1980年代の都会派和製ポップス、通称シティポップが ワールドワイドな再評価を得て久しい。 そんな中、レコードジャケットに使われたアート作品にも注目が集まっている。 筆頭に挙げられるのが、イラストレーターの永井博さんの作品であり、いよいよUTのラインナップに降臨。 深いブルーの空が印象的なそのトロピカルな風景画は、いかにして生まれたのだろうか。
永井さんの空は、まず青を塗り、次に下からエアブラシで白を吹き付け、その上に透明度の高い青を何度も吹き付けることで描かれる。
不器用に“光と影”を描き続けて。
まず目に飛び込んでくるのは、雲ひとつない晴れやかな群青色の空だ。その下には大きな白いプールが広がり、水面にはヤシの木が影を落としている。今季のUTでは、どこか懐かしさを覚えるその細密な風景画をプリントしたTシャツがリリースされる。作者はイラストレーターの永井博さん。1981年に大滝詠一さんが発表した、『A LONG VACATION』のジャケット画としても知られる作品だ。
「もともと僕は、1979年にCBS・ソニー出版から『A LONG VACATION artback』って絵本を出しているんですよ。だけど、ほかの仕事が忙しかったので文章を書く暇がなくて。そんなときソニーの人に紹介され、文章を書いてくれたのが大滝詠一さんでした。その後、大滝さんが同じタイトルのアルバムを作ったというので、絵本の中の1枚がジャケットに使われたというわけです。実はあの絵、広告の仕事としてワインメーカーのために描いた絵がもとになっているんです(笑)。クライアントが持ってきた写真資料をもとに、僕なりにアレンジして描いたものだったんですが」
永井さんには、これとまったく同じ景色の夕景を描いた作品がある。UTにはこちらをプリントしたものもラインナップされているが、もとは女性歌手だけによる『A LONG VACATION』のカバー集『A LONGVACATION From Ladies』のジャケット画だ。「あんまり深くは考えてないんだけど、女性だからピンク色がいいかなと思って(笑)。ただ、“光と影”を描き込むってことだけは、いつも大事にしているんです。この2作についても、それは変わりませんね」
この唯一無二の画風はいかにして生まれたのだろうか。そこには、叔父のデザイン会社に務めつつイラストレーターとしての活動も開始していた’70年代、永井さんの身に訪れた、ふたつの出来事が関係しているという。ひとつ目は当時アメリカで勃興していた美術の潮流、「スーパーリアリズム」の展示を目撃したこと。ふたつ目は、先輩イラストレーターの湯村輝彦さんや河村要助さんをはじめとする10数名で、40日間にわたりアメリカ旅行をしたことだ。
若い頃の永井さんの写真。30代の頃は、広告やCMに出演することもあった。
「『スーパーリアリズム』展では、日展なんかで見る日本のリアルとはまったく違うものを目の当たりにしました。衝撃でしたね。ビーチだとかアメ車だとか、そもそも描かれる風景が違うというのもありますが。日本画で描かれるのは富士山とかでしたから。それで旅行に行ったら、展覧会で見た風景がそのままあるわけですから、興奮しました。最初に西海岸に行って、ほかの人はすぐニューヨークに向かったんですが、僕や湯村さんはしばらく残っていましたね。レコード店に行ったり、ダウンタウンで中華を食べたりしていただけなんですけど、やっぱりその濃い青空に惹かれるものがあったんだと思います」
確かに、これら体験が現在の永井さんの画風に影響を与えていることは、一目瞭然に思える。しかし、実際の作品は、そうした記憶の中の“原風景”だけを頼りに描かれているわけではないという。「僕は印刷物が好きなんですよ。イラストを描き始めた当初は、旅行代理店で大量にチラシをもらってきて、その中の風景写真を参考にしていたこともあるくらい(笑)。今回Tシャツになるスーパーマーケットを描いた絵も、湯村さんからもらった絵葉書がもとになっています。だから、僕の絵は、そういった資料写真を参考にしつつ、自分の見た風景の印象を“光と影”で強調するというスタイルなんです。絵がうまくないというのもよかったかもしれない。もし器用だったら写真そっくりに描けてしまうけど、それができない。時に不器用っていうのは個性になるんです」
永井さんのアトリエには至る所にレコードの詰まったダンボール箱があるのだが、現在は置き場に困るのでシングル版しか買わないそう。
光と影、記憶と記録、本当と嘘……。“永井博的”としか呼びようのないあの風景は、そうした相反する要素が混ざり合う場所に立ち上がっているのだ。
最後に自身の作品がTシャツになることについて尋ねてみると、「うれしいですね。レコードのジャケットになるのと同じくらいに」と語り、「でも」と付け加えた。「これまでもたくさん作ってきましたから。今回のUTで最後かもしれませんね」
PROFILE
ながい・ひろし|イラストレーター。1947年、徳島県生まれ。23歳からグラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートさせ、28歳でイラストレーターとなる。作品集に『POOLS』『CRUISIN'』『HUMAN NATURE』など。
永井さんを慕うシティポップな面々による、永井さんとのこと。
水原佑果
モデル、DJ
―永井さんとの出会いは?
