プレスリリース

2015年04月14日

BACKSTAGE REPORT 「届けよう、服のチカラ」プロジェクト~「考える人」2015年春号~

~「考える人」2015年春号(新潮社)より転載~

中学生が世界の難民に贈る700点の子ども服
出張授業とリサイクル活動の実践

20150413_img5.jpg「今日のお話はきっかけです。具体的に何をするかは、みなさんに委ねたい。みんなは平和に暮らしていて、食べるものや着るものに困ってはいないけれど、果たしてそれが当たり前のことなのか、考えてみたいと思います」
 東京都多摩市立東愛宕中学校の千葉正法校長は、一、二年生百十人にそう語りかけると、その日の講師である島田ゆたかさんにマイクを譲った。ユニクロの「届けよう、服のチカラ」プロジェクト出張授業の始まりだ。
 高度成長期に開発が進んだ東京の郊外・多摩ニュータウンの見晴らしの良い丘の上に立つ東愛宕中は、二〇一〇年に国連教育科学文化機関のユネスコスクールに登録し、ESD(持続発展教育=Education for Sustainable Development)に取り組んできた。持続可能な社会の構築に参画する人間づくりの推進に寄与したとして第五回ESD大賞中学校賞を受賞するなど、環境教育への取り組みにも定評がある。美術部のアル・サン君がデザインした同校のマスコットキャラクターは、地球温暖化防止のために校舎の壁面を覆うように生育させた緑のカーテンのゴーヤに着想を得た「ゴーヤン」。これは多摩市のグリーンカーテンプロジェクトのイメージキャラクターにも採用された。

 演台に立った島田さんはユニクロのグローバルマーケティング部の一員。十三年間の店舗勤務を経て今の職場に移り、ふだんはキッズ商品担当として商品の良さをお客様に伝える仕事をしているが、この日は生徒たちへの講師役を買って出た。
「届けよう、服のチカラ」プロジェクトは、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とのパートナーシップのもとにユニクロが進める全商品リサイクル活動(p2からの前半記事参照)の一環。子どもたちが主体となって、着なくなった子ども服を回収し、世界中で服を必要としている人々に届ける活動だ。二〇一四年度は全国三十五都道府県で百二十の小中高校が参加した。プロジェクトのはじめには、ユニクロの社員が各学校を訪問し、児童生徒を対象に出張授業を実施している。服をリサイクルすることにどのような意義があるのか、生徒たちがそれを理解してから実際の回収活動に入れるよう、島田さんは大きなスクリーンにスライドを映して説明を始めた。

後回しにされがちな服の支援

「服って何のために着るのですか?」
 おそらく生徒たちにとっては当たり前すぎて、考えたこともない問いかけから講義は始まった。しばしの戸惑いのあと、マイクを向けられた生徒がぽつりぽつりと答え始める。
「暑さや寒さを防ぐため」
「病気や怪我から体を守るため」
「紫外線や乾燥から肌を守るため」
「(制服などで)所属をはっきりさせるため」
「自分を表現するため」
 答えながらあらためて考えていくと、人は命を守るためだけでなく、人らしく生きるため、人としての尊厳を守るために服を着ていることに生徒たちは気づいていく。
 次に島田さんの話題は、難民へと移る。
「難民という言葉を知っていますか? 知っている人は手をあげてください」
 ぱらぱらといくつかの手が挙がる。同時に、「興味ないです」という小さな声も聞こえた。そこで島田さんは、戦争や政治的迫害のために家や祖国を追われた難民の存在を説明し、除去できない銃弾を頭に残したまま生活せざるを得ない九歳の少女の写真など、難民キャンプで暮らす子どもたちの写真をスクリーンに映し出した。「難民」という遠い言葉に「顔」がついた。
 島田さんは問いかける。
「世界には、どのくらいの数の難民がいると思いますか? 四十五万人、四百五十万人、それとも四千五百万人?」
 四千五百万人(二〇一二年末時点)という正解を聞くと、生徒たちから「へぇー」と大きな声があがった。
 そして島田さんは、生活の基本である衣食住のうち、生存に直結する食べ物と住む場所に比べて、衣類の支援が後回しにされがちである現実を伝えていく。
「難民の人たちに届ける服が足りません。とくに子ども服が足りないのです。一枚でも多く集めてください。私たちが難民の人たちに届けます」
 寒暖の差が激しい砂漠地帯でテント生活をせざるを得ないとしたら朝晩はどれほど寒いか。陽射しを遮るもののない熱帯地域で羽織るものがなければ、どれほど肌が痛めつけられるか。難民の子どもの顔写真を見た生徒たちは、服がない辛さを想像する手がかりを得たのだろう。次第に、話を聞く顔つきが真剣になっていった。クラスに戻った生徒たちは感想文をしたためた。
「難民の約半分が子どもだと知って驚きました」
「日本にも難民が二千人くらいいるというのにビックリした」
「汚れた服を捨てていましたが、洗濯をしてユニクロやジーユーに持っていけば世界各地の難民に届けられることを知り、持っていこうと思いました」
「世界には服を着られない人が大量にいることを改めて実感しました。最初は『届けよう、服のチカラ』プロジェクトをやる必要があるのかと思っていましたが、授業を受けて必要なことだと思いました」
「私たちにとっては当たり前のようにある服が別の場所では貴重であることに対して、世界にはなぜこんな大きな格差があるのかと不満になった。でも、紛争が続く場所で必死に生きようとする私たちと同年代の子どもたちに感心した」
 島田さんのメッセージは確実に生徒たちの胸に届いていた。そして彼女自身にも。
「自社の取り組みを理解しているつもりでしたが、生徒に教える立場から学び直すと、私自身、新たな発見があり、服のチカラについて理解を深めることができました。社会の中で私たち自身が出来ること、やるべきことがあると教えられた気がしています」

