プレスリリース

2016年01月14日

BACKSTAGE REPORT - 日本初の「こどもホスピス」始動に向かって

~「考える人」2016年冬号(新潮社)より転載~

難病の子どもと家族に笑顔と安らぎを

20160114_img4.jpg 中庭を囲み、二階建て六棟の「小さいおうち」が半円形に並んでいる。それをデッキがつないでいる。広い公園内のかわいい〝村〟のような一角。このほど大阪市鶴見区の花博記念公園鶴見緑地内に完成した「TSURUMIこどもホスピス(以下、TCH)」である。
 難病の子どもやその家族らが気軽に訪れ、くつろいで過ごせる日本初のコミュニティ型施設として、一般社団法人「こどものホスピスプロジェクト」(大阪市中央区、以下CHP)が五年がかりで進めてきた。本格的なオープンは二〇一六年春の予定だが、建物の引き渡しが終わり、いよいよ始動に向けた準備が急ピッチで進み出す。
 日本初、と書いたが、モデルは一九八二年に英国オックスフォードに創設された「ヘレン&ダグラスハウス」だ。同所をきっかけに、現在、英国内では四十ヶ所以上のこどもホスピスが運営されている。ホスピスというと、「終末期医療(ターミナル・ケア)」「看取りの場」という連想がはたらくが、元来は「手厚いもてなし」「旅人が休息する場」といった意味。こどもホスピスは、生命にリスクのある病気の子どもと家族が安らぎを感じ、家庭的で温かいケアを受けながら、そこで笑顔と元気を取り戻すことを目的としている。
 おもちゃみたいな、楽しげな建物を見て思った。施主側から示された「病院ではなく家を」、それも「もうひとつのわが家のような空間を」というコンセプトを、実際どうやって図面化していったのか。大成建設株式会社設計本部の出口亮さんにお話を伺った。

“いろんな”であふれる場所

20160114_img1.jpg―鶴見緑地の一角の公園敷地にぱらぱらと配置された木造二階建てのハウスが六棟。プレイルームやリビング、ダイニング、そしてカフェがあり、家族で休める部屋も備わっています。開放感がある一方で、家庭的な居心地の良さ、親密さがあるように感じました。
「公園全体が〝いろんな〟であふれる場所になればいい、と思っているんです。ホスピス内も三つの〝いろんな〟をめざしました。まず〝いろんなわくわく〟。子どもが遊びや学びから、喜びを得られること。次に〝いろんな安らぎ〟。ご家族が看護に追われる大変な日常から束の間解放され、心身の疲れを癒すことができる。ここで知り合った気心の知れた仲間と交流できること。そして〝いろんな出会い〟。イベント開催や、医師、看護師、音楽療法士、プレイワーカーなど、さまざまなボランティアの方々と触れ合い、地域や社会とのつながりを作る。この三つの〝いろんな〟にふさわしい空間をと願いました」
「六つのハウスのあちこちに、日常が感じられる場をつくり、それらを有機的につなげることで、そのときどきの子どもやご家族の気持ちに寄り添える建物になれば、と思います。みんなでワイワイできる大きな場所があったり、一人で静かに過ごす場所があったり、庭に向かって日光をいっぱい浴びられる縁側があったり、ちょっと離れてみんなの様子を見ていられる場所があったり……」
―「ヘレン&ダグラスハウス」の造りをモデルにしたわけではないのですか?
「そうではありません。意識したとすれば、『ヘレン&ダグラスハウス』を創設したシスター・フランシスの言葉―『こどもホスピスは、生命にリスクのある子どもとその家族が〝深く生きる(Live Deep)〟ための手伝いをする』という“Live Deep”の理念です。重要なコンセプトとしてCHPの方と共有し、それを自分なりに咀嚼しながら、考えを整理し、建築のかたちにまとめました」