永井さんがご自身のTwitterアカウントでお気に入りのブラックミュージックを貼っているのを見つけて、それを拝見しながらDigして聴いたりしていました。私の父親もいつもファンキーな音楽を聴いていたので、何か似たようなソウルフルな世界観を感じます。今はフォローし合っているDJお友達です。お家には、永井さんの飛行機の絵が飾っているのですが、見るたびに美しい情景を眺めるのと同じように心が和まされます。
―永井さんについて思い出に残っているエピソードなどがあれば教えてください。
数年前、永井さんがレコードを断捨離しているという噂を聞いて、飛んで見に行きたかったのですが、自分は海外にいたりして結局叶わず……。もしまたチャンスがきたら、走って見に行きたいで
す!
―永井さんの作品で最も好きなのは?
ひとつに絞るのはとても難しいですが、波打ち際の砂浜を車とバイクが走っている作品でしょうか。実際に車やバイクで走っていいビーチは、世界に3カ所しかないといわれているんです。「いつかこういう情景を眺めてみたいな」って夢心地気分になって、ワクワクさせられます。
―上で挙げた作品に、いちばん合う音楽は?
佐藤博さんの『FUTURE FILE』。作品のムードにぴったりだと思います。
―永井博さんが手掛けたTシャツでいちばん好きなのは?
黒いTシャツです。ピンクに染まった夕暮れの情景に魅了されました。普段使いにもピッタリですし、レコードを掘りに行くときなどに、デニムパンツやスカートと合わせてサラッとコーデしたい!
PROFILE
みずはら・ゆか|1994年、兵庫県生まれ。モデルとして活動をスタートし、ファッション誌やCM、広告で起用される。音楽好きとしても知られ、DJとしての顔も持つ。
TAKUMI YUGE
アートディレクター、ファッションデザイナー
―永井さんの作品との出会いは?
小学3年のとき、母が持っていた『A LONGVACATION』のレコードで知りました。
―永井さん自身との出会いは?
知人に紹介してもらいました。今はイラストレーターとアートディレクターという仕事上の関係が基本ですが、プライベートでも一緒にDJをさせていただいたり、僕のブランドやレコード屋の企画にお力添えしていただいております。
―永井さんはどんな人?
お話ししてみて驚いたのが、日本を代表する本物のレコードコレクターで、ファッションにも造詣が深い人だということ。知り合う前も後も僕にとってレジェンド。アーティストとしての仕事への取り組みを間近で見させてもらえることを幸運に感じますし、一緒に仕事ができることを光栄に思っております。
―永井さんとの印象深い思い出は?
初めて一緒にお仕事をしたときが印象深いです。僕がスイムウェアのブランドにディレクターとして携わっていたとき、広告用に絵を描いてほしいとお願いしたときです。あと、一緒に韓国でDJをやったこともいい思い出ですね。
―永井さんの作品で最も好きなのは?
