プレスリリース

2013年01月29日

ユニクロの新しいCSR活動の舞台裏[前篇]~「考える人」2013年冬号~

~「考える人」2013年冬号(新潮社)より転載~
子どもたちに夢と希望を
‘Clothes for Smiles’(クローズ・フォア・スマイル)プロジェクト

グローバルコミュニケーション部部長
遠藤真廣 (Endo Masahiro)

CSR部ソーシャルイノベーションチームリーダー
シェルバ英子 (Sherba Eiko)

10月16日、「クローズ・フォア・スマイル」プロジェクトの発表記者会見で。 五月二十三日に、ユニクロと五年間のグローバル ブランド アンバサダー契約を結んだ男子プロテニスのノバク・ジョコビッチ選手の勢いはとどまるところを知らないようだ。ATP(男子プロテニス協会)ワールド・ツアーではシーズン終盤に実力を発揮、二年連続で年間ナンバー・ワンの座を獲得した。
 また、故アーサー・アッシュ選手の功績を記念して制定されたATP年間表彰の一つである二〇一二年度のArthur Ashe Humanitarian Awardにも選出された。これは、人道的活動に顕著な功績のあった選手を対象とするもので、母国セルビアにおけるユニセフ(国際連合児童基金)親善大使としての活躍、二〇〇七年に設立したノバク・ジョコビッチ基金における活動(青少年の生活と教育に関する寄付活動)などが評価されての受賞である。
 ユニクロがジョコビッチ選手とスポンサー契約を結ぶことになった背景には、選手として伸び盛りの時期を迎えた同氏の今後のさらなる飛躍への期待や、世界的な知名度、好感度と併せて、その人間的な魅力、とりわけ社会貢献活動に対する積極的な姿勢が高く評価されたと言われている。そのあたりの経緯について、グローバルコミュニケーション部の遠藤真廣部長に話を伺った。

従来のウェア契約を超えて

「今後さらにグローバルなビジネス展開をめざしているユニクロとしては、自分たちのブランドを世界中の人たちにより広く、深く知っていただく必要があります。その点、ジョコビッチ選手は世界ランキング・トップの実力とともに、欧米、あるいは中国、台湾などでたいへん知名度の高い選手です。実際、この契約締結のニュースが流れた直後から、世界中のさまざまなスポーツ関係者たちから、驚くほどのスポンサー依頼が私たちのところに来ています。それほど、彼との契約がもたらすインパクトは大きいということです。
 それと、ジョコビッチ選手は二十五歳と年齢は若いのですが、精神的にも成熟した、非常に芯の強さを感じさせる人物です。彼と会った人は誰もがその人柄に感銘を受けます。前号でも紹介されていましたが、東日本大震災が起きた時、SUPPORT TO JAPANという文字の入った膝のサポーターをつけて大会に現われたこと。さらには、錦織圭選手にも声をかけて、世界の一流テニス・プレイヤーをズラリと揃えたサッカーのチャリティマッチをいち早く実現させ、その収益を全額、日本への寄付に充てました。
 そういう彼の発想や実行力を知るにつけ、ユニクロがめざしてきた企業理念と非常に響きあうものを感じました。ですから、彼に白羽の矢を立てた理由は大きくふたつあります。ひとつは、先ほどのような意味で、ユニクロというブランドのグローバルな認知度を高めるための媒介者になっていただきたいという期待。もうひとつは、ユニクロがどういう会社であるか、何をめざしている会社であるかということのメッセンジャーとしての期待です。つまり我々が衣料の生産・販売を通じて『世界を良い方向に変えていく』ためのCSR活動にも真剣に取り組んでいることを知ってもらう上で、ジョコビッチ選手は最適の人物だと判断したのです。
 そこで考えたのが従来のウェア契約の域を超えた新しいスポンサードのあり方でした。つまり、ユニクロが開発したテニスウェアを着用して、試合に出場していただくのはもちろんですし、ジョコビッチ選手の意見をユニクロの商品開発に活かして、テニスウェアに限らず、ユニクロで販売する各種カジュアルウェアにも反映していくことを考えています。ただその上に、私たちのCSR活動においても何か一緒に手を携えてできることはないだろうか、と何度も協議を重ねたのです」

