2014年01月27日
“Clothes for Smiles”プロジェクトの始動[後編]~「考える人」2014年冬号~
~「考える人」2014年冬号(新潮社)より転載~
「服を選ぶ」喜びが子どもたちに与える希望
特定非営利活動法人ACC・希望代表
松永知恵子 (Matsunaga Chieko)
ACC・希望セルビア担当スタッフ
高橋真人 (Takahashi Mahito)
ファーストリテイリングCSR部
ソーシャルイノベーションチーム
岡元里奈 (Okamoto Rina)
セルビアの首都ベオグラードにある市立子ども文化センターに、精一杯のおしゃれをしてやってきた子どもたちの顔はどれも晴れがましく、これから起きる「いいこと」への期待に満ちあふれていた。
十一月九日(土)と十日(日)の二日間、“Clothes for Smiles”プロジェクトのひとつである「お買い物体験」が、開催された。
招かれたのは、ベオグラード近郊のカルジェリッツァ難民センター、オーラ難民センター、イヴォ・アンドリッチ初等学校ラーリャ分校、コバチチェボ社会福祉住宅、ポピンスキ・ボルツィ初等学校、ブルニャチカ・バニャ難民センターの子どもたち四百二十人とその保護者。
文化センター内ホールに特設されたユニクロの「お店」に入って、好きな服を自分で選ぶ「お買い物」体験ができる。経済的に困窮するなかではめったにできない経験だ。
育てたい「心の力」
ショッピングバッグを受け取った子どもたちがホールに入ると、まず目に飛び込むのは、ユニクロの社員が飾り付けたあでやかなマネキン。それだけで子どもたちの気分は一気に盛り上がる。そして、その奥には、店舗と同じように、ラックに美しく並べられた色とりどりのダウンジャケットやシャツが見える。迎えてくれるのは、そろいのTシャツと法被をまとった日仏英米のユニクロ社員たち。
プロの接客を受ける子どもたちは、ちょっと大人になった気分を味わいながら、ウキウキと服を手に取っていく。一人一人に手渡された買い物券(バウチャー)には、インナー、ジャケット、パンツ、シャツの四種が記され、それぞれ好みの色や柄を選ぶことができる。上から下まで、一度に四つもの新品の服を手に入れることなど、難民センターの子にとってまず経験のない出来事だ。大喜びで品定めをする子どもの中に、一人「バウチャーが破れてしまった」と泣いている子がいたという。それほど貴重な買い物券と感じたのだろう(もちろん、その子は欲しいものをきちんと手に入れた)。
ひと通り選び終えると、本物の店舗のように〝レジ〟に行き、ユニクロの白い袋に納めてもらう。実際には、無償で提供された衣類を受け取っているのだが、子どもたちにとっては、本当に買い物をしたような気分が味わえる。そこに意味があると、この企画を提案したACCの松永知恵子さんは言う。
「『晴れ』と『け』でいうと、子どもが成長していく上で『晴れ』の経験はとても大切です。あぁ楽しかったという思い出を持つことが重要なのです。でも、難民センターでの暮らしではそれがなかなか得られません。
私たちが活動を通して実現したいのは、たとえささやかでも、生活の中で喜びや楽しみを見つけていける『心の力』が子どもたちに宿ること。自分で好きな服を選ぶという『晴れ』の体験は、自己表現やアイデンティティの形成にもつながる貴重な機会だと思っています」
松永さんは、「お買い物ごっこ」のような「遊び」の重要性について、ニュースレターでこう書いている。
ZDS(ACCの姉妹団体として協働関係にあるセルビア共和国のNGO、Zdravo da ste)のベスナ・オグニェノビッチは、旧ソ連の発達心理学者レフ・ヴィゴツキーの理論を引用して、子どもと遊びの関係を次のように述べています。
「子どもは遊びのファンタジーの世界で実年齢よりも一-二歳上の世界を体験し、その精神空間こそが子どもが健やかで柔軟な心の成長を遂げていくために不可欠なものなのだ」
戦争などの危機的状況下では、ファンタジーが子どもの心の世界から奪われていき、戦争ごっこや暗い色使いの絵など、遊びと危機的な日常生活が直結してしまうのです。「遊び」が奪われた日常性の中にある子どもたちに、「遊びの枠」を外側から持ち込むことで、生きる力、生き抜く力を子どもたち自らが育む(後略)
また、心理学者E・エリクソンは、「遊びそのものに治癒力がある」と説いている。
大好評だった日本文化紹介
手に入れたばかりの服を身につけた子どもたちは壇上にあがると、音楽にあわせて踊ったり、それまでのワークショップで作った自作のTシャツを広げてみせるなど、喜びを身体で表現してみせた。子どもの誇らしげな姿を見る親たちも、本当にうれしそうだったという。