やはり『A LONG VACATION』に使われた絵になってしまいますね。多感な少年時代にいちばん最初に目にしたので。あと、個人的に買わせてもらったプールの絵も好きです。
―永井さんにメッセージをお願いします。
永井さんは長生き家系と聞いていますので、後15年はお体を労わりながら1枚でも多く素敵な絵を描いてもらいたいです。それとまだ知らない素晴らしいソウルミュージックの7インチに出会えることを願っております。
PROFILE
ゆげ・たくみ|1974年、東京都生まれ。2000年、自身のブランド〈Yuge〉を立ち上げる。2018年にレコードショップ『ADULT ORIENTED RECORDS』をオープン。
Night Tempo
音楽プロデューサー、DJ
―永井さんの作品との出会いは?
レコードを収集しているときに、大滝詠一さんの『君は天然色』というシングルのジャケットを通して知りました。2012〜 2013年頃だったと思います。
―永井さん自身との出会いは?
韓国で行われたイベントです。知り合いに紹介してもらい初めてお話しさせていただきました。その後もオンライン・イベントなどで、ご一緒したりしています。
―実際にお会いした永井さんは、どんな印象でしたか?
自分が作品から感じていた印象より、クールな方でした。
―永井さんとの印象深い思い出は?
2019年にリリースした自分のアルバム『夜韻(Night Tempo)』のアートワーク制作を電話でお願いしたところすぐにOKをいただき、作品を描き下ろしていただいたことは良い思い出です。
―永井さんの作品で最も好きなのは?
やっぱり『夜韻(Night Tempo)』のアートワークです。
―上で挙げた作品に、いちばん合う音楽は?
自分の曲ですが『Dystopia』です。
―永井博さんが手掛けたTシャツでいちばん好きなのは?
黒地に夕暮れ時のプールが描かれたものです。空の紫色が好きです。
―永井さんのTシャツは、どんなシーンで着たいですか?
ビルの屋上で街並みを見るときに着たいです。
―永井さんにメッセージをお願いします。
時代を超えて、今もなお素敵な作品を描き続けている永井さんを尊敬しています。
PROFILE
ないとてんぽ|1986年、韓国生まれ。2021年、初のメジャーオリジナルアルバム『Ladies In The City』をリリース。’80年代の日本文化をこよなく愛する。
一十三十一
ミュージシャン
―永井さんの作品との出会いは?
幼少期、両親の営んでいたトロピカルアーバンリゾートレストラン『BIG SUN』で、大瀧詠一さんの『A LONG VACATION』のジャケットに出会いました。
―永井さん自身との出会いは?
井出靖さんのレーベルからリリースされたカバー集のジャケットが、一十三十一として初の永井さんワークスとの出会い。この作品を皮切りに、コンピや、ゲスト出演作品のジャケットでお世話になりまくるという幸運に恵まれ、自身の最新オリジナルでもついに実現したところです。実際に初めてお会いしたのは『ビルボードライブ東京』の楽屋ですね。
―永井さんはどんな人ですか?
あんな夢のような作品を描く方なのに、ご本人はとてもざっくばらんな方で、フランクにお話しできるのが意外で素敵です。友人知人も何かとつながっているため、親近感が高まりつつも、世界的スーパースターであり続ける永井さんに、ずっと憧れてます。
―永井さんとの印象深い思い出は?
コロナ初期に制作したアルバム『Talio』のテーマ絵を永井さんに描き下ろしていただくにあたり、彼のアトリエそばのカフェで、制作陣4人でひっそりと打ち合わせしたのが、静かに熱い思い出です。
―永井さんの作品で最も好きなのは?
プールの絵。
―上で挙げた作品に、いちばん合う音楽は?
僭越ながら、一十三十一『DIVE』。
―永井博さんが手掛けたTシャツ全3柄でいちばん好きなのは?
白いTシャツです。クーラーのきいた夏の事務所で、ジャケットとパンツとヒールに合わせてトレンディなお仕事をしたい。または、避暑地でショートパンツに合わせてアイスを買いに行きたい。
PROFILE
ひとみとい|札幌生まれ。2002年デビュー。“媚薬系”とも評されるエアリーでコケティッシュなヴォーカルでアーバンなポップスを展開する。
© 永井博
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