プレスリリース

2014年07月04日

ユニセフ「スクール・フォー・アジア」との連携[前編]~「考える人」2014年夏号~

~「考える人」2014年夏号(新潮社)より転載~

ユニセフとともに「子どもにやさしい学校」を

日本ユニセフ協会専務理事
早水研 (Hayami Ken)

ファーストリテイリング グループ執行役員
新田幸弘 (Nitta Yukihiro)

20140704_img1.jpg  勃興するアジア諸国───。
 成長著しいアジア各地からの経済ニュースだけを見ていると、かつて高度成長期の日本がそうであったように、日を追うごとに国全体の生活水準が上がり、社会環境が目に見えて改善されているかのような幻想にとらわれる。しかし、実際には経済的な興隆の影で社会格差が拡大し、その影響をもろに受けているのが未来を担うはずの子どもたちである。
 ユニセフ(国際連合児童基金)がアジア太平洋十一カ国を対象として展開している「スクール・フォー・アジア」キャンペーンは、社会的に弱い立場に置かれた子どもたちに、安全で安心な、最終学年まで通い続けられる学習環境を確保することを目指している。
 ユニクロは「クローズ・フォー・スマイル」(二〇一二年にプロテニスのノバク・ジョコビッチ選手と共同で子どもたちの未来を拓くプロジェクトへの資金拠出を目的として立ち上げた十億円規模のファンド。そのうち半分の五億円がユニセフによる教育環境改善プログラムの支援に充てられている)を通じて、アジアではバングラデシュ、中国、フィリピンの三カ国で、このユニセフのプロジェクトを支援している。
 日本企業としては初めてユニセフとグローバルアライアンスを結んだユニクロの新たな取り組みについて、CSR担当執行役員の新田幸弘氏にお話を伺った。

日本の近代化はなぜ成功したか

新田幸弘「基本的にはこれまでユニクロが行ってきたCSR活動の延長線上にあると思っています。というのは、私たちは単に物質的な援助をするのではなく、難民にせよ、災害被災者にせよ、障がいを持った人々にせよ、社会的に弱い立場にある人たちが自立していけるような支援を主眼に取り組んできました。彼らが自立することによって、社会全体の底が持ち上がっていく。それが私たちのめざす『世界を良い方向に変えていく』ことだと思っているからです。
 ユニセフの『スクール・フォー・アジア』の基本理念にはこう謳われています。『教育は貧困に対する最も基本的な対応策であり、チャンスである。あらゆる年齢において、教育は人々により良い未来を切り拓くための知識、スキル、そして自信を与えるものである』と。
 アジアは確かにいま経済的には成長を続けていますが、ミクロで見ればさまざまな課題―民族問題、都市と農村、富裕層と貧困層、男女などの社会的格差、身分差別などが横たわっています。そして学校教育という面を取り上げても、健康的で安全な教育環境にはまだほど遠く、未解決の課題が山積しているのが現状です。
 私がよく思うのは、日本という国がなぜ発展してきたのか、ということです。明治維新後に、殖産興業、富国強兵を旗印にして、またたく間に近代化を成し遂げた日本の原動力とは一体何だったのか。いろいろ理由はあるでしょうが、ひとつ大きかったのは、やはり教育の果たした役割だろうと思うんです。社会システム全体がそれを支援し、ライフスキル、読み書きソロバンといった基礎学習から生活マナーに至るまで、教育が社会の隅々まで浸透していたという事実です。
 ところが、途上国や貧しい国々の事例を聞いていると、初等教育の段階においてドロップアウトするケースが非常に多い。学校に行きたいけれども行けないとか、学校教育の質が低いために学習意欲をそがれるなど、子どもたちが初等教育を修了するまでに挫折する理由が多々あるようです。『スクール・フォー・アジア』は、そうした阻害要因を極力排除しようという試みです。子どもたちが学校に行きたくなる、親も行かせたくなる、地域社会もそれが大事だと思うような状況を作り出すにはどうすれば良いか。とりわけアジアの三ヵ国において、衛生環境の整備、保健衛生教育の支援を私たちがお手伝いしようというのは、そうした目標をユニセフと共有できたからです」

