2012年07月11日
フィリピン初進出の舞台裏~「考える人」2012年夏号~
~「考える人」2012年夏号(新潮社)より転載~
フィリピンはアジア新展開へのゲートウェイ
FRフィリピン最高執行責任者
久保田勝美 (Kubota Katsumi)
FRグループ上席執行役員・ユニクロ中国CEO
潘 寧 (Pan Ning)
ユニクロは、現在アジアを最大の成長機会ととらえ、今後ますます出店を加速させたいと考えている。二〇一二年五月末現在、ユニクロの店舗数は日本八四九店、海外二七五店だが、そのうち日本以外のアジア店舗は二五八店に至っている。躍進する中国市場はもちろんのこと、東南アジアでもシンガポール、マレーシアに続き、昨年九月にタイに初進出を果たし、現在一五店舗にまで拡大している。そして、六月一五日、フィリピンに初のユニクロ直営店が誕生し、東南アジア市場でのさらに強固な基盤づくりのスタートが切られた。
強豪ブランドひしめく激戦区へ
ユニクロが初出店する「モール オブ アジア」は、首都マニラ、ベイエリアにあって総床面積が東京ドーム八個分というアジア最大級の巨大モールである。ファッションブランドが一堂に揃ったアパレル激戦区として、また観光スポットとしても人気を集めるこの施設は、フィリピン全土からの消費者や旅行者が集うこの国随一のショッピングモールである。その一画に、施設内最大級の売場面積四七〇坪という大型店舗で乗り込んだ久保田勝美FRフィリピン最高執行責任者(四九歳)に話を伺った。
「参入前に調査したところ、ユニクロのブランド認知度は一六パーセント程度しかありませんでした。おそらくこれまで出店してきたアジア諸国の中ではダントツに低いところからの出発です。しかし、これは残念なことであると同時に、もしかすると大きなアドバンテージかもしれません。なぜなら、そこには固定観念や先入観がなく、私たちが伝えたい価値を丁寧に、順序立てて、真っ正面から語りかけていける大きなチャンスでもあるからです。
二月に記者発表会を行ってみて感じたのですが、ユニクロという会社の実態が伝わるにつれて、凄い会社がやって来るらしいという強い期待感が盛り上がっていることも事実です。フィリピン市場にとっては久々の大型海外ブランドの進出です。当然、他の競合ブランドに伍して、ユニクロは一体どういう価格帯の、どんな商品で勝負してくるのだろうという関心があります。ただ、私たちが念頭においているのは、ユニクロが掲げているMade for allという理念をどうやったら本当にこの国で実現できるだろうかということです。
ご存じのように、皆が皆、高い所得を得ている国ではありません。また一方で、私たちはグローバルに展開しているユニクロの商品、サービス、コミュニケーションに対する一定の価格帯を持っています。ですから、フィリピンであるから特別に廉価版を用意して商売するのではなく、ユニクロ本来の良さをきちっとお客様にお伝えして、その上で商売をさせていただく。これこそユニクロがこの国でビジネスを始める際の大きなチャレンジではないかと思っています。さらに言えば、今後アジアの中でユニクロが本当に受け入れられていくかどうかの大きな試金石だと考えています」
とはいえ、ユニクロの店舗の周辺には、ZARA、FOREVER21、GAP、無印良品など、世界の強豪がひしめき合っている。そこに食い込んで勝負を仕掛けていくうえで、現在のフィリピン市場における消費者の動向はどのようにとらえられているのだろうか。
「四月末からオープンまで UT VOTE & WIN!というTシャツのwebプロモーションを実施しました。その際、価格についても聞き取りを行いましたが、手ごたえは悪くありません。確かにこちらで出回っている衣料品には低価格のものが溢れています。それに比べるとユニクロ商品は高価に違いありませんが、住宅だとか自動車といった耐久消費財に比べれば手の届く範囲です。むしろそうした身の回りの生活を向上させていくことで、自分たちの豊かさを実感したいと考えているのが、いまのアジアの中間層の消費動向です。
ですから、月並みに聞こえるかもしれませんが、Made for allということをしつこく繰り返して説明しています。私たちは上辺で商売をしているのではなく、良質な商品を適正価格でお客様にお届けするのだ。つまり、衣料を通じてお客様により良い価値を提供するのだ、という私たちの姿勢をきちんと伝えることが大切だと思っています。
町の屋台などで売っているデニムのジーンズは三〇〇円、Tシャツは大体一〇〇円です。われわれはその一〇倍くらいのものを売っていくわけです。しかし、オートバイや液晶テレビのように絶対額が高いわけではありませんから、価値がちゃんと伝われば、買って良かったと思ってもらえるはずです。『このTシャツはすごく肌触りが気持ちよくて、何回洗っても色褪せない。乾くのも早くて、とてもいいね』と実感してもらい、それで家族が幸せになればこんなありがたいことはない。ユニクロが掲げているのは、衣料品を通じて社会の繁栄、豊かさを提供していきたいということです。それを本当に実現するチャンスがこの国にはあるのだと思います」
躍進する中国市場での人材育成
さて、そういう挑戦において重要になるのは、実際に店舗を担っていく人材育成の部分である。この点については、先行事例としてすでに驚くほどの実績を上げている中国市場における展開を、総責任者である潘寧グループ上席執行役員に伺った。
