石川直樹
2021.08.05

北斎が見ていた富士山の景色

石川直樹

これまで幾度となく様々な富士の姿を記録してきた写真家の石川直樹さん。駿河湾からカヌーを漕ぎ、富士川河口沖付近から仰ぎ見た富士山は、葛飾北斎の『冨嶽三十六景』のうちの一図である、『凱風快晴』の構図にとてもよく似ていた。

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無数の富士山へ。 写真・文/石川直樹

ぼくは富士山に海抜ゼロメートルから登ったことがある。まずは駿河湾からカヌーを漕いで富士川の河口に入り、道路を延々と歩いて登山口に到着、そこから登り始めて頂上に到達するまで丸三日かかった。毎日富士山を眺め、触り、踏みしめながら歩いていると、この山が決してひとつの姿に留まることなく、日々、色も形も変わっていくということを実感した。

遠くから見た富士山は、北斎の浮世絵などをとおして、あるいは観光写真やメディアを通じて日本の象徴として描かれ続けてきた。しかし、見慣れた(と思い込んでいる)山の姿も、自分との距離を徐々に縮めていくことによって、幾重にも変化する。

自分は、夏と冬あわせて30回以上、富士山に登っている。夏の黒々とした富士山は荒涼とした岩山であり、多くの登山者を呼び寄せる観光地と化す。樹海は森の生命力に満ち、あちこちで湧き水をたたえ、カモシカをはじめとする多くの動物が跋扈(ばっこ)する緑の迷路にもなる。

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一方で雪に覆われた冬の富士山は、吹きすさぶ風とガチガチの氷によって、人も動物さえも近づけない。厳冬期に頂上に立てるのは訓練を積んだ一部の登山家だけで、道路も封鎖されて人の気配はほとんどない。海から見た富士山は、波越しに浮かぶ蜃気楼のようだった。北斎のように荒波から富士山を垣間見ることはついぞかなわなかったが、ベタ凪の鏡のような水面にカヌーを浮かべて見た富士山は、北斎の浮世絵で見たあの富士山の佇まいに近しいものを感じた。

飛行機に乗って空から富士山を眺めた経験がある人も多いだろう。ぼくは撮影のためにヘリコプターで上空を飛び、火口を間近で見下ろしたことがある。あのときの富士山は、どこか別の惑星を連想させた。高度の影響でぼんやりとした頭で山を撮影し続けながら、ぼくは富士山に、無数の山を見ていた。冬に夏に、海から山から、そこには変わり続ける、しかし世界一有名な山の姿があった。

石川直樹

年に一度、夏の終わりに富士吉田の火祭りで担がれ、街中を練り歩く富士山型の神輿。赤い漆で塗られている。

一方で、この山の麓に暮らしている人にとって、富士山はどのような存在だろう。この山のまわりをぐるぐると巡っていると、他の山にはない祈りの痕跡のようなものにたびたび出会う。修験者が籠もったという麓の風穴や洞窟、頂上の火口を一周する「お鉢巡り」という考え方、数多くある鳥居や祠などを見ていると、古くから人々がこの山とどう関わってきたのかがよくわかる。噴火を繰り返しながら、しかしその美しい円錐形の山容を保ち続けた富士山は、いつしか神仏の住む霊山として、人々の修行の場となり、遥拝の対象にもなった。中でも、今も続く祈りの痕跡として最も具体的なものは、一年に一度の奇祭、火祭りである。

富士吉田市で夏の終わりに開催される火祭りでは、昼に「お山さん」と呼ばれる富士山型の赤い神輿が街中を駆け巡る。赤い漆で塗られた富士山型の神輿は目を惹く。人々は山を担ぎ、山と歩くのだ。夜になると、神輿は決められた場所に納められ、街のあちこちにかがり火が焚かれる。道路は封鎖されて、街全体に火が灯るそのさまは、一夜限りの幻のような風景だ。富士吉田市は、登山道の入り口に浅間神社を擁し、社は富士山そのものをご神体として祀っている。火祭りの日、麓に住む人々は富士山と、精神的かつ肉体的な交わりを結ぶのである。

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富士山にはいくつもの顔がある。ピークハントを楽しむような登山が一般的になったのは、実はつい最近のことで、もともと日本の山は、標高の高低にかかわらず、信仰の対象として存在していた。北斎が生きた時代も、富士講などの遥拝登山が主流で、山に登ることは決して身近ではなかった。八やおよろず百万の神の気配を生きとし生けるものに感じとるアジアならではの思考が体現された北斎の富士山が時代を超えて人気があるのは、登山が隆盛する以前からぼくたちの根底にある山への思いを感じさせるからではないか。

石川直樹

富士吉田市には富士山自体をご神体とする浅間神社(北口本宮冨士浅間神社)がある。富士山はもともと神仏の住む霊山として、修行の場であったり、遥拝の対象だったのだ。

山を担ぐように、山を着る。これもまた今の時代をあらわす富士山の在り方である。

PROFILE

石川直樹|1977年、東京都生まれ。写真家。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。 2011年『CORONA』(青土社) により土門拳賞、2020年『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)により日本写真協会賞作家賞受賞。

葛飾北斎|江戸時代後期の浮世絵師。代表作には『冨嶽三十六景』『北斎漫画』などがあり、90年の生涯で多数の作品を発表。『冨嶽三十六景』では青色顔料プルシアン・ブルーをいち早く用い、のちに“北斎ブルー”と呼ばれるようになる。

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