2013年04月05日
「AIRism comfort unlimited」の舞台裏[前篇]~「考える人」2013年春号~
~「考える人」2013年春号(新潮社)より転載~
あらゆる人の肌に究極の心地よさを
この時代の潮流をあらわすキーワードとして、いま改めて注目されている言葉のひとつに「コンフォート(comfort)」がある。単なる「快適さ」ではなく、より本質的でシンプルな心地よさに向かって、人々の意識や志向が動き始めている―。衣食住の生活スタイルはもとより、人間関係においても、人々はコンフォートに掛け値ない価値を見いだすようになってきている。
三月十九日、ユニクロは新しいグローバル戦略ブランド「AIRism(エアリズム)」を発表した。
世界中の人々に空気のような心地よさを提供し、日々の生活を快適に変えていく。―そのエアリズムのコンセプトを端的に表現する言葉として用いられたのが、まさに「コンフォート・アンリミテッド(究極の心地よさ)」である。
ユニクロの代名詞といえば、いうまでもなくヒートテックである。二〇一一年、全世界で売上枚数一億枚を突破したヒートテックは、冬の着こなしを変えた機能性インナーとして世界中に浸透している。その一方で、春夏を代表するインナーウェアとして、二〇〇七年に発売されたウィメンズの「サラファイン」、翌年発売のメンズの「シルキードライ」も、そのすぐれた機能性によって高い評価をかち得てきた。二〇一一年までの累計販売枚数・約五四〇〇万枚、また直近二年間では二〇一〇年の一六六〇万枚から二〇一一年の二八九〇万枚へと著しい伸長を見せていることが、それを何よりも実証している。ことによると、ヒートテック以上の潜在需要が眠っているかもしれない。エアリズム発表の舞台裏にはそうした戦略展開の読みがあった。
ユニクロは、今後ヒートテックに次ぐグローバル戦略ブランドとして―シルキードライ、サラファインの商品特性を継承しながら―「世界で通用するユニクロの機能性インナーの2大ブランド」としてエアリズムを展開していく。そして春夏に限定するのではなく、年間を通じてこのブランドの快適性―肌着としての革新性を訴え、新たな生活スタイルの提案とともに浸透を図っていく考えである。グローバルコミュニケーション部の遠藤真廣部長にお話を伺った。
暑いなら「着る」
遠藤「ヒートテックのいいところは、メンズ、ウィメンズ、キッズ、ベビーと、同一ブランドのもとに、同じ機能特性の多様な商品を提供し、それをお客様に喜んでいただいているという点です。発熱して保温するという基本特性を、ひとつの名称のもとでしっかり伝えていけることのメリットは計り知れません。そこで、インナー(肌着)についても同じような展開はできないだろうか、いやそうすべきではないか、という検討がしばらく前から行われていました。特にユニクロがグローバルブランドとして成長していく際には、商品を思い切って統合すべきだ、という議論がありました。
そこで生まれたネーミングが、『AIRism(エアリズム)』です。
エアリズムとは、繊維の極細化を追求することで空気のように軽くて、着ていることを忘れてしまうような滑らかな肌触り、涼しさ、速乾性などの心地よさを作り出すという、新しい肌着のコンセプトです。
最初は、合繊ということで抵抗を感じられた方がないわけではありません。肌着といえば綿が常識で、合繊というと見た感じもあまりしっくり来ないという声もありました。しかし実際に着用した方からのコメントは、『ものすごく気持ちいい』、『肌触りがいい』という好感触でした。また売上もそれを裏付けるように毎年伸びてきています。私たちも大いに自信を得て、これならユニクロにふさわしい提案ができるのではないか。つまり、これまでの常識を変える新しい肌着との付き合い方―暑いから脱ぐのではなく、『暑いからこそもう一枚着る』ことでより快適な夏を、というアピールをしていこうと考えました」
具体的に言えば、気温、湿度ともに上昇する春夏というのは、ややもすると、涼しさを求めてインナーを着用しない傾向がある。しかし、これでは実のところ汗のべたつきや衣服内の蒸れなどの不快感からは解放されない。むしろ逆に、機能性インナーをトップスの下に着用し「重ね着」することで、衣服内の湿度を抑え、暑くて湿気の多い夏でも快適に過すことが可能になる。暑いから「脱ぐ」のではなく、暑いならエアリズムを「着る」ことで、この季節をより快適に過そう、という夏の新常識を提案したのである。
着ていることを忘れてしまう
