自然を通し人間の本質に迫るアーティスト、キキ・スミスさんがニューヨーク・アップステートのアトリエでゆったりと語ってくれた、自然、ジェンダーイクオリティ、そして服の世界、Tシャツのこと。
80年代のニューヨークで死や身体の部位をテーマにした創作活動で頭角を現し、近年では“自然と人間との関係性”を探求した作品を発表し続けているアーティストのキキ・スミスさん。ミニマリズムの彫刻家である父、トニー・スミスと女優でありオペラ歌手の母、ジェーン・ローレンスというアーティスト一家のもとドイツに生まれ、アメリカに移住しニュージャージー州で育った。
70年代後半には、ニューヨークのアーティスト集団「COLAB」(CollaborativeProjects)のメンバーとしての活動を始め、1982年の初個展を皮切りに現在まで世界中で30に近いエキシビションを開催している。昨年行われた歴史ある「パリ造幣局博物館」での100点ほどの作品を集めた大規模な個展も記憶に新しい。何より、彼女の神秘的な作品は、純粋さと危うさを併せ持ち、この世界的不安定のさなか、より一層心に訴えかけてくるものがある。自然が持つ絶対的な複雑さに魅了されている」と言う彼女は、動物や植物を作品のモチーフにすることが多い。
「小さな葉ひとつを描こうとして混乱することもあるほど、そこには膨大な要素が絡み合い、共存しています。自然にはすべてがあり、それぞれがお互いに繋がり合って生命体を作り上げているわ。自然と関係ないものなどなくて、私たちもみんなその一部。そして、今起こっているようなカオスも自然の一部です。お互いに依存し合って、私たちのアクションも含めたすべてが繋がり合っているのだと思っているの」作品に描かれる細部まで緻密に捉えられた動物たちや木々の姿は、柔らかいタッチでありながら、力強い生命力に満ちている。彼女が描き続けてきたその自然の様を今、私たちはパンデミックを通して目の当たりにしているに違いない。
キキさんの2010年代の作品「Earth」(上)と「Sky」(下)は、共にジャカード織の大きなタペストリー。「織物にするとどうしても絵の解像度が粗くなるから、原画はできる限り細かく詳細に描くようにしているの」。
1985年に制作された9つの臓器を描いた「Possession Is Nine-Tenths of the Law」。
初歩的な制作方法は、 より自分自身を映し出す。
彫刻、プリントメイキング(版画やシルクスクリーン)、写真、ドローイング、テキスタイルと様々な手法を使ったミクストメディアによる作品で知られる彼女だが、いずれの場合もとてもルディメンタリー(初歩的)な制作方法を好み、手作業で技巧を凝らしながら何度もやり直しを繰り返して時間をかけて作られる。キキさんにとってこの方法は、今の情勢によるモノにアクセスしづらい環境下で、ますます魅力を増しているようだ。
「大学の授業でも印刷機を使わずにプリントすることを教えないといけなくなっているの。ステンシルやラバースタンプなどを使って、まるで幼稚園で学ぶような基本的な方法で制作することを教えているわ。プリントショップに行きづらくなっている昨今、身近に手に入るものを使うことや基本的なテクニックがより重要になってきています。特別な道具や知識がないと制作ができないと思っていたり、作品がテクニックにこそ宿るという人がいるけれど、私はそう思わないの。大切なのはあなた自身。ただ集中して忍耐強くやるだけ。何度も修正しながらね。リアリスティックである必要もなく、自分が正しいと思うようにやってみることが大事なこと」。
研ぎ澄まされた自分の感性に従いながらフォークロア的な手法で制作し続けてきたのがキキさんであり、そんな彼女の3作品をモチーフとしたTシャツが今季、パートナーシップを結んでいるニューヨークの「MoMA」(ニューヨーク近代美術館)とのコレクション「OF THEIR NATURE」から発表される。
柔らかい光の入る部屋でひとつひとつ丁寧に作品を仕上げていくキキさん。
アップステートのスタジオでは、制作中の様々な作品が部屋のあちこちに置かれている。猫の絶妙な動きを捉えた木の彫刻は、細かく彫り込まれた毛並みが猫好きを唸らせる新作だ。
床にも進行中の作品が広げられている。こちらは岩のディテールを拡大してプリントに落とし込み、さらにそこに色を加えている最中のもの。
初めてのプリントメイキングはTシャツだった。
