プレスリリース

2015年10月15日

BACKSTAGE REPORT - 日本初の「コミュニティ型こどもホスピス」誕生へ

~「考える人」2015年秋号(新潮社)より転載~

格別の時間、特別な場所を

20151014_img6.jpg ホスピスと聞くと、ターミナルケア(終末期医療)を行う施設のことを想像しがちである。末期がん患者などの緩和ケアを主眼とし、余命いくばくもない人が最期の安息の時間を過ごす場所──。
 元々は中世ヨーロッパで、旅の巡礼者を泊めた小さな教会のことをいい、滞在中に病を得た人たちがそのまま治療や看病を受けたところから、こうした看護収容施設全般をホスピスと呼ぶようになったそうだ。名称の由来は、看護にあたる聖職者たちの無私の献身と歓待を「ホスピタリティ」と呼んだところから。病院の「ホスピタル」も同様である。
 二〇一五年十二月、日本初のコミュニティ型こどもホスピスが大阪市鶴見区の花博記念公園鶴見緑地内に誕生する。一般社団法人「こどものホスピスプロジェクト」(大阪市中央区、以下CHP)が、ユニクロなど企業の支援を受けてここに「TSURUMIこどもホスピス」を建設し、「命を脅かす難病とともに生きる子どもたち」とその家族に、心から寛いで過ごせる空間を提供するのだという。運営は、医療・教育・保育の専門従事者と地域コミュニティのボランティアが協働しながら担っていく。
 日本にはいま、脳性まひや小児がんなどの難病を患う子どもが約二十万人いる(十五歳以下)といわれる。CHPでは、そうした子どもたちに医師や看護師、教師、保育士など多様なボランティアによるサポートを提供。いろいろな遊びや学びの場を用意して、彼らの成長を支援する。また、完治の難しい病気を抱えた子どもの看護のために二十四時間常に緊張を強いられている両親や家族の負担を軽減し、リフレッシュしてもらうための「レスパイト(小休止)ケア」の機能も重視する。
 開業に向けて着々と準備が進むこのプロジェクトについては、今後も引き続きレポートする予定だが、ユニクロはこの事業を「Clothes for Smiles(CFS)」プロジェクトの一環として支援している。運営費を含む総事業費五億四千万円のうち、二億二千万円をユニクロが、残り三億二千万円を日本財団が拠出する。柳井正社長は三月六日に大阪市で開かれた記者会見で、「施設でも社員がボランティアとして貢献できるような取り組みを考えたい」と述べて、施設の建設支援だけでなく、完成後も運営面での継続的な協力の意向を示している。
 こうした長期的なビジョンの中でユニクロはCHPと連携し、大阪市立総合医療センターで難病と闘っている子どもとその家族を招待して「職場体験イベント」を実施してきた。入院や自宅療養の時間が長く、外でさまざまな人と接したり、買物を楽しんだりする機会が少ない子どもたちに、UNIQLO OSAKAの店舗で「プチ職業体験をしてもらおう!」という趣旨だ。すでに二〇一四年十二月、二〇一五年五月と二回行われ、八月一日にその三回目が開催された。

本当にいい笑顔だ!

