プレスリリース

2016年01月14日

BACKSTAGE REPORT - 「こどもホスピス」を支える人たちの熱き思い

~「考える人」2016年冬号(新潮社)より転載~

こどもホスピスに命を吹き込め

20160114_img11.jpg 建物は完成した。〝器〟のできたこどもホスピスに魂を入れる作業が本格化している。つまるところ施設に命を与えるのはそこを動かす人々である。後編では、現場を担うキーパーソンたちの思いを紹介する。
 まずは、大舩一美館長から。
「TSURUMIこどもホスピス(以下、TCH)は『もうひとつのお家』として、わがままを言ってもらえる場所であればいい。病気の子ども一人一人とその家族のわがままに私たちができるだけ添っていく。そういう形を作りたいと思っています」
 おだやかな笑みを絶やさずそう語る大舩さんは産経新聞社OBで、先天性心臓病の子どもの支援のために作られた「明美ちゃん基金」の運営にも携わってきた。産経新聞厚生文化事業団常勤顧問だったとき、こどものホスピスプロジェクトと接点が生まれたという。ちょうど退任のタイミングでもあったことから、「何でもお手伝いしますよ」と口にしたところ、後日、高場秀樹理事長から渡された名刺に刷られていたのは「館長」という肩書きだった。
 このプロジェクトに関わる人々は、まるで運命の糸に操られて集まっているかの印象を受けるが、大舩さんも例外ではない。新聞社勤務の傍ら、月に一度、日曜日に、多いときには六十人もの近所の子どもを集めて「どろんこクラブ」という遊びの会を十年以上続けた経験の持ち主なのだ。しかもその百二十回以上の集まりで、同じプログラムを繰り返したことがないという。「十メートルの大鯉のぼり」、体育館のフロア全体を使って行う「ジャンボカルタ」や「ジャンボすごろく」……普段できない遊びを提供した。
20160114_img6.jpg きっかけは大阪から滋賀への引っ越しだった。親の都合で仲良しの友だちから離れることとなってしまった娘と息子のために、新しい友だちを作るきっかけを与えたいとの思いがあった。加えて、川崎病の後遺症で運動が制限され、学校の体育を見学せざるを得なかった息子に、せめて親が見守れるときは思い切り遊ばせてやりたいという親心もあった。
 遊びの場であり学びの場であり、癒しの場ともなるTCHの現場トップとして、これ以上の適材はなかなか見当たらないかもしれない。ただ、大舩さんが自らに課す任務はもちろん、遊びではない。
「館長としての私の仕事は第一に資金集め。寄付によって運営を続けるために、安定した収入をどう確保するか。産経時代、紙面を使った宣伝をフル活用しても厚生文化事業団への年間数千万円の寄付を集めるのは容易なことではなかった。安定的にご支援いただける仕組みを考えないといけない。第二に広報活動。地域にも全国にも良い情報を発信して支援の輪を広げる。第三にみなさんから信頼してもらえる組織作り。それがぼくの仕事だと思っています」
 大舩さんは滋賀からTCHの近くに移り住み、泊まり込みも含めて必要なことは何でもやっていく覚悟でいる。

