Hello, Jil

Photography by Yoshio Kato (products)
Interview by UNIQLO

80年代からミラノコレクションへ参加し、時代を先取りしたデザインで国際的な成功を収めたデザイナー、ジル・サンダー。2009年にユニクロとコラボレーションした+Jコレクションの誕生から11年の時を経て、この秋、再び+Jがユニクロに返ってきた。

彼女はなぜ、ファッションデザイナーの道を選んだのだろうか。最新の+Jはどのようなイメージでデザインされたのか。

ジルの哲学から日常のルーティン、ずっと手元に置いている大切なものやライフワークにいたるまで、いまの彼女を映し出す21の質問を投げかけた。

Jil Sander @ Peter Lindbergh

80年代からミラノコレクションへ参加し、時代を先取りしたデザインで国際的な成功を収めたデザイナー、ジル・サンダー。2009年にユニクロとコラボレーションした+Jコレクションの誕生から11年の時を経て、この秋、再び+Jがユニクロに返ってきた。

彼女はなぜ、ファッションデザイナーの道を選んだのだろうか。最新の+Jはどのようなイメージでデザインされたのか。

ジルの哲学から日常のルーティン、ずっと手元に置いている大切なものやライフワークにいたるまで、いまの彼女を映し出す21の質問を投げかけた。

Q1. 朝起きたら何から始めますか?
また毎日続けているルーティンはありますか?

私のルーティンはシンプルです。窓をすべて開け放って、瞑想とヨガをします。朝の飲み物は、フレンチプレスで淹れたホットコーヒーです。

Q2. 生活のうえで、なくてはならない必需品を教えてください。

小林一茶の俳句集を大切にしています。ルイス・マッケンジーによる英訳が併記された2か国語版で、旅にもよく持っていきます。

Q3. 北ドイツの自然や環境はどのようにあなたに(もしくはあなたのデザインに)結びついていますか?

私はハンブルクで育ちましたが、当時街にはまだ戦争の爪痕が多く残されていて、幼い頃は自然を感じることはあまりありませんでした。ただ、ハンブルクはバルト海に水運でつながっているうえに、港町なのでヴェネツィアより多い数の水路や川があります。だから私のまわりには、いつも水がありました。私にとっての自然の原体験は、移り変わる空の色と、水面に映るその反射です。大人になってから、ハンブルクからそう遠くない田園地帯に住むようになりました。見渡す限り、農場と森と草原の風景です。私は昔から、春になって新緑が勢いよく芽吹く様子が大好きです。北ドイツは風が強いので、雪雲が突然現れて景色の色彩が一変することもよくあります。また、このあたりは太陽の光が透明で明るいことで知られています。あまりにもクリアな光なので、すべてのものが透けて見えそうなほどです。この光は、生地を選ぶうえで私にとって重要な要素です。色だけでなく、布の品質にも関係してきます。ここの光の下では、ごまかしは通用しません。織り目のすべてのディテールがはっきりと見えるのです。そうやって、最高の品質のものだけが選ばれます。

ダウンと中綿を部位により使い分けたハイブリッドダウンジャケット。ファスナーとボタンが隠れ、黒で統一したミニマルな作りに、大きな襟とグログランテープのポケットがアクセント。ベル形に広がるワイドなスリーブが女性らしいシルエットを作り出す。
W’s Hybrid Down Jacket (+J)

Q4. カリフォルニア大学での2年間はあなたにどのような影響を及ぼしましたか?

アメリカに初めて行った時、私はまだ18歳でした。戦後の暗い雰囲気を残すドイツから来た私にとって、カリフォルニアはまさに「楽観主義の地」でした。60年代初頭のアメリカは、若者による反乱が盛り上がっていて、日常生活に溢れる高揚感がとても印象的でした。全体的におおらかで、たとえ私が時間に遅れても、故郷の父のようにうるさく言う人はいませんでした。映画産業が身近で、ハリウッドを中心に広がっていたクリエイティブな雰囲気を楽しみました。とにかく広々としていて、何時間でもドライブすることができました。カリフォルニアの気候と、ビーチ・ライフと、サンセット大通りで見られる快楽主義が大好きでした。

Q5. ファッションは時代のムードを映す鏡と言われています。60年代後半にウィメンズプレタポルテのデザイナーとしてスタートされた時といまの時代では、必要とされるデザインに変化はありましたか?

どの時代にも、絶対に必要とされるアイテムがあります。19世紀末ならコルセット、60年代のヒッピーならブルージーンズというように。今は、そのようなエッセンシャルなアイテムを特定することはほぼ不可能です。なぜなら、現代では着るものすべてがエッセンシャルだからです。時代のムードはカジュアルで、楽な服であることが最重要視されています。パッカブルのダウンジャケットが現代のエッセンシャルになったのは、そのためです。とても軽くて、暖かく、必要に応じて使うことができ、体の動きをじゃましないからです。

Q6. あなたの洋服について、お客様からもらった言葉で印象的なものはありますか?

