プレスリリース

2014年10月09日

“Clothes for Smiles”フィリピンでの新たな試み~「考える人」2014年秋号~

~「考える人」2014年秋号(新潮社)より転載~

DVD授業でフィリピンの高校生に希望を届けたい
フィリピン・ミンダナオ島で挑戦する日本の若者

NGO e-Education Project フィリピン・プロジェクト担当
佐藤建明(Sato Tateaki)

NGO e-Education Project 代表理事
三輪開人(Miwa Kaito)

20141009_mag1-4.jpg ユニクロが世界トッププロテニスプレーヤーであるノバク・ジョコビッチ選手と立ち上げた、未来を担う世界中の子どもたちのためのプロジェクト「クローズ・フォア・スマイル」(以下CFS)の活動についてはこれまでも何度か紹介してきたが、その新たな取り組みとして、いまフィリピンのミンダナオ島で、日本の若者による果敢な挑戦が始まっている。「途上国の教育課題の解決」を目的に二〇一〇年に設立されたNGO、e-Educationの活動だ。
 ことの始まりは二〇〇八年に、早稲田大学在学中だった税所篤快さんが、バングラデシュのグラミン銀行グループ組織でインターンを始めたことだった。高いポテンシャルを秘めているにもかかわらず、農村部に暮しているために、また貧困などの理由によって満足な教育機会に恵まれない子どもたち-Hidden Treasure(埋もれた宝物)。
 彼らに希望の光を与えることはできないか、と考えた税所さんは、自分が「落ちこぼれ」の高校生だった時代に、予備校のDVD授業によって立ち直りのチャンスを得た体験を思い出した。あれをモデルにして、人気漫画『ドラゴン桜』のように、子どもたちがダッカの有名大学をめざして勉強に取り組む流れを生み出せないか。e-Educationの立ち上げだ。そこで、まずダッカ大学の学生にヒアリングを行い、ニーズがあることを確かめた。その上で協力者を確保。有名予備校講師による授業をDVDに収録し、さっそくそれを農村部に持ち込んだ。その後、多くの障壁や紆余曲折はあったものの、その年の大学受験でダッカ大学をはじめ、難関大学への合格者が誕生し、DVD授業の成果は誰の目にも明らかとなった。翌年からはインターネットカフェを活用した映像授業配信を開始し、さらに事業の展開は本格化した。
 二〇一二年からはヨルダン、ルワンダ、パレスチナ(ガザ地区)、フィリピン二ヵ所で新プロジェクトを開始。二〇一三年にはインドネシア、ミャンマーも加えて、いまでは七ヵ国九地域で映像教育プロジェクトを展開している。
 そして、この活動に刺激され、その流れに自らも飛び込んで、二〇一二年十月からフィリピン・ミンダナオ島で勇躍、可能性を切り拓いてきたのが、早稲田大学在学中の佐藤建明さんだ。

