プレスリリース

2014年07月04日

ユニセフ「スクール・フォー・アジア」との連携[後編]~「考える人」2014年夏号~

20140704_img9.jpg~「考える人」2014年夏号(新潮社)より転載~

「一歩ずつの積み重ね」が社会を変える

FRグループ上席執行役員・ユニクロ中国CEO
潘寧 (Pan Ning)

ユニクロフィリピンCOO
久保田勝美 (Kubota Katsumi)

「子どもにやさしい学校」の実現を目指すユニセフのプロジェクト「スクール・フォー・アジア」は、具体的にどのように実施されているのだろうか。アジア企業として初めてユニセフとグローバルアライアンスを結んだユニクロの現地代表が、中国とフィリピンで小学校を視察した。そこから見えてきたものとは何か、ユニクロ中国CEOの潘寧氏と、ユニクロフィリピンCOOの久保田勝美氏に話を聞いた。

20140704_img7.jpg「僕はもともと感動しやすい性格ではありますが、ユニセフはよくぞここに目をつけたと感動しました。学校の衛生に着目したことに本当に感銘を受けたのです」。そう語るのは、中国の潘氏。北京で育ち、日本大学大学院を修了したあとファーストリテイリングに入社した経歴の持ち主だ。潘氏らは四月、上海から飛行機で三時間の重慶市からさらに車で三時間近く離れた忠県の支援先小学校を視察した。重慶は、北京、上海、天津と並んで中央政府が直接統治する直轄市で、高層ビルやファッショナブルな店が増えて、猛スピードで近代化が進む熱気あふれる都市だ。ところが、そこから三時間離れた最初の視察校、忠県巴?小学校のトイレを見て、潘氏は衝撃を受けた。この学校では、ユニセフの支援によるトイレ設備の改修はまだ行われていない。
「子どもたちが使っているトイレは汚くて、衛生基準を満たしておらず、都会の生活では目にすることのないものでした」
 二〇〇七年に中国疾病管理予防センターが十六省の農村部の小学校一万七千九百五十五校を対象に実施した調査によると、中国全土で七六%の学校に清潔なトイレがなく、六四%の学校に手洗い施設がなかった。子どもが不衛生なトイレで便汚染による感染症にかかりやすい。地域によっては、プライバシーが守られていないためトイレに入ることをためらい、ひいては学校を休む女子児童もいる。衛生環境の改善は、学校出席率の向上に直結する切実な課題の一つとなる。
 次に訪れた?井小学校との差は歴然だった。この一年の間に、ユニクロからの資金一万五千ドルを得てユニセフがトイレの改修や手洗い設備の建設、校長や教員への衛生教育に関する研修を行ってきた?井小学校のトイレは、仕切り板が設けられ、臭いのない明るくきれいな場所に生まれ変わっていた。潘氏は語る。
「清潔なトイレができて、環境の改善を経験した子どもたちが喜んでいるのがよくわかりました。会話や表情から自信があふれ、元気いっぱいなのです。
 子どもというのは本来、たくましさ、生きる力を持っている。そんな子どもたちが、暮らしが良くなる経験をしたとき、さらに大きな希望を持つのです。将来の夢を聞くと、みんな『優秀な科学者になりたい』『優秀な医者になりたい』『優秀なコックになりたい』と、ぜんぶ『優秀な』がつくのですが(笑)、口々に大きな夢を語るのです。そんな姿に心を打たれました」
 ?井小学校では、一年生から六年生まで三百九十八人の児童のうち、三分の一近い百二十三人が寮生活を送っている(巴?小学校では、六百四十六人のうち二百三十七人)。彼らの大半が、両親が都会に出稼ぎに行っている、いわゆる「留守児童」である。一年か二年に一度くらいしか親に会うことができない。
「親と離れて暮らす寂しさや、厳しい自然環境……そうした様々な困難と闘いながら、この子たちは粘り強く頑張っています。彼らへの関心と配慮が必要です。私たちはその闘いをサポートし、健康で衛生的な環境で勉強できるように支援していきたいのです」

