プレスリリース

2012年10月03日

ノバク・ジョコビッチ選手とのグローバル ブランド アンバサダー契約締結の舞台裏~「考える人」2012年秋号~

~「考える人」2012年秋号(新潮社)より転載~

アドバイザー
坂本正秀 (Sakamoto Masahide)

クリエイティブ・ディレクター
滝沢直己 (Takizawa Naoki)

 二〇一二年五月二十三日、ユニクロとジョコビッチ選手は、五年間のグローバル ブランド アンバサダー契約を結んだことを発表した。
 二〇一一年に全豪、全英、全米と制し同年七月にはATPランク一位を記録。帝王ロジャー・フェデラー、王者ラファエル・ナダルに独占されていた二強時代に終止符を打ち、世界テニスに新時代をもたらそうとしているノバク・ジョコビッチとはいかなるプレイヤーか。ユニクロは彼とともに何を目指そうとしているのか。ユニクロでアドバイザーを務める坂本正秀氏にうかがった。

強靱な精神と、大きな心

「ジョコビッチ選手は、近年もっとも急成長を遂げているプレイヤーといっていいでしょう。派手さはなく、世界の強豪を相手に徹底的に食い下がり、必ず結果を出す。そんなしぶといプレイスタイルは、彼がセルビア出身であることが大きく影響していると思います。
 ご存知のようにこの国は長く不幸な状態にあり、一九九六年、ついにコソボ紛争に突入しました。十二歳のときにジョコビッチはドイツのミュンヘンにテニス留学しましたが、いわゆるスポーツエリートではありません。政情不安が極まるなか、息子の才能に賭けた両親がすべてをなげうって、彼を逃がしたのです。二年後に帰国した彼が目にしたのは、空爆によって荒廃した街でした。以前、彼はBBCのインタビューでこう語っていました。自分はHow to playを学んだことはない、How to winを学んできた。ほかの子どもは、ボールの打ち方から入るけれど、僕は初めから勝ち方だけを考え、生き延びるためのテニスをしたと。これは並大抵の精神力ではないですね。できるだけ少ない試合で、効率的な回り方をしてトップに近づくということをわずか十四歳くらいから計算してきたわけですから。世界の中でもこれだけサバイバル能力を身に着けたプレイヤーは稀だと思います。
 ジョコビッチはフィジカルにも恵まれていて、長身でしかも機敏、スタミナがあって関節が柔らかく強い。そして、どんな局面においても冷静で、相手の心を読み、試合を支配できます。野性的なクレバーさとメンタルの強さは、世界のトップになるための必須条件です。
 そういう有望な選手として知ってはいましたが、彼に注目したきっかけは、二〇一一年三月のカリフォルニアの大会でした。ジョコビッチ選手の膝のサポーターに、SUPPORT TO JAPANという文字があったのです。日本が大震災でいま大変なことになっている、自分もセルビアで困難な時期を体験したから、日本をサポートしたいんだ、とメディアに答えていました。さらに驚いたことに、ジョコビッチは錦織圭選手にも声をかけて即座にサッカーのチャリティマッチを企画、ナダルやマレー、フェレール、ベルダスコといった綺羅星のようなテニスのトッププレイヤーを集め、米国サッカーリーグ2部のフォートローダーデール・ストライカーズと対戦して、なんと四千人も動員したんです。この収益は全額、日本のために寄付されました。
 彼のユニークなところは、コートではあくまでストイック、オフでは一転して茶目っ気たっぷりでおもしろいんです。かつて『コートのダダっ子』と称されたジョン・マッケンロー氏を解説席から呼び出して、そのプレイスタイルを真似てエキシビション・マッチをやったり。子どもが好きで、母国セルビアに自身の基金『ノバク・ジョコビッチ・ファウンデーション』を設立して子どもたちのための支援をしたり、テニスアカデミーをつくってプレイヤーの育成もしています。勝つことへの執念と、頂点に立つことの責任感、そして恵まれない人々を思いやる気持ちが桁外れに大きい。そういった資質もふくめて、世界一をめざすユニクロの活動との親和性が高いはず、と柳井社長にジョコビッチ選手のことを紹介しました。ジョコビッチ選手も、当初は錦織圭選手のウェアのスポンサーとしてユニクロの名前を知っているくらいでしたが、そのクオリティやCSR活動について認識を深めるとともに、非常に共感をもってくれたようです。
 五月にユニクロとジョコビッチ選手のグローバル ブランド アンバサダー契約が結ばれました。その後のウィンブルドン準決勝では、フェデラーと対戦して敗れ、惜しくも連覇を逃したのですが、『……今日は残念だったけれど、かならずグランドスラムをユニクロに持ってくるから。安心して!』というメッセージをもらいました。彼と一緒にどこまで行けるか、私たちはとても期待しています」