このコレクションは、“ジェンダーイクオリティ”(ジェンダー平等)と自然界を描写する女性アーティストをテーマにしており、メキシコの画家、フリーダ・カーロとフランス・パリの彫刻家、ルイーズ・ブルジョワに、キキ・スミスさんを加えたレジェンダリーな3名の女性アーティストをフィーチャー。なかでもキキさんはジェンダーにおける先進的な考えを持っていて、例えば9つの性別を問わない臓器(脳や心臓など)を描いた「Possession Is Nine-Tenths of theLaw」のような、性別を超越した視点で人間の存在を問うような作品を1985年に発表している。
「“ジェンダーイクオリティ”はとても大事なことで、ノンバイナリー(男性にも女性にも分類されない性別認識)も含めた全人類が、みんな平等になるべきだと思っています。現実はそれからは程遠いけれど、それを変えようとするムーブメントも同時に起こっていて、社会は少しずつ変わってきていると思うの。『MoMA』のような美術館も性に関してだけでなく、文化的にも人種的にも特定のものだけを扱わずに、すべての要素を包括的に見直すようになってきています。いろいろな側面で2020年は大変な年ではあったけれど、見方によっては、新しい変化をもたらして世の中をよくした、素晴らしい動きもあったと思っているわ」
Right/Concordance. 2005 (dated 2006). IlRighlustrated book with 48 acrylic stencils and screenprinted text. overall (approx. ): 10 1/16 x 235 7/16" (25.5 x 598 cm); page (each, irreg.): 10 1/16 x 9" (25.5 x 22.9 cm). Publisher: Rutgers Center for Innovative Print and Paper, New Brunswick, NJ. Printer: Rutgers Center for Innovative Print and Paper, New Brunswick, NJ. Edition: 30. Acquired through the General Print Fund and the generosity of Marian and James H. Cohen.
Left/Sampler. 2007. Letterpress with ink and foil additions. composition (irreg.): 21 1/8 x 15 11/16" (53.7 x 39.9 cm); sheet: 24 x 15 3/4" (61 x 40 cm). Publisher: Arion Press, San Francisco. Printer: Arion Press, San Francisco. Edition: 40. Acquired through the generosity of Susan Jacoby in honor of her mother, Marjorie L. Goldberger and General Print Fund.
ところで、自身の作品がTシャツになるという今回のコラボレーション体験をキキさん本人はどう感じたのだろうか。「Tシャツはもともとキャンバスとして好きで、実は80年代にプリントメイキングを始めたときに初めて作ったのもTシャツだったの。危険物が入ったものに貼るラベルのロゴをスクリーンプリントして、当時働いていたバーで売ったりしていたわ。そのときは自分が“危険物”だと感じていましたからね(笑)。
洋服のビジネスはここ2、30年でとても民主的になって、きちんとデザインされた服が買いやすい価格で手に入れやすくなり、人々にとって身近なものとなりました。世界にとってそれはとても大事なことです。私の幼少期はお金がないと質の低い服を着るしかなくて、それは見た目でもわかるほどでしたからね。今はみんなきれいな格好ができるようになりました。だから、UTからこのコラボレーションの話が来たときはとても名誉に感じたわ。Tシャツというのは、とてもいい表現手段だし、それに着るだけですぐにアイデンティティを持つこともできる。自分で好きなように手を加えてパーソナライズするのもいいですね」
PROFILE
キキ・スミス|1954年、ドイツ生まれ。2歳で家族と共にアメリカへ渡り、22歳でニューヨークを拠点にアーティストとして活動を始める。現在はニューヨーク州北部にある自宅兼アトリエで作品制作をしつつ、コロンビア大学、ニューヨーク大学で教鞭を執っている。
©2021 Kiki Smith
Project: 2021 by The Museum of Modern Art