「中国は二〇〇二年に上海で二店舗オープンしてから、今年の九月三〇日でちょうど一〇年になります。いろいろな試行錯誤がありましたが、この四月二八日には一〇店舗、二九日に一店舗オープンして、いまや中国全土では一三五店舗という状況です(その他に香港は一六、台湾は一七)。柳井社長からは一〇〇〇店舗という目標を言われていますが、そうなると、いよいよ重要になってくるのが店を支える人材の育成です。まず新卒の採用は、将来のビジネスパートナーを選ぶという意味で、私自身が全力で取り組んでいます。すべて最終面接を自分で行うというのは並大抵のことではありません。しかし、必ず自分でやるということがいかに重要であるかを年々痛感しています。人材確保はそれほど重要です。
次には採用後の教育です。ひとつは具体的な店舗運営のスキルの部分です。これに関してはユニクロ大学という組織がありますので、各地区と本部とそれぞれ連携を図りながら、プログラムにのっとって短期間で習得してもらうことをめざしています。もう一つがユニクロの企業理念やFRウェイと呼ばれる『志』の部分を共有することです。これは毎月どこかの拠点に出向いて、その周辺の店長や参加できる人をできるだけ集めて研修とダイレクトミーティングを、定期的に行っています。中国はなにぶん広いですから、四つの地域に区分した上で、私ともう一人のCOOとで手分けして順に各所を回っていきます。具体的な商売に関しては地域差があるのは当然ですが、こと人材育成に関しては西にいようが北にいようが、同じように習熟してもらわなければなりません。『FRの精神と実践』というテキストを基にしながら、私たち自身が経験し体得してきたこと、先輩から教わってきたことなどを直に語りかけながら、彼らの話にも耳を傾けます。こうして一体感を築くことが重要な仕事です」
海外事業を成功させるために
ここで明らかなのは、基本的な商品知識、店舗運営のスキルの習得は当然のこととして、それ以上にユニクロの企業理念を十分に咀嚼し、表現できる人材育成の重要性である。フィリピン店ではオープニングをめざして一〇人の店長候補と一〇八人の店舗スタッフ候補が猛トレーニングを積んできた。店長候補は昨年末に採用したが、おそらくユニクロがこの国でビジネスを成功させるかどうかの最大の鍵を握るのは彼らである。久保田氏にこの点を尋ねてみた。
「彼らを面接する際に言ったことは、日本から大手のグローバルカンパニーが来て、そこでいい職を得られると思ったら大間違いだ、ということです。われわれにとってこの立ち上げというのは、たった一回しかないフィリピンでの創業なのだと。その意味で創業者の一員になってもらわなければならない。われわれはそういう人を求めている、と。
さらに大事なのは、海外事業を成功させるためには、必ずミスター・ユニクロ、あるいはミズ・ユニクロ・イン・フィリピンという存在を作れるかどうかが重要になります。たとえば中国の潘寧さんは自他ともに認めるミスター・ユニクロ・イン・チャイナです。ユニクロのことを心の底から理解し、そのビジネスを中国でしっかりと根づかせたいと全身全霊を傾けている。日本語は上手ですが、元々は中国の方です。ああいう方がいるので、中国ビジネスは非常に成功していると私は思っています。であれば、私たちはこの事業でそれに続く人をフィリピンで育てたいと思っています。そして、その手応えも徐々に感じ始めています。
具体的には、店長候補の中に将来ユニクロをグローバルに広めていく上で、ミッショナリー(伝道師)のような役割を担えるポテンシャルを感じさせる人がいました。フィリピンはアジアの真ん中に位置しています。東京、シンガポール、ジャカルタ、アモイ、どこへ行くにも三時間半くらい。海外で働くことにも抵抗感があまりなくて、英語をベースにしたコミュニケーション能力も高く、何より人と一緒に何かをするという対人関係に秀でたところがあります。ですから、こうした人材はユニクロの将来にとっても大きな財産になり得ると思うのです」
さて、久保田氏は元々はYKKに入社し、ブラジル、アメリカ、メキシコ、シンガポールを歴任。そしてユニクロに入社後は、ベトナム、ロシアを経て、今度が七ヵ国目の海外勤務である。今回の仕事の面白さは何か、そして自らの経験知で最大の強みは何か――単刀直入に聞いてみた。
「まず新規の立ち上げだということが魅力です。これまではその場所の二代目、三代目だったのですが、今回はゼロから作っていくというのが一番の楽しさです。自分の強みといえば、異文化の相手とフェアにコミュニケーションする力でしょうか。よく思うのですが、コミュニケーションのうち、三〇パーセントは純粋な言語力です。三〇パーセントは自分を正しく伝える力、三〇パーセントは相手を正しく理解する力、残りの一〇パーセントが愛嬌だと思っています。このバランスで構成される一〇〇パーセントをこれまでの海外事業の中で自分なりに培ってきたと思っています。振り返れば、行った先々の国で自分の価値観が徐々に磨かれてきました。ですから今回も、この国で仕事をすることで、自分自身の幅が少しでも広がって、一歩でも善き人に近づけたらと願っています」
ユニクロは現在、アジアを最大の成長機会ととらえ、今後ますます出店を加速させたいと考えています。2012年5月末現在、ユニクロの店舗数は日本849店、海外275店、そのうち日本以外のアジア店舗は258店までに至っています。躍進する中国市場はもちろんのこと、東南アジアでは、シンガポール、マレーシアに続き2011年9月タイに初進出し、現在15店舗まで拡大いたしました。そして、いよいよ今年フィリピン初のユニクロがオープン、東南アジア市場での基盤を強固にし、さらなる飛躍、拡大を目指します。
「考える人」2012年夏号
(文/取材 : 新潮社編集部)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。