20151014_img8.jpg  酷暑の一日となりそうな土曜日の開店前の午前十時。三組の家族をUNIQLO OSAKAのスタッフが店頭で出迎えた。まずサービス責任者の石田朋子さんが歓迎の挨拶。お互いの自己紹介を済ませると、子どもたちは名札を首にかけ、お店のスタッフさながらの業務体験を試みた。
 一番小さいあやかちゃん(三歳)にはお兄ちゃんのこうたろう君が付き添う。それをご両親やCHPのスタッフが傍らで見守る。まずインカムを使ったスタッフ間の模擬連絡を。イヤホンで声を聞き、ボタンを押しながら遠くの相手に話しかける。「聞こえますか?」とお兄ちゃんが呼ぶと「何ですか?」とあやかちゃん。お兄ちゃんは「緊急出動」、「集合」と指示を連発する。
 続いてレジ打ち体験を。お兄ちゃんが商品を選んでレジに現われると、「いらっしゃいませ」とにこやかに迎えて、ひとつひとつの商品バーコードをピッ、ピッと読み取ってレジを打つ。「五点で四千六百九十五円のお買い上げです」と言ってレシートを。商品をお預かりして袋に詰め、最後に袋の口をテープで留めると、「お買い上げありがとうございます」と一礼する。溢れる笑顔を見ていたユニクロのスタッフが「私たちの日常業務がこんなに夢があるものだとは思わなかった」と感想を漏らすほど楽しげだ。
 せなさん(十八歳)とみうさん(十七歳)は二人そろってお洒落な女の子。彼女たちがトライしたのはマネキンのコーディネートだ。お客様の参考となる服選びの例を提供するのは、とても大切な仕事である。二人とも前からこの日を「すごく楽しみにしていた」と声を弾ませる。
 大学一年生のせなさんは、悪性リンパ腫で移植手術を春に受け、なんと前日退院したばかり。テーマは「秋のお出かけ」と話していたが、服を選ぶうちに、やはり自分が着たいものをコーディネートしたようだ。UNIQLO OSAKAで商品ディスプレイのスタイリングを担当する妹尾麻子さんの講評は「すごくいい。三色以内に抑えていて、肩にかけたセーターもいい。モノトーンの中に今年の色も入れてあり、ハットを加えたところも効いている。あえて言うなら、ひとつ柄ものを入れればより引き立ったかも。採点するなら、そこだけ引いて九十八点。でも、すごくお洒落でいいですね」と。
20151014_img7.jpg みうさんは洋服がたくさんあり過ぎて、選ぶのに少し手間どったが、いざそれをマネキンに着せようとして、目を丸くすることに。スタッフがマネキンをひっくり返して下半身をはずし、それにスカートと靴をはかせたのだ。ユニクロの石田さんから「時間を節約するためにマネキン一体に使う時間は十五分。シャツとブラウスは重ねて一度に着せる」などと教えられて、またビックリ。妹尾さんのコメントは「全体に大人っぽいコーディネート。シャツにかけたダテ眼鏡が効いている。眼鏡とベルトといった雑貨を黒で統一したのもとてもいい。白いスカートが女性らしい。グレーを選びがちのところで白を選んで、すごく上手い」。
「将来ユニクロで働いてみる?」と聞かれると、「アルバイトします」と照れくさそうなみうさん。「私が責任もって育てます」と石田さんが激励する。
 三人を見守っていた病院のドクターは、「きょうは本当にいい笑顔をしている。普段あんないい顔を浮かべることはないので、心から楽しんでいる様子がよく分かる。彼女たちにとっては一生忘れられない、格別の思い出になるでしょう」と。
「こういうイベントは本当にありがたい。あんまりはしゃいでいるので明日疲れが出ないかが心配だけど」とお父さんを感激させたあやかちゃん。前日退院したばかりだというのに、もっとコーディネートをやりたそうな表情を見せていたせなさん。「ずっと痛みが取れないはずなのに、きょうは車イスに座ろうともしない」とお母さんが語っていたみうさん。「皆さんから私たちがパワーをいただきました」というユニクロのスタッフ一同と、全員集合の記念写真を撮ってお開きとなった。