深刻な高校生のドロップアウト

20141009_mag1-1.jpg「ミンダナオ島は北海道くらいの大きさで、フィリピンでは最貧困地域と言われています。いまe-Educationが展開しているのは、北ミンダナオにあるカガヤンデオロとカミギン島というふたつの地域です。前者はフィリピンの中では六、七番目の大きさの都市。後者は観光地ですが、町自体は小さくて淡路島のような印象です。産業は果物栽培などの農業が中心で、農水産加工業のほかに船舶、鉄鋼といった工業もわずかにあります。ただ、ミンダナオ中部や西部はながらくイスラム反政府勢力と政府軍が抗争を続けてきた地域で、国際的な和平合意が結ばれたのは今年の三月二十七日です。したがって、これから平和で発展的な地域にしていこうという気運が高まっているとはいえ、過去の政情不安から経済的な遅れをとり、特に貧困層を取り巻く社会的な課題が山積しています。そのひとつが深刻な教育格差です。そもそも子どもの数に対して教室や十分なスキルを持った教師が不足している上に、家計を支えるために仕事を持ち学校に通えない子や、女の子であれば十代での妊娠出産によりドロップアウト(中途退学)せざるを得ないといったケースも多いのです。また山間部では、学校へのアクセスが悪いため通常のクラスに通えない若者も多くいます。何とか彼らを救済したいというのが私たちの願いです」
 ミンダナオでは市の教育局により、ドロップアウトした子どもたちを対象に、毎週土曜日に無料のオープン・ハイスクール・プログラム(OHSP)が実施されている。そこでは教科書代わりの「モジュール」と呼ばれる簡易なプリント教材が配布され、自主学習を基本に、分からないところを教師が個別に教えるシステムが取られている。しかし、モジュールの内容は、勉強の進み具合や理解度の異なる生徒が自主学習で理解するには難しい。また、教師が基本的にはボランティアのため、慢性的な人員不足もあって、この制度は一定の成果をあげつつも、十分に機能しているとは言い難い。そこで、「OHSPをサポートするものとして、良質な授業を映像化して、それを教材として現場に届けるのはどうだろうか」と佐藤さんたちは考えた。
「モジュールはフィリピンの公用語である英語で書かれています。ところが、OHSPに通う生徒たちの英語力は高いとはいえず、英語のテキストでは十分な学習効果は望めません。先生が地元のビサヤ語を交えながら教えることでサポートしますが、その先生の数が不足しているため、国語の先生が理数系など専門外の教科も教えなければならず、授業の質は高いとはいえません。そこで、私たちは定められたカリキュラムをもとに、現地に合わせてローカライズした映像授業を作成しました。そしていくつかの高校を回って反応を確かめてみたのです。
 すると、このトライアル事業に対して、ルンビア高校のアクロ校長(当時)が強い関心と熱意を示してくれました。彼はカガヤンデオロの教育局と交渉し、市全体で私たちとの事業展開の計画を作成し、そのパイロットプロジェクトとしてルンビア高校で実施しようという契約にまで漕ぎ着けてくれました。いまはこれをさらにカミギン島教育局とも進めています」

ユニクロという後ろ楯を得て

20141009_mag1-2.jpg こう一気に語ってくれた佐藤さんだが、徒手空拳の日本の若者が熱意と心意気だけで簡単に突破できる壁とは思えない。いくら現地で必要とされている「善い提案」だとしても、受け入れられるには相当の困難があったはずである。
「そうですね。初めは学校を手当たり次第訪れ、協力してくれる先生を探しました。しかし、その頃英語が不十分だったこともあり、突然現れた日本人に先生たちは不信感を抱いたりして取り合ってもらえませんでした。まずは信頼を得て、話を聞いてもらうことからのスタートでした。デール・カーネギーの『人を動かす』を読んだり、新渡戸稲造の『武士道』を何度も読み返して自分を鼓舞しました。あとは、東京の事務所とスカイプをつないで週に一回は現状報告をして、大人の目で絶えず助言をもらいました。絶対に僕一人じゃできなかったと思います。現地の仲間やパートナーにも助けられました」
 さらに何が大きな後ろ楯になったかといえば、ユニクロのCFSプロジェクトのひとつに選ばれた、というビッグ・ニュースに他ならない。
「日本の国際的な大企業がe-Educationを支援しているのだ、ということが現地に伝わると、正直なところ、非常に話が進めやすくなりました。ミンダナオ島にはまだ出店されていませんが、フィリピンにはすでに十六店舗ありますし、市の上層部の人たちは出張ついでにお店に足を運んでいます。ユニクロの赤いロゴはすごいインパクトです。さらに、関係者を集めた会議でユニクロフィリピンの久保田勝美COOやFRグループ執行役員の新田幸弘さん(CSR担当)にビデオメッセージを寄せていただいたことで、ユニクロが直接支援していることが伝わり、私たちへの信頼感が一層高まったのも実感できました。
 現在では、カガヤンデオロとカミギン島でOHSPが実施されている高校計二十七校すべてにDVD授業が導入されています。まだまだ試行錯誤の段階ですが、システムは整ってきていますので、まずはドロップアウトした子どもたちが私たちのDVDを使って〝高校卒業〟という成功体験を味わってほしい。それが最初のステップになると思います」