都内で開かれた子どものテニス教室に参加したジョコビッチ選手。

CSR活動の次の基軸

 その結果が公表されたのは、十月十六日だった。初来日したジョコビッチ選手を迎えて、'Clothes for Smiles'(クローズ・フォア・スマイル)プロジェクトが発表されたのである。これは、世界中の子どもたちのために十億円規模のファンドを設立し、これからの未来をつくる彼らにさまざまな夢と希望を提供していこうという計画である。
 ファンドの目的は二つあって、それぞれが五億円規模になる。一つは、ファーストリテイリングが日本企業としては初めてユニセフとグローバルアライアンスを結び、世界中の子どもたちの教育環境改善に関するプログラムを支援していくというものだ。まずはバングラデシュ、中国、フィリピン、セルビアの四ヵ国でスタートし、徐々に支援国を拡大していこうという予定である。
 もう一つは、五億円のファンドの活用方法のアイディア自体を、世界中の人々からインターネットで募集しようという企画だ。子どもたちの未来を切り開いていくようなイノベイティブな提案を、世界中からどんどん投稿してもらいたい、という呼びかけである。
 これはさっそく発表当日から、特設ウェブサイトで募集を開始し、投稿は十三ヵ国語で受け付けた。すでに十二月末で締め切られているが、三十一ヵ国、二百八十九件の提案が寄せられた(十二月十七日現在)。過去に例を見ない革新的な試みだ。
 これら総額十億円という子ども支援ファンドについて、担当であるCSR部のシェルバ英子さんにお話を伺った。
「まずこのプロジェクトの位置づけなんですけれども、これまで私たちが手がけてきたCSR活動では、たとえば障がい者雇用の促進であるとか、障がい者の社会参加支援であるスペシャルオリンピックスの活動とか、あるいは二〇〇六年にスタートした『全商品リサイクル活動』のような難民支援といった、社会的に弱い立場にある方々をサポートするプログラムが中心になっていました。あるいは二〇一〇年にバングラデシュで始めた『ソーシャルビジネス』のプロジェクト。これは地元のグラミン銀行と一緒になってバングラデシュの貧困層の雇用創出だとか、衛生面の改善であるとか、そういった活動をビジネスと絡めながら行ってきました。それから東日本大震災をはじめとする災害被災者を対象としたCSR活動がありました。
 これらの活動は今後ももちろん継続していくつもりです。ただ最近よく議論されていたのは、こうしたCSR活動と同時に、次の世代に対する何らかのサポートを考える時期に来ているのではないか、ということでした。つまり、CSR活動の次の基軸として、子どもたちという未来を担う存在に焦点を合わせた新たな展開に取り組んでみてはどうか、という意見が出ていました。そこにジョコビッチ選手との出会いがあったのです。彼がセルビアのユニセフ親善大使を務めていて、自ら母国で子ども支援の基金を運営しているということが分かりました。ならば、ジョコビッチ選手の力も借りながら、彼自身にも加わっていただく形で、ユニクロの新しいCSR活動ができないだろうか、という話し合いが始まったのです」

世界中からアイディアが

 それにしても十億円というのはかなり大きな規模である。今後はどのような流れになるのだろうか。
「ファンドの原資は、二〇一二年秋冬シーズンに販売する、ユニクロのヒートテックとウルトラライトダウンの売上の一部から拠出することにしています。したがって、お客様もこれらの商品を購入することによって、活動に参加できるという仕組みです。
 ユニセフとのグローバルアライアンスに関しては、教育や学校問題の改善を中心にしたサポートで、まずは私たちにとって関わりの深いアジアの三ヵ国と、ジョコビッチ選手の母国セルビアの四ヵ国を手始めに、五年間で五億円の支援をする予定です。
 もう一つのアイディア募集のほうは、実際にやってみないことには予想がつかないところもありましたが、私自身は『非常にやりがいがある』と受けとめていました。実際、現時点で二十六ヵ国から?百五十二のアイディアが寄せられています(二〇一二年十二月七日時点)。その一部をご紹介しますと、世界中の子どもたちがスポーツや芸術の楽しさ、素晴らしさを体感するチビリンピック、壁うちスポーツを世界中の子どもたちが楽しむユニクロドリームウォール、難民の子どもたちが思い思いの服をきてパレードするプロジェクト、南米チリにおける就学前児童が心豊かに育つためのコミュニティプレイルームの設立などです。
 投稿を国別に見ると、日本がやはり多くて、それからセルビア。日本の方も、目は海外に向けられているアイディアが多いのが特徴です。ジャンル別にいうと、教育・職場体験、児童支援、文化・芸術、国際交流、スポーツなど、わりあい均等に分かれています。いずれも子供たちに夢と希望を与えていこうという未来志向のもので、私たちの意図を理解していただいたことが分かります。
 流れとしては、この後事務局で選考を行い、それから審査員であるジョコビッチ選手、安藤忠雄さん(建築家)、ムハマド・ユヌスさん(ノーベル平和賞受賞者)、川井郁子さん(ヴァイオリニスト)そして柳井正社長による最終選考を行う予定です。圧倒的に面白いアイディアがあれば、五億円をすべてそれに充てるという可能性もありますが、おそらくはいくつかのアイディアが選ばれることになると思います。実行に向けては、実施エリアをどうするのか、実施の順序をどうするのか、といった、いろいろな検討課題が出てくると思います。アイディアに対してどれくらいのお金が妥当であるかとか、お金は一括で渡すのがいいのか、分割するのが適当かとか、現実的な問題がいくつも生じると思います。何しろ初めてのことですから、試行錯誤の連続になるでしょう。
 ともあれ、選考結果は二〇一三年三月にウェブサイトなどで発表の予定です」
 'Clothes for Smiles'のプロジェクトが発表されたその日、都内ではジョコビッチ選手を招いた子どものテニス教室が開かれた。ジョコビッチ選手は二十人の小学生を相手に、テニスのフォームのお手本を示したり、子どもたちと実際にラリーに興じたり、初来日のひと時を楽しんだ。そして、最後に「いつも笑顔でテニスを楽しんでほしい。みんな才能があります。夢を持ち、自分はできると信じることを忘れないで! 僕もそうやって夢を叶えたんだ」とエールを送った。

「スマイル!」と子どもたちに声をかけていたジョコビッチ選手。

ユニクロは柳井正社長とプロテニス選手のノバク・ジョコビッチ選手が共同発案した'Clothes for Smiles'(クローズ・フォア・スマイル)プロジェクトを発足させました。これは世界中の子どもたちのために10億円規模のファンドを設立し、彼らにさまざまな夢と希望を提供していくことを目的とするもので、原資はこの秋冬シーズンに販売される、ユニクロのヒートテックとウルトラライトダウンの売上から拠出されます。

「考える人」2013年冬号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。