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日曜版の『PEANUTS』は特別だった。
日曜の朝は、心なしか新聞紙面もリラックスして見える。事件や政治情勢に切り込む勢いは緩み、コラムやインタビュー、マンガが賑やかに踊る。1952年1月6日に日曜版がスタートしてからは、あらゆる全米各紙の新聞で連載された『PEANUTS』にも、月曜から土曜までのモノクロの“通常版”と、日曜の全編カラーの“日曜版”のふたつのバージョンが存在する。パステルカラーで塗られた『PEANUTS』の世界は、アメリカの休日をポップに彩ったに違いない。カリフォルニア州サンタローザにある「チャールズ・M・シュルツ美術館」研究センター学 員、ベンジャミン・L・クラークさんは、シュルツの日曜版への思いについて、こう話してくれた。
「彼は子どもの頃から日曜版のマンガを読むのが大好きでした。フルカラーマンガは日曜版の目玉で、心と目を楽しませてくれるとっておきの楽しみでした。それをきっかけにシュルツは自らペンをとり、絵を描き始めます。その後、新聞各紙に連載マンガの配給を行うユナイテッド・フィチャー・シンジケートから制作依頼が来たのです」
20世紀初頭、多くの労働者にとって日曜日は貴重な休日だった。新聞各社は彼らの注目と購買力を日曜版に引き付けるべく、こぞってマンガや小説を掲載し、安い賃金の彼らにも、気軽に楽しめる娯楽を提供したのである。これが現代まで続く日曜版の雛形となった。
「かつては1ページをまるごと使ってひとつのマンガを展開していたのですが、シュルツが日曜版の連載を始めた1952年には既にフォーマットが縮小され、1ページに複数のマンガが掲載されるようになっていました。それでも 通常版を縦に3つ重ねたくらいのスペースがあったため、スケールが大きい物語りを作ることができた。イラストレーションの面でもより自由度の高い表現が可能でした」
クラークさんが選ぶ「タイトルパネルが面白い日曜版」をご紹介。 まずはラマ(!) が登場する衝撃作。「『PEANUTS』にラマが出てくるなんて、ユーモアと意外性の出合いですよね。読者はほかにどんな生き物が? と思わずにいられないでしょう。想像の翼を自由にはばたかせることができるのがタイトルパネルなのです」 初出 1990年9月9日
シュルツさんのセンスが光るのが、マンガのいちばん上段にある「タイトルパネル」だ。シュルツさんのこんな言葉が残されている。「日曜版で特に重要なのは最後のパネル。だが、新聞のマンガページを開いたとき、思わずオチが描いてある右下の角を最初に見て、そのページ全体が台無しになってしまうことがある。だから、読者が間のパネルを飛ばそうと思わないくらい最初のパネルを面白くして、ラストに目がいかないようにすることもときには必要だ」。また、こうした緻密な計算だけでなく、新聞社や読者への愛も潜んでいるとクラークさんは言う。
「紙面のサイズは各紙異なるため、一部ではマンガを編集し、1ページに何作品かを組み合わせていました。つまり上段部分が丸ごとカットされることも少なくないため、タイトルパネルと、続く2番めのコマ“スローアウェイ”には力を入れない慣習がありました。ですがシュルツは、カットせず掲 してくれる新聞のために、いつもクリエイティブなコマを描いていました」
本棚に角度をつけた遠方法(一点透視図法)を用いた珍しい作品。「キュートな絵柄のため見過ごされがちですが、シュルツは高いデッサン力をほこりにしていました。この作品ではタイトルパネル以外にも、『劇中の写真にキャラクターを登場させるには』という難問に遠近法を使った写実的なドローイングで挑み、その腕前を披露しています」 初出 1958年11月16日
1966年11月の日曜版からは副題が付いた。英題は「P E A N U T S featuring Good ol’ Charlie Brown」。これには「シュルツさんが『PEANUTS』というタイトルを気に入っていなかった」という説があるそうだが、真偽のほどはいかに。
「そうですね、シュルツは『“PEANUTS”なんて、史上最高に情けないタイトルだ』と言っていました。配給元の法務部に『“Li’l Folks”に変更したい』と提案しましたが、却下。次に『“チャーリー・ブラウン”をタイトルにしてはどうか』と提案しますが、『平凡極まりない名前を著作権登録することはできない』と言われてしまいます。そこで日曜版に“Featuring Good ol’ Charlie Brown”という副題を付けたのです。これは1987年1月4日まで続きました」
シャーロック・ホームズにインスパイアされたタイトルパネル。「ウッドストックはホームズの鹿撃ち帽をかぶり、スヌーピーはホームズの作品に登場する“バスカヴィル家の魔犬” のマネをしています。キャラクターにいつもと違う役を与えたり、『PEANUTS』の世界とは異なるものを描くのも、彼なりのユーモアです」 初出 1991年2月3日
コマの隅々にペンを入れ、『PEANUTS』に並々ならぬ愛情を注いだシュルツさん。1997年に75歳の誕生日祝いとして取った5週間の休暇以外、亡くなる直前の1999年12月の引退宣言まで1日も休まず、1万7,897日分のマンガを描き続けたという。世界中に認められてもなお表現に挑み続けたシュルツさん。その向上心は、いったいどこから生まれたのだろう。
「シュルツはインタビューで『成功したのになぜマンガを描き続けるのか』と聞かれると、よくこう答えていました。『自分がずっと夢見ていたことを実現するために一生懸命努力して、できるようになったら辞めるなんていう話があるか』と。マンガ家になることは、シュルツの小さい頃からの夢でした。マンガを描くのが楽しいだけでなく、『自分にはマンガの才能がある、もしかすると歴史に残る傑作を描けるかもしれない』と思っていたからです。描くことを辞めてしまったアーティストは、そのような高みには決して到達できません。シュルツの偉業をさらに輝かせているのは、マンガに懸ける類まれな情熱なのです」
ベンジャミン・L・クラーク|「チャールズ・M・シュルツ美術館」研究センター学芸員。出身地のネブラスカ州からテキサス州、オクラホマ州、モンタナ州の美術館を経て現職。シュルツ作品の管理と解釈を担当するチームを率いる。
シュルツが晩年を過ごした、カリフォルニア州サンタローザの「チャールズ・M・シュルツ美術館」。設計やレイアウトも自身が監修し、細部にインスピレーションが息づく。
日本の公式サテライト、東京 町田市のスヌーピーミュージアム。2019年に南町田グランベリーパーク内にオープン。現在、シュルツ生 100周年を記念した新企画展「しあわせは、みんなの笑顔」を開催中(7月10日まで)。
スヌーピーミュージアム
入館料 大人¥1,800
(現在店頭にて配布中のUT magazine巻末の割引チケットを持参すると200円オフに)
東京都町田市鶴間 3-1-1
☎042・812・2723
10:00 ~ 18:00(最終入場は17:30)
無休(休館日は要確認)
PROFILE
ピーナッツ|ミネソタ州生まれの作家チャールズ・M・シュルツ原作の新聞マンガ。1950年10月2日に全米7紙で連載 が始まり、シュルツが亡くなる2000年まで続いた。今も過去の作品が世界75カ国、21の言語、2,200紙で連載中。
©︎2022 Peanuts Worldwide LLC
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