子どもの四つの権利

 それでは、ユニクロをパートナーとして迎えるユニセフにとって、今回の「スクール・フォー・アジア」はどういう位置づけになるのか、日本ユニセフ協会の早水研氏を訪ねてお話を伺った。すると、最初に説明を受けたのは、一九八九年に国連総会で「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」が採択された際に、そこで謳われた子どもの四つの権利のことだった。
①生きる権利……子どもたちは健康に生まれ、安全な水や十分な栄養を得て、健やかに成長する権利を持っています。
②守られる権利……子どもたちは、あらゆる種類の差別や虐待、搾取から守られなければなりません。紛争下の子ども、障がいをもつ子ども、少数民族の子どもなどは特別に守られる権利を持っています。
③育つ権利……子どもたちは教育を受ける権利を持っています。また、休んだり遊んだりすること、様々な情報を得、自分の考えや信じることが守られることも、自分らしく成長するためにとても重要です。
④参加する権利……子どもたちは、自分に関係のある事柄について自由に意見を表したり、集まってグループを作ったり、活動することができます。そのときには、家族や地域社会の一員としてルールを守る必要があります。大人は、こうした子どもの意見に、真摯に耳を傾ける義務があります。
「つまり、この四つの権利を実現するのがユニセフの活動目的であり、使命です。そして教育というのは、このすべてに関わる非常に裾野の広い事業です。ユニセフが求める教育は『子どもにやさしい学校』づくりという呼び方をしていますが、建物だけを作って、はい、どうぞというような教育プロジェクトではありません。子どもにとって望ましい教育環境をどう提供するかという思想に基づくヒューマンウェア、ソフトウェアを重視しています。
『子どもにやさしい学校』とは、安全な水や男女別のトイレと手洗い設備があること、高いスキルをもった教員が子どもたちの参加できる授業を行うこと、教材や文房具があり、すべての子どもたちが差別なく平等に扱われること、といった条件を満たした学校です。さらには、学校を取り巻くコミュニティ全体を巻き込みながら、すべての子どもたちが学校にきちんと通えるようになること、最終学年まで通い続けられることをめざしています。『子どもにやさしい学校』で健やかに育まれる子どもたちは、しっかり学習できるだけでなく、自信を持ち、創造性に富み、行動力を身につけます。そうしてより良い人生を生きるとともに、社会の問題を解決し、持続可能な世界を築く力となるのです」

フィリピン・サンフェリペ小学校の子どもたち

公平性に重点を

真剣に授業に取り組む子ども さて、国際社会がいま一体となって取り組むべき目標としている「ミレニアム開発目標」の達成をめざす中で、ユニセフが進めている「公平性」に重点を置いた新戦略が注目を集めている。これを分かりやすい形で、的確に指摘したのが、二〇一〇年にユニセフ事務局長に就任したアンソニー・レークのプレゼンテーションだった。
「国単位の平均値だけで判断していると見えない部分がある」―着任早々の彼がユニセフの執行理事会で示したのは一枚の絵―ブラジルの地図だった。ユニセフがもっとも重視する子どもの健康指標に関する図表で、これを国全体で見るならば、すでに目標値に達したグリーンになる。ところが細分化し村単位で見ていくと、グリーンだった地図がほとんど真っ赤になるのである。つまり、グリーンはリオデジャネイロやサンパウロなど大都市の数字が反映された結果で、細部に着目すると赤が大半になるのである。これが地域格差ということであり、新事務局長はこれに対して新たなアプローチの必要を説いたのだ。早水氏が続ける。
「最も貧しく最も困難な立場にある子どもたちへの支援に重点を置くことは、ユニセフの長年の使命でしたが、それを実行するのは難しく、費用がかかり、時間もかかると見られてきました。しかし、いまユニセフが追求しているのは、公平性に重点を置いた戦略です。つまり、平均値のレベルを上げるのではなく、むしろその国の格差に注目して、最脆弱層にどうやってアクセスし、底上げを図るかという考え方です。そこまでリーチするのは費用対効果が悪いとされてきたのですが、あえてそこに支援を届けることが、最終的には最も効率的で効果的だということがアカデミックにも証明されつつあります。これは原理としての正しさという道徳面だけでなく、現実的な有効性においても成果をもたらすのです。
 全体で見ると、アジアの就学率は高いし、どこに問題点があるのか見えにくいのですが、現地を訪れるうちに各地域や学校が抱えている問題が浮かび上がってきます。衛生環境の悪さが子どもの病気の原因になり、欠席率の高さにつながっている。学校にトイレのないことが女子の退学の多さにつながっている、等々の問題です。
 こうした課題の克服をユニセフは二〇〇五年に始めた『スクール・フォー・アフリカ』で実践してきました。この成果をふまえて、いま推進しているのが『スクール・フォー・アジア』なのです」
 では、ユニクロとのパートナーシップに、早水氏は何を期待しているのだろうか。
「ユニセフとしてもアライアンスを組む相手については慎重にならざるを得ません。その点、ユニクロさんのCSR活動の実績や考え方、児童労働は絶対に認めない企業姿勢や、環境負荷を少なくしようとしている努力、障がい者雇用に対する取り組みなどは、ユニセフ本部からも高い評価が出ています。逆の例で言えば、武器弾薬の製造販売をしている会社や、ギャンブル、アルコールに関わる企業とユニセフがアライアンスを組むことはあり得ません。
 また、ユニセフは国連機関の中ではきわめて特異な位置づけにあり、活動資金の約三分の一が民間からの募金で支えられています。ですから、いただいた資金でこんな活動をしていますと発信していくことが必要なのです。グローバル企業ならではの情報発信力でこのプロジェクトの意義や必要性、また効果を広く伝えていただければと願っています」

多様な民族や文化が入り交じるアジアで、貧困や障がい、差別や災害による被害などによって子どもたちが教育の機会を失うことがないよう、ユニセフは「子どもにやさしい学校」を広める活動をしています。ユニクロは中国、フィリピン、バングラデシュの3カ国でこの活動を支援しています。

「考える人」2014年夏号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。