手塚るみ子&しりあがり寿
2020.04.02

手塚るみ子×しりあがり寿のディズニートーク(前編)

手塚るみ子&しりあがり寿

ウォルト・ディズニーと手塚治虫。世界の漫画界に絶大な影響を及ぼし続けるこの2人について、手塚を尊敬してやまない漫画家のしりあがり寿さんと、手塚の実娘であり、手塚プロダクションの取締役である手塚るみ子さんが語る。

ミッキー マンガ アート

雲の上の存在との出会い

しりあがり寿(以下、寿) 手塚先生が生前に描いたミッキーマウスの絵をTシャツにしてしまうなんて、画期的な企画ですよね。手塚先生がミッキーの絵を残していたことを、このTシャツを通して知る人も多いかもしれませんね。
手塚るみ子(以下、手) 手塚はディズニーの大ファンでしたからね。小学生の頃にミッキーと出会って、何回も模写してあのタッチを習得したと言っていました。生前はディズニー社のアニメーターとも親交があって、ドナルドダックの原画を書斎に飾っていました。ウォルト・ディズニーにも一度だけ会ったことがあるんです。雲の上の存在だったので、あんまり言葉を交わせなかったようですが。
寿 そうなんですね。すごくうまい。うますぎてまったく違和感がないし、動きも生き生きしていますよね。僕の描いたミッキーとは大違い(笑)。
 そんなことないですよ。しりあがり先生のもオリジナリティがあって、素敵だと思います。
寿 ものすごく案を出したんですよ。変なやつもたくさん描きました。紆余曲折あって、今の形に落ち着きましたけど。

寿 ちなみに、僕も一度だけ生前の手塚先生にお会いしたことがあるんですよ。
 それはデビューした後ですか?
寿 いえ、多摩美(多摩美術大学)の漫研(漫画研究会)にいたときです。部員たちと仙台に行ったんですよ。そのとき、全員で仮装してイベント会場のデパート屋上に行くために、エレベーターに乗り込んだんですが、屋上についてドアが開くと、逆光に照らされた手塚先生が立っていたんです(笑)。でも、さすが手塚先生、仮装行列みたいな僕たちにもまったく動じずに握手をしてくれました。それが最初で最後です。

 そうだったんですか。てっきり漫画家デビューしてからも会ったことがあるのかと。有名な話ですが、手塚はしりあがり先生のことを天才だと絶賛していましたから。他の作家先生に対しては「あの絵なら俺にも描ける」と言うのが口癖でしたが、「しりあがり寿の絵は真似できない」って。それなのに、手塚治虫文化賞を差し上げるのも遅くなってしまって……。
寿 いえいえ。あれをもらったときはすごく嬉しかったんです。授賞式には、妻と生まれたばかりの娘を連れて行きました。会場である帝国ホテルにも生まれて初めて泊まったりして。今言っても、娘は全然覚えてないんですけど(笑)。でも、本当に感激だったな。幼稚園の頃に読んでいたのは、手塚先生の漫画とディズニーの絵本でしたから。親が大好きだったんです。ハードカバーの『化石島』かなんかに落描きをしちゃったりして。
 しりあがり先生にはテヅコミ(現役の漫画家が手塚作品のトリビュート作品の企画マガジン。しりあがりさんは『マグマ大使』をベースにした『煩悩! マモルくん』を描いている)でもお世話になっていますが、そんな頃からコラボしていたとは知りませんでした(笑)。

しりあがり寿

「かわいい文化」の源泉は、手塚作品かもしれない。

寿 僕自身はその頃から画力が変わらないんですけど……。でも、あの頃に読んでいた中では、手塚作品の面白さが断トツでしたね。
 手塚の絵のスタイルは時代ごとに変わっていますが、『化石島』の頃はそれこそディズニーの影響を強く受けた絵柄でしたね。キャラクターのシルエットが丸っこくて。
寿 この丸っこさは重要ですよね。人って丸っこいものが好きですから。
 赤ちゃんもそうですね。丸っこくてムクムクしているものに、人は愛情を抱きたくなるんでしょうね。