学べること自体が嬉しい

20151014_img9.jpg ところで、CHPの進む道を方向付けた一人の女子学生がいる。大阪市立総合医療センターで先天性ミオパチー(筋繊維不均等症)と闘いながら、関西大学社会学部二回生として大学生活をエンジョイしている濱谷美綺さんだ。両親が「他の子と同じように教育を受けさせたい」と願い、支援学校ではなく地域の学校に通ったという美綺さん。頑張って中学の時は五教科オール一〇の成績をおさめるほどだったが、高校受験で大きな壁にぶつかった。私立高校では重度障害者を受け入れる学校がないばかりか、見学に行ったある学校では「当校では自立した生徒でないと受け入れられない」と本人に向かって・宣告・される出来事が──。
 府立高校に入学した後は、当人の頑張りに加えて、立ち上がったばかりのCHPによって教育支援スタッフの献身的な協力を得た。美綺さんに聞いてみた。
「CHPとの最初の関わりは高校入学後からです。学校生活を送るのに介助の必要があるので、先生にそういう方を探していただいた。でも、日常生活と学校生活は根本的に違うので、なかなか難しいところがありました。学校のことを分かってもらわないといけない。そこで大阪市立総合医療センターの先生に相談して、CHPの教育支援チームのサポートを高校一年の秋学期から受けることになりました。それからは、勉強しやすい環境が整っただけでなく、周りの先生や友達との間の橋渡しをしてもらったことで、一緒にイベントを楽しんだり、とても充実した高校生活になりました。いい思い出がたくさんできました」
 それでも大学進学をめざそうとすると、いくつもの高いハードルが控えていた。まず志望先として、介助なしには実験の授業が受けられないので理系は断念する。また受験の際の体力的な不安を解消するために、高校二年生の夏から鼻マスク式の人工呼吸器を使用するようになったものの、大学入試センター試験の五教科七科目を一・三倍の時間延長でこなしていくのは、並大抵のことではない。……こうしたいろいろな条件を勘案し、目標を私立大学に絞って、まずセンター試験を受験する。
 試験前日、高校で使用していた美綺さん仕様の机、加湿器二台、休息用マット、トイレ用ヒーターなどを会場に運び入れ、当日にはCHPの有償支援スタッフ(看護師二名)が付き添う。ただし彼らがサポートできるのは水分補給のみ。問題用紙をめくったり解答用紙の位置を変えるなどの補助は大学側が手配した支援学校の先生が行うことに。初対面の人に対して試験中に声を出してきちんとお願いできるだろうか、それをこなしながら集中力を保てるだろうか──見守ったお父さんは「とても不安だった」と語る。
 次には大学の本試験。全部で五日間の長丁場の日程だったが、今度は気心の知れた有償支援スタッフの介助がフルで認められた。阿吽の呼吸で試験に臨めたこともあり、見事、難関を突破。いまの心境を美綺さんは語る。「大学生活は楽しい。学べること自体が、いろいろな考え方を勉強できること自体が嬉しい。友達も少しずつできて、人と人とのつながりが広がりつつあるのも楽しい」。
 そうした背景があるだけに、美綺さんの「TSURUMIこどもホスピス」への期待は具体的だ。「遊ぶことも大事だし、学校で学びたいけどどうしたらいいか分からないという人同士が交流し、経験や知識を共有できる場所になればいい」。
20151014_img10.jpg そもそもCHPにユニクロのCFSプロジェクトへの応募を強く勧めたのは、美綺さんの母親だった。新聞でCFSの取り組みを知り、CHPの理事を務める担当医に呼びかけたのだ。このCHPの成り立ちもまた興味深い。
 二〇〇五年、英国で「ヘレン&ダグラスハウス」という子どもホスピスに出会って感動し、「いつかはこれと同じものを日本にも設立したい」と願った小児科医の多田羅竜平医師。自らも難病の子どもを抱える父親としてCHPを知り、いまやその理事長を引き受けている高場秀樹氏──。CHPをめぐる物語は、次号で改めて紹介する。

12月に竣工予定の「TSURUMIこどもホスピス」は、2000㎡の敷地に延べ床面積979.11㎡の建物となります。敷地内にはプレイルームやリビング、キッチンのほか宿泊部屋を備え、難病の子どもとその家族が自宅のように寛いで過ごせる空間を提供します。

「考える人」2015年秋号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。