セルビアに暮らす日本人の協力を得て用意された日本文化紹介プログラムも大好評だった。セルビア人の剣道愛好家もいる地元剣道クラブの人たちが模擬竹刀を使っての剣道体験を指導したり、日本のユニクロ店舗スタッフたちが「自分たちも支援したい」と寄せた三千の折り鶴などを配布したりした。
さらにはベオグラード在住の日本人アコーディオニスト、竹下史子さんがセルビアの民族音楽を演奏すると、大人も子どもも輪になって踊るなど、セルビアと日本の文化が絶妙に混じり合う光景も見られた。そして、有償ボランティアとして会場の手伝いを行ったのはベオグラード大学日本学科の学生たちだった。彼らにとっても得難いアルバイトの機会になったという。
会場内の壁には、ACCが行う心理ワークショップのひとつである「こころの木」が掲げられた。葉っぱの形にちぎられた色画用紙には、「いのち」「こころ」「あした」「しあわせ」といったキーワードが書いてある。子どもたちが元気に暮らしていく上で欠かすことのできないこうした要素を胸に刻みながら、幹と枝が描かれた大きな紙に貼っていく。込められたのは、子どもたちの心にこの木が育つように、という願い。
参加したファーストリテイリング社員にとってもイベントは意義深いものだった。日本、フランス、イギリス、アメリカから約二十人の社員が集結し、一日二百人の子どもを四つのグループに分け、一回約五十人の買い物体験が一段落すると、共通言語である英語でミーティングを行い、すみやかに改善点を洗い出した。そのため、接客の流れは回を重ねるごとに洗練されていったという。
どの社員も、子どもたちに負けず劣らずいい笑顔をしていた。ユニクロの岡元さんは語る。
「今回のイベントは『服』や『店舗』、『接客』といったユニクロならではの要素を活かした、これまでにない企画です。様々な方のご協力を得て、当初の枠組みを大きく超え、セルビアと日本の交流を促すきっかけになったと感じています。
ゲストである子どもたちやご家族にも大いに喜んでいただき、嬉しい限りです。“Clothes for Smiles”担当者として、今後もユニクロならではの社会貢献活動を展開していきたいと思います」
ACCの松永さんはこう振り返った。
「子どもたちの笑顔やあふれるエネルギーから、子どもたちにとってどんなに嬉しいことだったかが伝わって、私の胸もあつくなりました。そして、『子どもたちに素晴らしい一日を』という一点で、関わる私たちみんなの気持ちが繋がり、ひとつの輪になったのも嬉しいことでした。ご協力下さったすべての皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです」
ACCでは、この企画を一過性のもので終わらせることなく、子どもたちの胸に深く定着させるため、およそ一ヵ月のフォローアップワークショップを行った。高橋真人さんが説明する。
「まずイベントの前から導入のための説明を入念にやりました。服を用意するために採寸の必要があったので、背比べワークショップというのをやって、友達と背丈を比べたり、自分の成長が見えるように模造紙に書き込んだりして、遊び心を取り入れて楽しくやりました。終わってからは、ただ服を買っておしまいというのでなく、この体験が深く胸に残り、自分たちの人生に良いことが起こり得るんだという希望が子どもたちの心に宿るように、様々なワークショップでフォローしていきます」
松永さんが補足する。
「今回子どもたちが日本の文化に自分の肌で触れて、いま見えている現実の向こうに違う世界があるということを知ってくれたら、それだけでもきっと意味がある。私たちが目指すのは、社会の中で生きていく力、未来を描く力を培うこと。良いことは起きる、と知ることから、子どもたちが明日を築いていけるという希望をもてればいいと願っています」
台風30号により甚大な被害を受けたフィリピンの人々を支援するため、ファーストリテイリンググループ全体で約650万ペソ(日本円にして約1460万円)を寄付します。2012年6月にフィリピンでの1号店をオープンして以来、私たちは多くの方々に温かく迎えいれられてきました。グループ企業理念の中にある「高い倫理観を持った地球市民として行動します」という行動規範のもと、今後も支援活動を積極的に行ってまいります。
「考える人」2014年冬号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。