世界の子どもたちに〝希望の授業〟を

 ところで、いまフィリピンでは、ベニグノ・アキノ政権の下、基礎教育の拡充に力が注がれている。たとえば、これまでは初等教育が六年、中等教育(現地では高校という)が四年という6-4制だったのを6-4-2制に移行する「K-12プログラム」が導入されて、四年の中等教育を二年間上積みし、さらに五歳児から公立教育を開始するという法律が、昨年五月に制定されている。施行は二〇一六年からの予定である。
 しかし、基礎教育において年限問題以上に重要なのは教育格差の是正である。教室・教師・教科書不足という三重苦の解決だ。二〇一一年の時点で、全国で教室が約十三万室、教師が約十万人、教科書が約九百五十五万冊不足しているといわれ、小学校に入学しても六年間最後まで通い続けられるのは七割程度だという数字もある。
 フィリピン政府は「ラーニング・フォー・オール」という政策の下、現地NGOと協力して、初等教育の就学率および卒業率一〇〇パーセントを目標に掲げている。また、「K-12」の実施に向けて、中等教育の上積み二年間の教師の育成を急いでいる。だが、いずれにせよ、教育予算には限りがあり、その解決への道のりは平坦なものではあり得ない。
 そこでe-Educationは、①大学進学を希望する貧しい公立高校の生徒たちの受験支援、②高校卒業をめざす(公立高校に通えない)OHSPの生徒たちの学習支援にフォーカスして、協力していく予定である。
 基本的な社会インフラやPCの普及・整備など、DVD授業のためのハードルはいくつもあるが、「オープン・エデュケーションというのは世界的な潮流です。その意味でも、私たちももっとがんばって行きたい」と語る佐藤さん。
 最後に、本年七月にe-Educationの代表理事に就任した三輪開人さんの話を紹介しておきたい。三輪さんはJICA(国際協力機構)で東南アジア・大洋州の高等教育案件に従事するかたわら、e-Education Projectの共同創業者として、国内総括・海外事業マネジメントを担当してきた。昨年十月にJICAを退職。「途上国の教育問題を若者の力で解決する」というe-Educationのミッションを実現するために、彼自身も大きな決断をした。なぜこの仕事に専念する道を選んだのか、を尋ねてみた。
「ひと言ではなかなかまとめられないのですが、三つ信じていることがあります。一つは映像教育の可能性です。これは私自身が東進ハイスクールという映像授業で知られる受験予備校で大学時代に四年間アシスタントをやった経験に基づきます。私自身が地方在住の高校生だったという経験に照らしても、地域格差の甚だしい途上国においては、より映像教育の効果は絶大だと実感しています。
 二つ目に信じているのが、佐藤君のような日本の若者の秘めたる可能性です。彼らが何かに挑戦するときには、できるだけ伴走していきたい。三つ目はNGO、NPOと言われる第三セクターの可能性です。前職のJICAを離れた理由にもつながるのですが、失敗を恐れず、何か新しいことにチャレンジしていこうとすれば、最初の切り込み隊は第三セクターが担っていくことになるでしょう。そういう自由で果敢な挑戦に賭けてみたいという気持ちがありました。ゆくゆくはさらに事業を拡大し、世界中の貧しい子どもたちに〝希望の授業〟を届けるグローバルNGOをめざしたいと思います」

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「クローズ・フォア・スマイル」では、この他にもジンバブエやバングラデシュ、ガーナでの「女子サッカープロジェクト」や、カンボジアでの「図書館プロジェクト」、フィリピンにおける「ワクワークセンタープロジェクト」などが始動しています。ユニクロは、世界中の子どもたちに夢や希望を提供する活動をこれからも続けていきます。

「考える人」2014年秋号
(文、取材・編集部/撮影・菅野健児)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。