました。スポーツ素材はややもすると機能のみを優先し、テクスチャーが硬めだったりします。そこでなめらかで肌触りがよく、街中で着られるファッションとして、天竺のような素地を開発、筋肉の動きに干渉しにくいパターンも研究しています」

素材の軽量化

 錦織選手がインタビューで、テニスウェアについて語ったことが印象的だった。
「ぼくは汗をかく方なので、ショットのあとウェアが肌にくっつくとパフォーマンスが低下してしまう」
 球を打つ際の回転が速すぎてウェアが残り、胴に巻きつく。それが次のプレイに影響するということを錦織選手は指摘したのだった。
「ランニングのときはすごく軽くていいと思っていたのに、テニスをすると軽すぎて回ってしまう」
 滝沢氏は、二〇一一年の半ばから、新しい素材の開発のため、重量を数グラム単位で変化させていった。数グラム――もちろん手に載せても感知できるような違いではない。しかし厳しいトレーニングとゲームは、錦織選手の身体感覚を考えられないほど鋭敏に研ぎ澄ましていた、と関係者誰もが証言する。
「わずかなサイズの変化や生地のテクスチャーは当然のこと、グラム単位の重量の差異も錦織選手にはわかりました。ランキングが上がるのに比例するように彼の感知力には進化があり、その微妙な感覚に合わせて素材をつくり直しました。
 彼のようなトップ・プレイヤーにとっては、わずかな重量の違いも非常に重要なファクターとなります。いくつもプロトタイプをつくって試しましたが、なかなかコレという決め手がない。素材を軽量化していくと同時に、バランスをどう取るかが難しい。そんなときに柳井会長から、『錦織君のウェアに襟をつけてみたらどうか』というアドバイスをいただきました。
 六、七種類ほどの違う形、また五グラム単位の素材で襟を試作して、着用試験を行いました。彼が最初に選んだのが、いま着用している一二七グラムという襟つきモデルです。襟をつけることによって、おそらく彼のバランス感覚が安定したのではないかと、開発チームは考えます。縫製も、フラットシーマという身体にストレスにならない特殊な縫製です」

引き絞られたアーチェリー

 さらに滝沢氏はこう語っている。
「テニスのように一対一で戦うゲームは、素材と同時に、デザインも重要です。相手に与えるイメージの段階から勝負なのです。錦織選手に要望を聞くと、彼はラインの入れ方に非常にセンシティブに反応しました。
 色も同じ。たとえば白いウェアと黒いウェアでは精神面・肉体面に大きな差が出ます。黒いウェアを着ていると炎天下の中では非常に温度を高く、暑く感じる。だから白いウェアを着ている方が有利に思える。逆に、黒というのは締まった色ですから、相手に威圧感を与える。このようにウェアのデザインやライン、それから色というのは、非常に重要な要素だと僕は思っています。
 われわれデザインチームは、錦織選手の試合をDVDなどで見ながら、彼の動きに合わせたデザインを研究しています。彼が全豪オープンのシングルスで着ていたモデルには体側からスリーブの脇まで、しなやかな弧を描くラインを入れました。サーブやスマッシュを放つとき、彼のボディがまるでアーチェリーの弦のように伸びてしなり、強い球が打てる、そんなイメージを込めています。
 錦織選手はこれからもツアーに出場し、ランキングを上げていくでしょう。その彼の進化とともに、ウェアのモデルも変化を加えていく予定です」

Nishikori Kei
1989年12月29日、島根県松江市生まれ。プロテニスプレイヤー。178cm、70kg。5歳でテニスを始め、2001年5月、全国選抜ジュニア選手権で優勝。同年7月全国小学生大会、8月全日本ジュニア12歳以下で優勝し、史上5人目となる全国制覇3冠を達成。2003年、(財)盛田正明テニスファンドの強化選手に選ばれ、フロリダのIMGアカデミーにテニス留学。その後、フロリダを拠点にジュニアサーキットを転戦。2007年10月のジャパンオープンでプロ転向。2008年2月、デルレイビーチ国際選手権でATPツアー初優勝。同年8月の全米オープンでは、日本人男子シングルスとして71年ぶりにベスト16進出、ATPワールドツアー最優秀新人賞を受賞。2009年は右ひじの故障と手術のため、ほぼ1年を棒に振り、大きな試練を迎える。2010年2月復帰、下部ツアーで優勝4回、また、全仏、ウインブルドン、全米とグランドスラム出場、一度失ったランキングを2010年末にはトップ100に戻す。2011年、全豪で3回戦進出、デルレイビーチ国際テニス選手権でベスト4、全米クレーコート選手権で準優勝、上海マスターズでベスト4。善戦により、世界ランク30位と日本人男子選手最高を更新。スイス・インドアでジョコビッチを破り、日本の男子シングルスで史上初、世界ランク1位の選手に勝利した。2012年、全豪の4回戦で世界ランク6位のツォンガを破り、ベスト8進出。3月現在、世界ランク17位を記録し、更なる飛躍を狙う。

ユニクロは、2011年より日本のトッププロテニスプレイヤー錦織圭選手に、テニスウェアを開発・提供してきました。今般、お客様からのご要望にお応えし、錦織選手が全豪オープンなどの試合で着用しているウェアと同型のモデルを発売いたします。高品質の吸汗速乾素材を使用したゲームシャツ、ショートパンツ、トラックジャケットとパンツ、ウォームアップジャケットとパンツ、テニスキャップ、ハチマキ、ソックス、リストバンド、そしてボストンバッグまで。勝つために、戦うために錦織選手と作ったテニスウェアです。

「考える人」2012年春号
(文/取材 : 新潮社編集部、撮影 : 平野光良(ポートレート、記者会見)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。