手塚るみ子&しりあがり寿
2020.04.09

手塚るみ子×しりあがり寿のディズニートーク(後編)

手塚るみ子&しりあがり寿

漫画家のしりあがり寿さんと手塚プロダクション取締役の手塚るみ子さんが、世界の漫画界に絶大な影響を及ぼし続けるウォルト・ディズニーと手塚治虫について語る対談後編。
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ミッキー マンガ アート

名作を後世に残すための“二世会”

寿 るみ子さんは赤塚不二夫先生や藤子・F・不二雄先生の娘さんたちと集まったりしているそうですね。どんな話をするんですか?
 “二世会”のことですね。あれはもともと、“親の犠牲者の会”って名前だったんです。私を含め二世の多くは、もともと自分の仕事を持っていたんです。だけど、親に頼まれたり、あるいは、亡くなったりして、渋々手伝わざるをえなくなってしまった。そうすると、自分が本当にしたいこととは違うことをしなくてはならなかったり、各方面からいろんなことを言われたり、しなくてよかったはずの苦労をさせられるわけです。そういう二世ならではの愚痴をこぼし合う会として、最初は始まったんです。だけど、最近はもっと真面目に、会社運営をどうするか、生原稿をどう保管していくかといったことについての情報を交換したりしています。今はデジタルで描く先生のほうが多いですが、紙に描いている場合ですと、場所を取るし、どうしても劣化してくるわけですよね。そうすると、美術館クラスのところに保管してもらう必要もあったりしますから。
寿 重要ですね。

また、私たちみたいにプロダクションがない作家さんの方も多くいます。そういう方のご親族に来ていただいて、わからないことを教えてあげるなんてこともしています。
寿 何人くらい参加しているんですか?
 ときどきによりますが、最低でも20名くらいは集まります。ネットワーク自体はもっとありますね。しりあがり先生の作品も、ゆくゆくは娘さんが継いで行くんでしょうし、もし困ることがあるようだったら参加してくださいね。
寿 僕の作品の場合は、とっておく必要があるかなあ? 娘にしても、漫画やアニメは好きみたいですが、僕の作品にはまったく興味を示しませんし……。

幼少期は父に感想を聞かれ、「面白くない」と答えていた。

 私も幼い頃は読んでいましたが、中学に入って思春期を迎えた頃から読まなくなりました。というのも、『奇子』を中学1年生のときに読んでしまって、大人向けのドロドロした作品を父が描いていることに、娘として嫌だったからなんです。自分の知っている父と違う感じがして。『ブラック・ジャック』や『三つ目がとおる』などを連載中の一番人気があったときなので、同級生はみんな読んでいましたけどね。それに、当時は若い人気の作家さんを意識して、読者に媚びを売るような、もっと言えば描かなくてもいいような漫画も描いていましたから。下手にそういうのを読みたくなかったというのもあります。
寿 いい読者ですね。
 どうでしょうかね。もっと幼い頃は父に作品の感想を聞かれて、屈託なく「面白くない」と答えていたので、娘さんに感想を聞くのは危ないかもしれませんよ(笑)
寿 言ってくれるだけまだマシですよ。「ヒゲのOL薮内笹子」かなんかを読ませて、ノーコメントでしたから(笑)。

寿 それにしても、今の若い世代のほとんどが、ディズニーや手塚先生の作品を知っているわけですよね。あらためてすごいことですよね。
 そうですね。流行りとはではなく、何十年経っても人の目に触れたときに愛着が持てる、普遍的な絵柄だったということでしょうね。
寿 ディズニーと手塚先生に関しては、ずっと現在というか。それは絵柄だけの力ではなく、そもそもお話が強いというのもあると思います。だからこそ、手塚作品はアニメやドラマなど、少々形が変わっても生きていける。最近の漫画は長くてね。キャラクターを重視しすぎるせいか、お話がどこかへ行っちゃっている気がするんですよ。
 本当に長いですよね。単行本で揃えようとすると、大変なことになってしまう。しかも、最初の数巻を呼んだだけでは、まだプロローグなんてこともありますもんね。
寿 たとえば映画って基本的に長くても3時間ですよね。その最後で主人公がどうなるかってところに、作者は自分の伝えたいメッセージを込めるわけじゃないですか。最近の長期連載漫画は、その手前で遊んでいるだけって感じがするんですよ。それはそれで伝わるものがあるんだろうけど。
 長くても『こちら葛飾区亀有公園前派出所』みたいに一話完結だったら、ついていけるんですけどね。ひとつのテーマをいろんな形で掘り下げられますし。