大切なのはPDCAサイクル

20160114_img7.jpg 当面、最小限のスタッフで、地域の人々の支援を受けながら運営していくことが前提のこどもホスピスでは、ボランティアの力は欠くことができない。その中心となるのが社会福祉法人・大阪ボランティア協会の事務局長、水谷綾さんだ。協会は、多様な価値観を持つ市民を巻き込みながら社会問題を解決できるよう、企業や行政を含む他セクターをコーディネートし、市民発の動きを応援する中間支援組織として半世紀の歴史を持つ。
 そこでのボランティアとの協働経験を踏まえ、水谷さんはボランティアの特徴を生かした人材マネジメントの支援をしている。
「大切なのは、ボランティアの良さが生きるPDCA(plan, do, check, action=計画、実行、検証、行動)のサイクルを設計すること。ボランティアが何を目標として自身が動いているのかの共通認識を持ち、独りよがりな活動に陥らないように『ボランティアにできること(can)』『ボランティアがやりたいこと(will)』『社会が求めていること(need)』の三つが重なる部分で活動を理解し、計画して実行できるコーディネーターを育てることも重要です。
 こどもホスピスがやろうとしていることに完璧な『正解』はありません。『あたたかく見守るって、どういうこと?』『子どもや家族の望みをキャッチするには何が必要?』、こうしたことを常に考え続けるのが、この活動の本質ではないでしょうか。
 そして、何をするかはもちろん大事だけれど、私たちはどうありたいか、『もうひとつのお家』はどうあってほしいのか、〝ビーイング(在る)〟の部分も大事に考えていけるような人たちを育てていくことが大切だと思っています」
 かつてアメリカ留学したときに子どもと遊ぶ活動に出会い、帰国後も何かできることはないかと模索していた時に電話相談の活動を始めたことが、ボランティアを支える「仕事」の存在を知るきっかけだったという水谷さん。ボランティア活動の原点になった相談活動と相通ずるTCHで、人々の熱意と思いを結実させるボランティアの新たなスタイルを模索していく。
 ボランティアとして関わっていくなかには、ユニクロスタッフもいる。
20160114_img8.jpg UNIQLO OSAKAの石田朋子さんは、ボランティア研修も済ませ、店舗を使ったこどもホスピスのイベントなどの際は中心となって子どもたちの受け入れをする。「サービス精神が旺盛」であることを理由に店長からプロジェクトに推薦されたという石田さんは、「思いがけず携わることになったけれど、半年以上やってきて、得るものが大きいことに感動しています。ここで働いていたからこそ得られた感謝すべき時間です」と目を輝かせる。
「病気のお子さんを抱えるご家族を見ると、二十代の自分と重なる」と語る石田さん自身、いまは立派な高校球児に育った次男が小さい頃は体が弱くて入退院を繰り返し、心配する日々を送った。長男を実家に預けていたので、寂しい気持ちを我慢して留守番する上の子の気持ちもよくわかる。
「だから、病気の子どものお兄さんやお姉さんが一緒に来てくれたときは、彼らを精一杯褒めるんです。家の手伝いなどをがんばっているから」
 石田さんの目下の課題は、子どもたちをもっと店舗全体で歓迎できるようにすること。一部のスタッフだけがやっていることにならないよう、店全体、地域店舗全体でこどもホスピスを応援する意義を理解し、共通認識を持たなければならないと感じている。もうひとつは、難病の子どもが来たときに、自主性を持ってもらえるようなプログラムを作ること。たとえば、子どもに「店長役」を任せて、スタッフが判断を仰ぎにいったりすることを考えている。
「難病のお子さんは、人に褒められたり何かをしてもらうことは多くても、『もっとこうしたら』とアドバイスされたり、あるいは判断を迫られるリーダーシップをとるような経験は普段の生活では少ないかもしれない。生きることに自信を失いがちな子どもだからこそ、自主的に動く経験をして欲しいのです」
 三年前、石田さんは〝四十歳のチャレンジ〟として大学の経済学部通信課程に入学した。人を育てる立場になり、経験値だけではモノを教えられないと感じたからだという。ゼミではユニクロのCSR(企業の社会的責任)の実践を発表したこともある。「大学での学びがあったからこそ、こどもホスピスの受け入れも積極的にできた面がある」と語る。休みの日を使って勉強し、レポートを書いてきたかいあって、春には卒業の見込みだ。

関わる人すべてが深く生きる

20160114_img9.jpg 最後に紹介するのは看護師の松本裕美さん。もう一人の常勤看護師、西出由実さんとともに、医師が常駐しないこどもホスピスにあって、難病の子どもと家族に寄り添う唯一の医療従事者という重責を担う。医療現場での勤務を経て、大阪発達総合療育センターで看護学生の実習の調整をしたり実習指導者を育てていたベテラン看護師の松本さんは、「後進に道をゆずってそろそろゆっくりしよう」と思っていたタイミングで、こどもホスピスに誘われた。
 十月下旬に大阪市立総合医療センターの小児病棟で行われたこどものホスピスプロジェクトの月に一度のイベント「院内クラフト」では、松本さんはボランティアの講師や看護師とともに、子どもたちの間をまわってフラワーポット作りの手助けをしていた。その穏やかな笑顔からは窺い知ることはできないが、松本さんにはひとつの深い覚悟がある―いついかなる時でも、まず難病の子ども本人のことを考える。
「終末期のお子さんが滞在していれば、容態が急変するということはいつでもあり得る。それまで『最期は穏やかに何もせずに見送る』と言っていた家族が、思いがけない急変に動転して『何とかして』と言い出したとき、私たちが落ち着いてゆっくりとした気持ちに立ち戻る手助けをしたい。納得した見送りができないと残された家族はあとで自分を責めることになる。私は悔いを残して欲しくないんです。何があっても、まず子ども本人を見る。その子の希望に寄り添う。一人一人、一家族一家族そうしたことを積み上げていくのと同時に、私たちも経験を積み上げていく。これからそういう仕事をしていくのだと思います」
 このような深い思いを持つ人々が集まって、限られた時間を生きる子どもとその家族が「深く生きる」ことのできる場所を作り上げようとしている。そのチャレンジは、プロジェクトに関わるすべての人がより深く生きていくことにもつながっていく。

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「こどもホスピス」が病気の子どもとその家族を理解し、きめ細かい気づきとケアを提供できる場であるためには、多岐にわたる用途のための費用が必要です。皆様からご支援いただく寄付金はこうした活動に必要なことに全て使われます。たとえば1000円の寄付ならばTSURUMIこどもホスピスに来ることができない病状の子どもに子どもらしい遊びや学びの時間を1時間提供できます。ご支援お待ち申し上げます。

「考える人」2016年冬号
(文、取材・編集部/ 撮影・菅野健児)
詳しくは、新潮社のホームページをご覧下さい。