子どもと家族に笑顔を

20160114_img2.jpg CHPは二〇一〇年に大阪市立総合医療センターの医師や看護師を中心とするメンバーが立ち上げた。きっかけとなったのは、前年に英国からシスター・フランシスを大阪に招き、講演会を開いたことだった。そこで彼女が語ったのが、“Live Deep”というこどもホスピスのキー・コンセプトであり、同時に「できることから始めなさい(Start small)」という励ましのメッセージだった。彼女の講演は詰めかけた聴衆の熱い共感を呼び、それに賛同し、勇気づけられた人たちによってCHPが結成された。
 ただ、その話をする前に少し時計の針を戻したい。二〇〇五年夏のことだ。初めて「ヘレン&ダグラスハウス」を訪れ、「いつかは日本にも子どものホスピスを設立したい」と思った一人の小児科医がいた。大阪市立総合医療センター部長の多田羅竜平氏である。現在、CHPの常務理事を務めている。
「あの衝撃はいまだにはっきり覚えています。言葉にならないほどの感動でした。日本にはそういう施設は当然ありません。大人のホスピスにしても、病院に併設されたものですしね。それは病院ではなく、homeでした。まずその美しさに驚きました。空間的な美しさ、フレンドリーな人たちの心ばえの美しさ。それが制度ではなく、支援者の寄付によって賄われているというのが第二の衝撃でした。利用は無料です。運営資金は年間およそ六億円。それが税金でも資産家の趣味でもなく、社会全体の意志によって支えられている。この仕組みをどうしても勉強したいと思いました。このシステム、世界観をどうしたら日本に移植できるだろうかって」
「ぼくは小児科医として、難病の子どもたちを何人も、何人も見てきました。そうした中で痛感していたことの一つは、病気の子どもを抱えた家族のケアなんです。子どもが病院で一定の治療を受けると、その後は通院を基本とした在宅看護に移行します。それはすなわち、ご両親が二十四時間三百六十五日ひたすら献身的な介護を続けることを意味します。緊張の連続です。ひと息つく間もなく、心身ともに疲れ切って、次第に孤立感を深めます。他のきょうだいたちは親が自分にかまってくれない、淋しい思いを味わいます。つまり、難病の子どもを支えていくためには、その家族をサポートしなくてはならない。それが一つ。
 そして、目を逸らすことができないのは、多くの場合、子どもたちの余命は限られている、という冷厳な事実です。生きる時間は限られているかもしれない。しかし、その子たちは成長過程にあるのです。他の子たちとまったく同じように、学び、遊び、友だちと出会い、体験をともにする権利を持っているんです。シスター・フランシスが言った『人生は長さではなく、深さである』というのは、まさにそのことです。だからホスピスは、病院ではなくて家である。そしてそこでのサービスは、友として寄り添うことでなければならない。子どもは病気でありながら、そこにいる時だけは病気であることを忘れられる。家族も四六時中『病気の子を持つ親なんだ』という引け目や圧力、あきらめや孤独から解放されて、同じような悩みを抱えた親御さんと交流してリラックスする。アットホームな雰囲気で、楽しく遊べて、団欒できて、みんなで食事をすることができる。寝泊まりもできる。そういう時間、空間を社会が支えて、みんなで共有していこうじゃないか。その試みがこどもホスピスなんです。これに喜びを見出せるかどうか―日本の社会が試されていると思うんです」

自分のライフワークにしたい

20160114_img3.jpg シスター・フランシスの講演会に一般の聴衆として参加し、“Live Deep”の理念に心を揺さぶられた一人に高場秀樹さんもいた。いまCHP理事長となり、プロジェクトの推進役として、この事業を自分のライフワークにしたいとまで言い切る。
 八歳の長男が重度の脳性まひを患い、三歳まで入院生活だった。その後は東京都内の自宅で両親の看護を受けながら暮らしている。しかし、気管を切開し、日に何度も強直発作を起こし、その度に呼吸が止まるので、気の休まる暇はない。
「看護に必死。特に母親は大変です。産んだ子どもが難病であるということに、そもそも傷ついている。さらに、その後も付きっきりで看護しています。少しは安息の時間を与えなければ、と思います。いま看護のローテーションとしては、朝から夜までがママで、私は夜中の担当です。そして、仕事が休みの時や休日は、彼女をフリーにしています」
「日本には生命を脅かす病気の子どもたちが、およそ二十万人いると言われています。うち年間約二千人が尊い命を失っています。私はある日突然、そういう子を持つ親の立場に立たされました。大変な状況が一気に押し寄せてきました。現実をありのままに受けとめて、この子と一緒に暮らしていこう、という覚悟ができるまでに、相当な時間と労力を要しました。身近に同じような経験をしている人がいるわけでもなく、言い知れぬ孤立感も味わいました。そんな時にこどもホスピスの話を聞いて、目が開かれました。そして、日本にまだそれがないんだったら、作っちゃえばいいじゃないか、自分にも作れるんじゃないか、と考えました」
「とはいえ、私もこういう取り組みは初めてですし、試行錯誤の連続です。ただ、さまざまな難題や障害にぶつかるほどに、こうした社会的な課題、公の問題に関わっていくことが、自分の精神のバランスの上でも必要な気がしています。そうでないと、人として何か豊かな感じがしない、というか。今回は、運営費を含む総事業費五億四千万円のうち、二億二千万円をユニクロに、残り三億二千万円を日本財団に拠出してもらっています。企業にとっても社会貢献は今後の重要なテーマです。それだけに、これを良い社会的な連鎖とするためには、TCHできちんと成果を出していかなければなりません。多くの地域で今後のモデルケースとなって、次にバトンが手渡されていくように、私たちの責任も重大です。いい空気を壊さないように、この事業をしっかり積み上げていかなくてはと思います」

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ユニクロは、こどもホスピスを「Clothes for Smiles(CFS)」プロジェクトの一環として支援しています。CFSとは、2012年にプロテニスのジョコビッチ選手とユニクロの共同発案により発足した、世界中の子どもたちに夢と希望を提供するプロジェクトです。10億円規模のファンドを設立し、世界中から公募した子どもたちの未来を拓くアイデアの実現を支援しています。

「考える人」2016年冬号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。