遠藤「もう一つは、エアリズムのような春夏のインナーを冬にも着ているという方が実はいらっしゃいました。お伺いすると、ヒートテックもいいけれど、冬は冬でそれなりに汗をかく時もあるし、とにかく肌触りがよくて、着用感をあまり感じないから手放せない、とおっしゃるのです。つまり、暑い、寒いというよりもう一つ上位の概念として、本当にコンフォート=快適な肌着ということがあるのではないか。エアリズムはそれをもっとアピールして、このポジションで勝負すべきなのではないか、と考えたのです。
ヒートテックは本当に分かりやすいブランド名です。寒い時に生活を温かくしてくれる。名前を見れば機能が一発で分かる。一方、シルキードライとかサラファインというのは機能を語っていなかった。といって単純に『クールテック』にすると、オールシーズン対応という点からずれてしまう。冬場に喜んでくださっているお客様も実際にいらっしゃるわけだから、それをわざわざ狭める必要はありません。では何を価値として訴求すればいいのか。その時に、もうひとつ上位の概念として、本当の快適さとはこういうことなのだ、というメッセージが大事なのではないか、ということになりました。そこで、『エアリズム コンフォート・アンリミテッド(究極の心地よさ)』というコンセプトが生まれました。オールシーズン、あらゆる人の肌に究極の心地よさを提供する肌着―というメッセージです」
大型キャンペーンが始まる
ユニクロは、世界共通ブランドへの統一、世界市場での展開という大勝負をかけるにあたって、世界的に有名な二人を大々的なキャンペーンに起用することを決めた。ひとりは男子プロテニス世界ナンバーワンのノバク・ジョコビッチ選手である。実はジョコビッチ選手は、以前からゲームウェアの下にエアリズムを着て何度も戦ってきたという。掛け値なしのエアリズム派であったのだ。そしてもうひとりはバレリーナのポリーナ・セミオノワさん(元ベルリン国立バレエ団プリンシパル、現アメリカン・バレエ・シアター所属)。
キャンペーンの立ち上がりは、この強力な二枚看板で、一気にこのブランドを世界に刷り込もうという作戦だ。すでに日本でもジョコビッチ&セミオノワのコマーシャルが三月二十日から流れ始めているが、むしろこのインパクトをより強く受け止めているのは海外かもしれない。そして五月、六月はテニスの全仏、全英大会が控えている。この時期に照準を合わせて、エアリズムを売り込む秘策はすでに入念に進められているという。
本格的な夏を前にした日本やアジアではどうなのか。再び遠藤部長に尋ねた。
「梅雨の時期から、一般のお客様の声を広めていきたいと考えています。快適さを実際にどう感じていただけたか、それが日本の社会では非常に重要なメッセージになると思います。
一方、東南アジアは潜在的なマーケットとして計り知れない可能性を秘めているものの、現状では肌着を身につける習慣が根付いていないことも事実です。ですから、ポロシャツやUTの下にエアリズムを着ると、汗と湿気の不快感が減って逆に快適になる、ということを実感していただくところからスタートします。小まめにデモンストレーションやサンプリングを実施し、着用することでどんなに快適かをまず体感していただく。地元のインフルエンサーやメディアの力を借り、できるだけスピーディに浸透を図るつもりです。SNSなども最大限に活用しながら、『コンフォート・アンリミテッド』を一人でも多くの人に届けていきたいと考えています」
< Interview >
ゼロから作り出した新しいニーズ、「着心地ゼロ」のメンズAIRism
東レ株式会社 GO推進室
石川元一
最初のきっかけは、「合繊素材を使って新しい機能インナーをつくれないだろうか」という問いかけでした。以前から、ユニクロさんとはいろいろな分野で共同開発をさせていただいており、今回も同様に今までにない新しい衣類をつくりたい、というお互いの思いから始まったのです。
私どもは合成繊維のメーカーですが、メンズの肌着業界は、基本的に綿の市場です。ウィメンズでは、ランジェリーやファンデーションなど合繊が使われる場が多いけれど、メンズはまったくの未開拓地。参考になる先行商品は何もなくて、本当にゼロのところから新しいニーズを探っていきました。
キーワードは機能性と着心地
インナーは、とりわけメンズでは「ドライ」が切り口で、吸汗性と速乾性が勝負。綿は保水性が高く、汗を吸う反面乾きが遅く、重くなってしまう。綿素材の弱点を、繊維が内部で保水しない合繊でカバーできると考えました。ただ、通常のドライ機能をもつ合繊は固く、きしむような素材が多かったのです。それを、かつてなかったほど細い、ポリエステルのマイクロファイバーを使うことによって、しなやかな生地を開発しました。綿素材は洗い晒すうち硬くなり、型崩れしますが、ポリエステルは形態安定性にも優れています。抗菌防臭、消臭という夏のメンズのインナーとして必須の機能も加えました。