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小学校での呼びかけ

20150413_img7.jpg それから約三週間後の昨年十一月、東愛宕中を再訪すると、昇降口にかわいいイラストつきの衣類回収ボックスが設置されていた。イラストは二年生(取材当時、以下学年はすべて昨秋のもの)の神谷聖香さんが描いたもの。バレー部員の神谷さんはイラストがうまく、こういう場面ではいつも依頼を受けるという。ポスターに雪だるまなどを描いたのは、英語学習指導補助のロバート先生。
 小さくなった自分の服や兄弟姉妹の服を持参した生徒たちは、きれいに畳み直しながらボックスに納めていった。
 この日は期末試験の二日目で放課後の部活動がないため、生徒会の二年生二人と一年生三人が、坂の下にある愛和小学校に服の回収への協力を呼びかけに出かけることになっていた。たくさんの子ども服を集めるために近隣の小学校にも協力を求めようと考えた生徒たちは、愛和小を含む三校に自分たちで電話をかけ、授業時間内に児童に話をさせてもらえるよう依頼していたのだ。
 生徒会長の畑澤猛君を先頭に、五人は見事な紅葉に染まる坂を降りていった。そして愛和小学校に到着すると、ポスターを持って二手に分かれ、各学年の教室にプロジェクトの趣旨説明に向かった。生徒会副会長の松田梨愛さんがまず入ったのは四年生の教室。
「戦争などのために自分の家に暮らせなくなった人たちに、私たちが使わなくなった服を届けましょう」と、小学生にもわかるように簡単な言葉で説明していく。集めるのは百六十センチまでの子ども服で、必ず洗濯してから回収ボックスに入れてほしいと依頼した。児童たちは渡されたチラシに見入りながら熱心に話を聞いていた。
 続いて向かった図書室では、児童への説明のあと、司書の中村善子さんが図書室にあった難民少女二人の友情を描いた絵本『ともだちのしるしだよ』を示して児童の興味をひいた。「ほら、ここに難民の人が描いてあります。靴をはいてないね」。
 その間、畑澤君らは低学年と高学年の教室を回ってプロジェクトへの協力を呼びかけた。大人の語りかけよりも、お兄さんやお姉さんの言葉の方が小さな子どもの耳に届くことがある。先生から聞く以上に小学生はプロジェクトに関心を持ったはずだ。
 説明と回収のお願いを終えた五人は、愛和小学校の昇降口に服の回収ボックスを設置して、この日の仕事を終えた。期末試験はあと一日残っている。「明日は数学と英語と美術のテストです」。そう言い残して帰宅の途についた。

 東愛宕中では東日本大震災復興支援のための毎月十一日の募金活動や、外国の学校とキャンバスに半分ずつ絵を描いて合わせる「アートマイル」(アゼルバイジャンやキルギス共和国の中学生との共同作業)、あるいはESDを通してつながりのできた宮城県気仙沼市立大谷中学校とのインターネットを使ったWEBミーティングなど、机に向かっての勉強だけでなく、社会とつながる幅広い活動にも力を入れている。
 産学間の連携にも積極的で、ゴーヤの栽培を助けるための太陽光発電装置や、芝生の校庭維持のためのスプリンクラーやミスト装置を企業から寄付してもらったりしている。「届けよう、服のチカラ」プロジェクトへの参加もその一環で、千葉校長は、企業との連携の意義をこう語る。「学校だけでは教えられないことがある。先生だけではできないことがある。広く社会の人々から話を聞くことで広がっていく学びがあるのです」。
 十二月、東愛宕中から段ボール箱十箱に入った約七百点もの子ども服がユニクロに届けられた。児童生徒たちのあたたかい気持ちは必ず難民の子どもたちに届く。

子どもたちが主体となって子ども服を回収し、難民など世界中で服を本当に必要としている人々に届ける「届けよう、服のチカラ」プロジェクトに参加する学校を今年も募集します。詳しくは、プロジェクト事務局(メール:fukunochikara@fastretailing.com 電話:03-5565-6551)までお問い合わせください。

「考える人」2015年春号
(文、取材・編集部/ 撮影・平野光良(*印は編集部))
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。