寿 ディズニーが手塚先生を経由して日本の漫画にそういう丸っこい流れができてきたんでしょうね。『北斎漫画』(葛飾北斎が市井の人から動植物、妖怪までを描いたスケッチ集)まで遡ると、人間も動物も骨と筋ばっかりで、愛情の抱きようがないですから(笑)。その意味で、手塚先生は今で言う日本の「かわいい文化」の源泉かもしれません。今や等身なんてないかのような、頭だけのポケモンみたいな世界まで来ていますけど、この後、どこまで行くんでしょうかね。もうこれ以上は丸くならないですよ(笑)。いずれにしても、ディズニーに影響を受けた手塚先生の絵、つまり、“ディズニー・手塚ライン”が日本の漫画界に与えた影響は大きいと思います。スピード感、ダイナミックスさ、デフォルメされた動き、表現など、絵柄の発明品としてすごい。
 ありがとうございます。

手塚治虫はお尻を描くことが、大好きだった。

寿 何が違うのかはわからないんですけど、手塚先生の絵柄は急に主人公と読者の距離が近くなる印象があるんですよね。目の印象なのかなぁ……。ちゃんと白目があるんですよね。ミッキーマウスにも黒目だけの時代と、白目もある時代がありますが、手塚先生の絵柄もその変化に合わせて変わったのかな……。今、日本の漫画の目って言うと、少女漫画の人たちがいろいろ描いていますよね。
 日本漫画の目の文化はすごいですよね。
寿 本当にね。10年くらい前、僕は「このままじゃダメだ」と思って、『DEATH NOTE』のキャラクターの目を模写したんですよ。でも、描けませんね。3時間くらいで諦めました(笑)。
 早い(笑)。ただ、手塚の描くキャラクターは、たしかに丸っこくてかわいいんですけど、それだけじゃなくて、エロティシズムも感じられると思うんですよ。手塚の猫なんかを見ると、色気というか、動物の体の艶めかしさと愛らしさがうまく溶け込んでいるなって。

寿 そうですよね。僕が『W3(ワンダースリー)』(戦争を繰り返す地球に、3人の銀河パトロール要員が調査に訪れるというSF作。3人は世を忍ぶ仮の姿として、ウサギ、カモ、ウマに変身する)に出会ったのは小学生の時だったと思いますが、ウサギのボッコちゃんには色気を感じました。なんと言っても、叱ってくれるところがいいんですよ。
 ボッコちゃんは銀河パトロール隊の隊長なんですよね。一番小さくて、か弱い動物なのに。
寿 小学生のとき、動物が出てくる漫画っていうと、他には『カムイ伝』がありました。ただ、『カムイ伝』に登場する動物もすごい上手く描かれているんですけど、怖いじゃないですか。幼心ながら、手塚作品とはそこが全然違うと感じていました。

 本来、獣っていうのはそういう怖さがあるもの。だけど、ディズニーや手塚はそれをものすごく愛らしさやエロティシズムといった別のものに置き換えていくんですよね。同時期の『バンパイヤ』なんかではその獣の怖さを描こうとはしているんだけど、それでもやっぱり、どこか愛らしさが出ていると思います。
寿 腰の線がなめらかなのも、エロティシズムと関係しているのかな。
 唐突ですが、手塚はお尻フェチだったんですよ(笑)。書斎にあった人形は、すべてお尻を向けて並べられていたくらいですから。その原点も、たぶんディズニーにあると思うんですよね。ディズニーが描くミッキーやバンビのぷくっとしたお尻って魅力があるじゃないですか。だから、手塚が描く一見するとかわいいキャラクターも、お尻のラインが妙にエロチックだったりするんですよ。(後編に続く

©Disney

PROFILE

てづか・るみこ|プランニングプロデューサー。戦後の日本漫画界におけるパイオニアのひとり、手塚治虫の長女。手塚作品をもとにした企画・タイアップのプロデュース、コーディネーション活動のほか、音楽レーベルMusicRobita主宰。手塚治虫文化祭(キチムシ)実行委員長も務める。

しりあがり・ことぶき|1985年に『エレキな春』でデビュー。パロディを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。主な作品に『ゆるゆるオヤジ』『真夜中の弥次さん喜多さん』『地球防衛家のヒトビト』など。『弥次喜多 in DEEP』で第5回手塚治虫文化賞 マンガ優秀賞受賞した。