もう一つのポイントが着心地です。男性、特にビジネスマンはシャツの下にかならず肌着を着ますが、これまで綿中心の素材でした。一部、ヨーロッパの高級ブランドにシルキータッチや光沢をもつインナーがありましたが、コンセプトが違います。メンズの、ましてやカジュアルインナーとして、こういったつるりとした滑らかさや軽さは市民権をもち得るのか。着心地でも、肌着の常識を覆そうとしたわけです。
マイクロファイバーの革新
一番のポイントは糸。東レのポリマーの技術と、紡糸技術の合わせ技で、オンリーワンの糸を作り上げました。通常ポリエステルは染料を繊維内に押し込むような染め方ですが、エアリズムで使用するカチオン可染型ポリエステルは繊維と染料をイオン結合させます。発色性がよく落ちにくいという特徴があります。
ただし、このポリエステルを現在の〇・七T単糸繊度(毛髪の十二分の一)までマイクロ化すること、さらにその糸を仮撚りする工程で滑らかな風合いを損なわないように、通常の捲縮をつけずフラットにするのは非常に難易度の高い技術で、品質を安定させることも極めて難しい。しかも滑らかな生地だと糸の品質がダイレクトに出てしまいます。例えば糸の太さにほんの少しでもばらつきがあれば、生地の品位が下がってしまいます。
この糸は、石川県能美市にある工場の特殊な紡糸機が、ほぼユニクロのエアリズム専用工場として生産しています。染色と編み、縫製は中国など各国へと移りますが、ユニクロ生産部のサポートを受けながら難易度の高いオペレーションを実施しています。
生地の反発性についても、重要視した開発をしてきました。人間の体の曲線に、生地がフィットするからこそ、しっかり汗を吸い取って蒸散できる。さらに、滑らかであれば肌にとってストレスフリーです。エアリズムは、この糸、この生地がもっとも生きる製品なのです。
顧客の声が進化を促進する
二〇一二年より、マイクロファイバーの細さを二〇%アップしています。これは、「ふだんは快適だけど、通勤電車の中でちょっと蒸れる」といったお客様からの声がきっかけでした。通気性を上げるため、糸をより細くすることに挑みました。さらにそうすることによって、繊維間の空隙が導水管となって拡散性が高まり、蒸発しやすくなるので速乾性が高まるという構造です。すでに当初、もっとも細い糸を使っていたのですが、さらにその限界に挑戦しました。
二〇一三年には、アームホール、肩の縫製仕様を変えています。通常は肌に抵抗のある縫いしろを、特殊な縫い方で上からたたいて縫製しました。ショーツなどで行っている仕様ですが通常のインナーのトップスでは初めての試みです。工程がふえた分コストも上がりますが、これは追求する価値があったと感じています。モニターテストでは、スポーツをされる方がアンダーウェアとして着た時にも具合がいいという声を聞いています。
上下セットを、パジャマのかわりに着ているという話もよく耳にします。エアリズムのメンズは、接触冷感なども非常にすぐれていまして、暑苦しい夏の夜など、実に快適なのです。
服が生活を変える
いまユニクロと東レとは戦略的パートナーシップという形で、さまざまなことに取り組んでいます。お客様からの要望などは、企業にとってノウハウであり財産だと思いますが、商品開発の場面で有効な情報はどんどん共有させていただいていますし、ユニクロの求める水準は非常に高いものがあって、常に何かにチャレンジするということになります。
男性はこれまであまりインナーにこだわらなかったというか、選択肢もなかったけれども、綿一辺倒のマーケットが変わりつつあります。エアリズムがそのきっかけづくりになったことは、タイミング的にもとてもおもしろかったし、メンズのカジュアルインナーの本当に新しい系統を、今つくっているのだと思います。
「着たほうが、涼しい」というメッセージは、世界中の夏の服の着方を変えるはずです。
オールシーズン、あらゆる人の肌に“究極の心地よさ”を提供する肌着、それがエアリズムだ。とはいえ、特にこれからは気温、湿度ともに上昇する季節。機能性インナーを着用することによって、衣服内の湿度を抑え、汗のべたつきや蒸れなどの不快感から逃れることが大切になる。暑いから「脱ぐ」のではなく、暑いならエアリズムを「着る」ことで、この時期を快適に過す、というのが新しい常識になる。
「考える人」2013年春号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児(ポートレート、記者発表会)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。