私のデザインが「時代を超えている」とおっしゃっていただけると、いつも心打たれます。「着る人に力を与える服だ」という感想も、とても嬉しく思います。

Q7. クレフェルトの繊維専門学校に通っていた頃、バウハウスの哲学はあなたにどのような視点を与えましたか?

バウハウスで教えていた人たちや元生徒の多くが、クレフェルトで教鞭をとったり、建築物を設計したり、繊維専門学校のためにパターンをデザインしたりしていました。ミース・ファン・デル・ローエも、クレフェルトのシルク産業のために素晴らしい建築物をいくつか設計しています。私が繊維専門学校に入学した当時も、バウハウス的なアプローチは強い影響力を保っていました。当然、私もバウハウスの建築に影響を受けました。フォルムから無駄をなくし、研ぎ澄まされたピュアな形を追求したいという自分の直感が、バウハウスによって裏付けられたように感じました。

Q8. ファッションを仕事にしようと思ったのはどんな瞬間だったのでしょうか?

最初は、ドイツのファッション誌でファッションエディターとして働いていました。写真撮影を手配し監督する役割だったのですが、撮影をするなかで、思い通りにいかないことがよくありました。撮影対象となる服のデザインをより良いものにするために、私は服のメーカーに連絡を取って、デザインに関する提案をするようになりました。それを続けていたら、ハイテク生地の最大手メーカーから、服をデザインしてほしいという依頼を受けたのです。最終的に、自分の好みに必ずしも合うわけではない既存のファッションを撮影するより、実際に服を作る方が深い満足感をもたらしてくれることに気づきました。

Q9. 洋服で、ご自身が一番好きなアイテムを選ぶとしたら何でしょうか?

パーフェクトにフィットする白いTシャツですね。いつも肌着として身につけていて、クローゼットにもたくさん揃えてあります。エジプト綿で作られたものでなくてはダメなんです。デザイナーとしてのキャリアを始めた当初よりこの様なTシャツをデザインしており、なくてはならないものになっています。

Q10. あなたにとって洋服の黒色はどんな意味を持ちますか?

北ドイツの光についてお話ししましたが、黒い生地として扱われているもののほとんどが、その光の下では黒として通用しません。だからこそ、私は自分が求める黒を「ダブル・ブラック」と呼んでいます。白と並べたときに見劣りせず、力強いコントラストを成すことができる黒です。

比翼仕立てでシンプルながら、襟裏の隠しボタン、同色のボディ切り返し、胸ポケット下部にはマチ、左ヘムの+Jロゴ入りガゼットなど繊細なディテールが光る。後ろ身頃幅を前身頃より大きく取ることで、立体的でゆったりした上品なシルエットに。
SUPIMA Cotton Oversized Regular Collar Shirt (+J)

Q11. あなたがデザインする洋服はカッティングやフィットなど細部までこだわりが行きわたっています。デザインをするうえでマイルールはありますか?

私はドローイングをせず、身体の上でデザインして何度もフィッティングを繰り返します。そのためすべてのアングルに気を配り、立体的なフォルムを常に意識しています。フィッティングを繰り返すことで、新しいフォルムとプロポーションができていきます。私にとって最強のツールは、自分の目です。はずれているもの、古臭いものを見分けることができます。さらに、どこからエネルギーが入ってくるのかも、デザインの新鮮さが立ち上がり始める瞬間も見極めることができます。同時に、お客様が持つさまざまなニーズも常に心に留めています。お客様の身体の形、背の高さ、体型は多種多様です。だから私は、さまざまに組み合わせることができて、できるだけ多くのニーズに対応できるようにコレクションを作ることを心がけています。

Q12. +Jコレクションでは、ユニクロのモノづくりの仕組みとあなたのクリエイションをどのように結びつけましたか?

ユニクロは、製造に関する多大な経験と豊富な知識を持っています。製造におけるユニクロの可能性は無限であり、想像力を掻き立てられます。そこには、スムーズな物流システムや、日本文化との融合、ディテールを制する素晴らしい技術も含まれます。

Q13. 最新の+Jコレクションについて教えてください。どんなイメージを持ってデザインされましたか?

私は普段から、ビジョンやミューズ、ムードボードだけに頼って仕事をすることはありません。私のクリエイティビティの土台となるのは、フィッティングと、生地を使った実験です。いくつかの方向性を、除外したり取り入れたりしながら進めていきます。私の目は、先ほどお話しした通り、立ち現れてくるフォルムを捉えることができるのです。

Q14. 2009年の初+Jコレクションのときと比べて、あなたの心境に変化はありましたか?

あらゆることが変化したように感じます。ファッションにおいてもです。遠い昔にしか思えない過去を想起させるようなフォルムには、みんな飽き飽きしています。マテリアルも、製造技術も進歩しました。新しい生地には、新しいソリューション、カット、パターンが必要です。時代を映し出すムードを持ち出すまでもなく、近代的なソフィスティケーションが求められていることを感じます。今現在、人々が何に魅かれているか、緊張感とハーモニーがどこにあるのかを、感じ取っています。

Q15. ライフワークとして庭造りを続けていらっしゃいます。服のデザインだけでなく、空間をデザインすることでどのような視点が得られますか?