「手洗いの歌」を口ずさみながら

久保田勝美さん フィリピンでも、衛生面を重視して子どもにやさしい学校を作るプロジェクトへの支援が行われている。マニラから飛行機で一時間のナガ市から、さらに車で二時間半ほど行ったバスードのサンフェリペ小学校。畑や水田に囲まれたのどかな田園地帯にある。
 三月、久保田氏らが視察に行くと、教室の横にある手洗い場で、子どもたちが保健員から指導を受けた手の洗い方を見せてくれた。「手を洗うと病気が近づいてこな?い」といった内容の「手洗いの歌」を歌いながら、楽しそうに石けんで手を洗う。外から帰ったときや食事の前、トイレの後など、日本では当たり前の手洗いの習慣がここには根付いていない。そのために、下痢や発熱など体調を崩し、それによって欠席が続いて結局学校を中途で辞めてしまう事例が少なくない。久保田氏が語る。
「サンフェリペ小学校の子どもの家で日本のような上下水道がある家は一〇%にも満たない。マニラでさえ上下水道普及率は三〇%未満です。では、農村の家で水をどうするかというと、十リットルくらいのタンクに貯めてすべてを賄うために、できるだけ水を使わない生活にならざるを得ないのです。石けんを使ってきちんと手を洗えば防げる病気を防ぐことができない。
 でも、学校で子どもたちに手洗いの大切さを教えると、それがお母さんにも伝わって家庭の習慣が変わっていく。あるお母さんは、『たしかに学校を休むことが減りました』と話してくれました。
 最初の年は、まず十四の小学校でこの取り組みをはじめています。フィリピンのすべての学校で行うことはできないけれど、私たちが取り組んだところがモデル校となって広がれば、持続可能なプロジェクトになると思います」
 もうひとつ、フィリピンでユニセフがユニクロの支援のもと取り組んでいるのが災害対策。台風の被害を頻繁に受ける地域のため、ハザードマップを作って災害への備えを意識してもらい、また災害のあとは特に汚い水に気をつけるよう啓蒙活動を行っている。
 フィリピンでは、ユニセフと協働して行うプロジェクトの他に、ユニクロ独自の「クローズ・フォー・スマイル」の一環として、さらに二つのプロジェクトにも支援を行っている。ひとつは、「ワクワークイングリッシュ」。これは孤児院からの卒業生が自立していけるように、英語教育や職業訓練を行うというもの。もうひとつのe-Educationは、DVDを使った教育を主に受験生や高校生に提供し、自分の人生を切り開いていくことを応援しようという活動。
 久保田氏は、「スクール・フォー・アジア」「クローズ・フォー・スマイル」のどちらも「フィリピンらしい取り組み」と表現する。
「手洗いの手順」ポスター「七%を越える高い成長率だけでなく、どんどん人口が増えている点で、フィリピンは日本とは大きく違います。日本に出張すると五十一歳の自分が若く感じられますが、フィリピンでは立派なおやじです。国民の平均年齢が二十三歳と若く、伸び盛りの国がフィリピンなのです。
 一方で、経済発展段階は日本より低いため、十分な仕事を得られず貧しい生活をしている人がたくさんいる。そんな環境では、単に資金を供出したり寄付するだけでなく、自立していくための教育や職業訓練をサポートすることで一人一人が自分で生きていく助けとなる方が意義深い。その意味で、私たちの取り組みはとてもフィリピンらしいと思うのです」
 久保田氏は今回の視察に、フィリピンの一号店開店以来のスタッフであるアーヴとジーナを同行させた。二人とも大都市マニラの出身で、田舎の暮らしに触れるのは初めてのことだった。ユニクロの社会貢献活動が子どもたちの暮らしにもたらす変化を直に見て、「CSRには本当に意味がある」と実感した様子だったという。
「フィリピンでは学校制度の違いのため、大学を卒業して入社してくる社員は二十歳そこそこで、やや子どもっぽいところがある。働くとは何か、仕事って何か、人生で何を目指すのか、やっと考え始めたばかり。そんな彼らにユニクロで働く意味を理解し、希望を持って働いて欲しい。一人一人が伸び伸びと成長して欲しいと思うのです」

一代でできずとも二代、三代で

20140704_img8.jpg  交通の便の悪い、人口の少ない僻地に支援の手を差し伸べることは、一見、コストが高く効率が悪いように見える。しかし、発展から取り残されがちな僻地や低所得世帯の子どもたちにあえて手を伸ばすことが、結局は「最も効率的で効果的」な支援になるのだと、ユニクロが支援する事業をコーディネートする日本ユニセフ協会主任の鈴木有紀子氏は言う。
 数百人規模の小学校で手洗いの大切さを教える、あるいはトイレを清潔なものにする―極めてささやかな支援のようではある。だが、「千里の道も一歩から」の言葉通り、この一歩の積み重ねがやがて大きな社会変革につながっていく。
 二〇〇二年の中国進出から十二年で大陸二百九十店舗(この他、台湾に四十三店舗、香港二十二店舗=五月末現在)という急速な拡大を牽引してきた潘氏が、「一歩」の大切さを力強く語る。
「私たちは地に足をつけて一歩一歩確実に成長してきました。その積み重ねが、ようやく開花して理解されてきた。一つ一つの店舗、自分たちが育てた一人一人の人材、自分たちがサービスした一人一人のお客様、それらを通して私たちは社会に貢献してきたし、これからもやっていく。中国は〝世界最大の開発途上国〟で、いろいろな問題を一代では解決できないかもしれないけれど、二代、三代と重ねていくことで社会は変わっていくのです。
 今回のプロジェクトで、私たちはハードだけでなく、ハートも提供します。学校の衛生環境の改善は地味だけれど、中国全体に広がっていけば非常に有意義な活動です。中国の将来は世界の将来でもある。未来の世界をもっと良くするために、『スクール・フォー・アジア』のような活動はとても大切なのです」

ユニクロは中国全域に355、フィリピンに12の店舗を展開し、さらに多くの店をオープン予定です。今後も、生まれた場所や、育った環境にかかわらず、学校に通い続けられる環境を整える応援をすることで、中国やフィリピンと共に成長していきたいと考えています。

「考える人」2014年夏号
(文、取材・編集部/ 撮影・Gong Wei、Jerry Liu)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。