手塚るみ子&しりあがり寿

今の世代が魅力を感じるものに作り変えていくのが大事。

寿 手塚プロはディズニーみたいに、プロダクションとして新しい作品を作ったりはしないんですか?
 完全にオリジナルの新しい作品の予定はないですね。だけど今、つのがいさんという若いイラストレーターの方に、うちのプロダクションの公式作画作家をしてもらっているんですよ。リアルタイムで手塚作品を読んできたわけではないのに、手塚とそっくりの絵が描けてしまうという才能の持ち主なんですけど。その方が今どきの感覚というかノリで描いた『ブラック・ジャック』のパロディ作品『#こんなブラック・ジャックはイヤだ』というのがあります。これで興味を持った若い読者が、オリジナルの『ブラック・ジャック』も読んでくれたらいいなと思っています。

寿 先にも言った『テヅコミ』もそれに近い試みですよね。
 そうですね。しりあがり先生を始め、いろんな先生方の中にある手塚イズムを発揮していただくという企画ですが、オリジナリティのある作品ができあがっているので楽しいです。
寿 本当に何も言わず自由に書かせていただいて、感謝しています(笑)。
 ちゃんと手塚への愛は伝わっています。しりあがり先生に限らず、手塚イズムをものにしているなって先生は、絵柄やストーリーが違っても、手塚をすごく感じさせてくれるんですよね。そこが単純なパロディやカバーとは違うなと思います。2019年には『どろろ』が新たにアニメ化されましたが、あれも絵柄などのテイストは原作と異なってはいたものの、それによって若い方が『どろろ』を知るきっかけになりました。今の世代が魅力を感じるものに作り変えていくというのは、とても大事なことだと思います。
寿 田中圭一さんも手塚先生そっくりな絵柄でパロディ作品を描いていますけど、あれも公式なんですか?
 田中先生については、うちは関わってないですよ(笑)。
寿 そうなんですね。でも、面白いんだよなー。最初に見たときは、びっくりしましたけど。神様である存在のパロディを始めちゃったんですから。
 昔は親しい間柄の作家同士でパロディし合うことも多かったじゃないですか。手塚もふざけて赤塚先生のキャラクターを登場させたりしていますし。その辺はお互いに楽しんでって感じですね。
寿 特に損しないですもんね。
 むしろ、田中圭一先生から手塚を知ったという若い方もいらっしゃるので。本家を知っていただければいいかなと。田中先生は真面目に絵柄を研究されてらっしゃる方ですので、それならいいかなと。

寿 手塚さんのところはもちろん、赤塚さんも藤子さんも、プロダクションにパロディに対する包容力がありますよね。
 作家本人がいないし、私を含めて子供が管理しているというのが大きいんでしょうね。昔ほど頭固く考えてない人が多いんですよ。
寿 その柔らかさから生まれるものってありますもんね。
 そうですね。それに漫画は楽しんでなんぼですから。シリアスな劇画ばかりを描いている作家さんの場合は違うかもしれませんが、手塚はユニークなギャグ漫画も描いていますから、キャラクターがダメージを受けるようなことがない限りは許容していくつもりです。実はそういうことに気づけたのも、ディズニーのおかげなんです。
寿 どういうことですか?
 その昔、国内外のいろんなクリエイターがミッキーを描いた『The Art of Mickey Mouse』という画集が出たんです。それを見て、それまでは手塚以外が描くアトムなんてタブーに思われていたんですが、こういう風にしたら面白いんじゃないかと思って企画したのが、さまざまなアーティストの方にそれぞれのタッチでアトムを描いてもらった『私のアトム展』だったんです。

寿 そうだったんですね。先ほど、今の若い世代でも手塚作品を知っているのは、手塚先生の力だという話をしました。もちろん、それもあるんだけど、一方で、るみ子さんのように、後世に残そうとする方の努力も不可欠だったということですね。
 そうだと思います。他の先生の描く作品にも、かわいい絵柄はたくさんあったはずですから。それでも手塚がこれだけ漫画が多いなかでも、死後30年経っても忘れられずにいたのは、プロダクションや出版社が一生懸命やってきたからではないでしょうか。ディズニーにしても、今もなお人気があるのはウォルト・ディズニーひとりの力ではないと思います。手塚は生前、ディズニーについてこんな不満を漏らしていたんです。「ディズニーはかつてエロティシズムやバイオレンスも描いていたのに、いつの間にかヒューマニズム一辺倒の人になってしまった」って。面白いのは、今では手塚がその言葉を体現する人になってしまったということで。だから、これからは手塚がエロティシズムもバイオレンスも描いていたことも、伝えていきたいと思っているんです。

©Disney

PROFILE

てづか・るみこ|プランニングプロデューサー。戦後の日本漫画界におけるパイオニアのひとり、手塚治虫の長女。手塚作品をもとにした企画・タイアップのプロデュース、コーディネーション活動のほか、音楽レーベルMusicRobita主宰。手塚治虫文化祭(キチムシ)実行委員長も務める。

しりあがり・ことぶき|1985年に『エレキな春』でデビュー。パロディを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。主な作品に『ゆるゆるオヤジ』『真夜中の弥次さん喜多さん』『地球防衛家のヒトビト』など。『弥次喜多 in DEEP』で第5回手塚治虫文化賞 マンガ優秀賞受賞。