彼の哲学をかたちにしたい

 二〇一二年八月二十二日、ニューヨーク五番街のユニクロ旗艦店で、ノバク・ジョコビッチ選手が全米オープンで着用する公式試合用ウェア・モデルのレプリカ発売が発表された(現時点では米国限定販売)。このラインを手がけたクリエイティブ・ディレクター滝沢直己氏は、その経緯をこう説明する。
「五月の全仏オープンから、ジョコビッチ選手のテニスウェアすべてをデザインしています。ノバク・ジョコビッチのウェアをデザインするための私のインスピレーションの源泉は、ノバク・ジョコビッチ自身でした。私は彼の母国セルビアについてリサーチすることから始めました。国旗に描かれた鷲の翼の曲線の美しさにインスピレーションを得た私は、イメージの中で、ジョコビッチ選手の身体のフォルムに沿ってラインを入れ始めました。
 素材は東レが開発した、吸汗、速乾性にすぐれ、過酷な炎天下の試合においても選手の負担を最小にするような画期的なものです。さらに、ソックス、キャップ、リストバンド等、一見付属品に見えるようなグッズ類も選手独特のこだわりが出るところです。細心の注意を払いながら制作しなければ、やはりパフォーマンスへ影響が出る要因になりえます」
 ノバク・ジョコビッチ選手は、こんなコメントを寄せている。
「私はユニクロのデザイン哲学にたいへん感動しました。トーナメントの合間を縫って、われわれは素材、加工、縫製、色などデザインの根本から細部にいたるまで、徹底的に話し合いました。滝沢さん率いるクリエイティブ・チームは、コートでのプレイヤーのパフォーマンスにおいてウェアの諸要素のバランスがどれほど重要であるかを完璧に理解していました」
 ふたたび、滝沢さんが語った。
「アスリートのためのウェアをデザインするとき、私は着用者の性格や身体の動きの流れを知るため、つねに過去の試合をDVDなどを見ながら研究します。ジョコビッチ選手はいつも相手選手以外の何かに耐えているような、ストイックな雰囲気を湛えていました。初めは気性の激しい人かと思ったのですが、実際に会ってみると、むしろ静の気を持ちながらうちに青白い炎をゆらしているというような、日本の武道家の持つエネルギーのようなものを感じました。僕も剣道は有段者ですが、剣道の高段者と立ち合うと本当に静かなんです。それでいて次の瞬間に来る爆発力がすごい。無言のうちに追い詰められている、それに近い感覚がしました。西洋の格闘家はボクシングやレスリングにしろ、つねに動の気を発し続けているように感じますが、それとは対照的です。
 ジョコビッチ選手は、静の瞬間から、動にうつり、また静に戻るという動きの流れが美しい。彼の持つあらゆる美意識の中に哲学を秘めているように感じます。その点で、ユニクロの考え方や理念、デザインを反映することのできる理想的な個性をもっていると思いました。いうまでもなく、非常に強い個性です。最初にジョコビッチ選手と会ったとき、私はスポーツウェアにありがちなギミックなデザインではなく、シンプル且つ機能美のあるデザインでなければならないと思いました。
 私は彼のテニスが正統派なのか、個性派なのかはよくわかりません。しかし、彼のプレイを見ているとバランスがいい。それは身体的なものと精神的なもの、両方が実にバランスよく存在していて、またそれぞれが融合しているのです。そのためかジョコビッチ選手の動作は、非常に美しく見えます。
 世界ランクのトップ争いにしのぎをけずるジョコビッチ選手ですが、闘争心以外の何かに突き動かされてテニスをしているのではないか。欲や自分の勝利のためではないように思えてなりませんでした。
 話してみると、ユニクロのウェアをみんなに着て欲しいというのは、自分が勝つことによって、勝利というエネルギーをほかと分かち合いたいという理由だったりする。ユニクロは世界中で流通している、だからこそユニクロと一緒にやっていきたいのだと。
 彼はそれを闘いのモチベーションにもしています。彼が試合で着用しているウェアを着る子どもたちが沢山増えることによって、勝利のパワーをシェアできると彼は信じているのです。欧米、アジア諸国、日本でも、そして彼の母国セルビアでも。自分が勝つことによって得たパワーを、シェアしたいと思っている。それ自体が、非常に貴重な勝利への動機のように感じるのです」
 ジョコビッチ選手は、テニスウェア以外のユニクロの高品質な素材、たとえばカシミヤのニットやスーピマコットンのシャツもお気に入りなのだという。年間を通じて過酷なサーキットに耐えるアスリートにとって、オフのウェアの快適性は貴重なものにちがいない。
 ユニクロは、今後さまざまなウェアについて、ジョコビッチ選手の助言・提言を受けて、共同開発する意向だ。また、CSRを含めた社会活動のアドバイザーとしても期待を寄せている。
 ノバク・ジョコビッチ選手のコートでの手に汗握る闘いとともに、オフコートでのスケールの大きな活躍が、ユニクロとともに始まろうとしている。

Novak Djokovic
1987年5月22日生まれ。セルビア・ベオグラード出身。2011年度ATP世界ランキングNo.1のプロテニス選手。2008年、2011年、2012年の全豪オープン、2011年のウィンブルドン、USオープンでの優勝など、数多くのタイトルを獲得している世界トッププレイヤー。一方、セルビアにおけるUNICEF親善大使としても活躍しており、2007年からはNovak Djokovic Foundation(ノバク・ジョコビッチ基金)を設立。青少年の生活と教育について寄付活動を行っている。

ユニクロは、2012年5月23日より世界ランクNo.1(契約時点)のプロテニスプレイヤーであるノバク・ジョコビッチ選手との間で、5年間の「グローバル ブランド アンバサダー契約」を締結いたしました。この契約は、ウェア契約の域を超え、災害や貧困で苦しむ地域・人々に希望を届ける様々な社会貢献活動についても共に取り組むなど、ユニクロブランドの考え方を伝える存在として、ユニクロと同選手は協力をしてまいります。

「考える人」2012年秋号
(文、取材:編集部/ 撮影:平野光良(坂本正秀氏ポートレート))
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。