ある意味、そのふたつの間には違いはありません。私は常に、建築家の視点でものを考えているからです。私が追求するのは、3次元のスペースにおけるエネルギー的な可能性です。私は田舎で何年もかけて英国式庭園を造ってきましたが、偉大な造園家であるガートルード・ジーキルのファンでもあります。彼女はアーツ・アンド・クラフツ運動と同時期に活躍し、その親しみやすい庭園デザインは、緊張感のある古典的な英国式庭園とは一線を画します。私の造る庭は、その両方の要素を持っています。広々とした景観と、囲われた花壇、バラの生け垣、家庭菜園、瞑想的な空白のスペースなどです。ガートルードは、こう書いています。「庭は偉大な教師だ。庭は、忍耐と丁寧な目配りを教えてくれる。勤勉と倹約を教えてくれる。そして何より、完全な信頼とは何かを教えてくれる」。

Q16. あなたが尊敬する人を教えてください。

イタリアの建築家であり舞台美術家であるロレンツォ・モンジャルディーノを、心から尊敬しています。残念ながら、彼は1998年に亡くなりました。ハンブルクにある我が家のインテリアはすべて彼に任せたのですが、デザインの過程で非常に多くのことを学ぶことができました。彼はモダニズム運動の流れに逆らい、職人技に関する膨大な知識を活かしながら、独自の歴史主義的スタイルを作り上げ、時代精神(Zeitgeist)に左右されない視点を追求し続けました。ロレンツォは、自分のアイディアに固執せずにルネサンス様式の要素を受け入れるように、私を説得しました。彼は真に道を極めた人であり、インスピレーションに従い、段階を追ってインテリアを発展させていくという非常にクリエイティブな手法を実践していました。彼はまず、17世紀ヴェネツィアのルネサンス様式の劇場の一部だった木彫りのレリーフを我が家に飾り、そのモチーフであった「おとぎ話」をテーマに据えました。そして、そこを中心としてすべてをデザインしていったのです。私は次第に、ロレンツォの持つ温もり、歴史に関する莫大な知識と大胆さに敬意を抱き、大切に思うようになりました。歴史を考えるときに、その時代の最大の功績をしっかりと見て、その本当の意味を読み取ることができれば、すべての時代から真実を学ぶことができるということを、ロレンツォは教えてくれました。そしてそのような本質は、時を超えるということも。

Q17. 感銘を受けた本はありますか?

ドストエフスキーやナボコフ、トルストイ、チェーホフ、ゴーゴリ、アフマートヴァなどのロシア文学に最も心惹かれます。

Q18. 注目している日本のデザイナーはいますか?

言うまでもないことですが、ヨウジヤマモトやコムデギャルソンの川久保玲など、私と同時代に活躍してきた日本人デザイナーのみなさんは、常に大きな影響力を持っています。80年代における彼らの提案は画期的なもので、時代が求めていた新鮮な息吹をファッション界に吹き込んでくれました。彼らの、無駄を削ぎ落としていく実験的なアプローチや、すべてに込められた感情に、共感を覚えます。

Q19. テクノロジーの進化やSNSの登場でファッションはどう変わったでしょうか。良い面と懸念される面は何でしょうか?

現代には、ネット通販やブログ、インスタグラムなどが溢れています。ソーシャル・メディアは、現代のファッション産業における巨大なエンジンです。昔とルールは変わりましたが、ファッションはインターネットによって復活を果たしました。でも私は、ただ派手なだけのルックスと、人間の外見を本当の意味でよく見せてくれるデザインとをしっかりと区別するために、インターネット上でもっとしっかりとした議論が行われるべきだと考えています。

Q20. 今後、あったらいいなと思う素材はありますか。そしてそれは、どのようなものですか?

自然由来で、環境と地球にダメージを与えないようなハイブリッドの素材です。

Q21. より良い未来のために、洋服があるべき姿とは何だと思いますか?

丈夫で、長持ちすることが重要です。そして、着る人の支えになれること。
グローバルな世界において多くの人が必要としているエネルギーと自信を、着る人に与えることができる服でなくてはいけません。

Jil Sander | ジル・サンダー
Fashion Designer
ドイツ生まれ。女性誌のファッションエディターとしてキャリアをスタートした後1968年に自身の名を冠したブランド〈 JIL SANDER〉 を設立。80年代からミラノコレクションへ参加し、時代を先取りしたデザインで国際的な成功を収める。現在は同ブランドから退いているが、その影響力は絶大。優れた功績が社会に大きく貢献したとして、95年にドイツ最高名誉の「Bundesverdienstkreuz」を受賞。2009年、ユニクロと「Open the Future」をコンセプトに「+J」コレクションを発表し、新たな服の可能性を切り開く。11年に惜しまれつつ終了したが、今年「+J」が復活。